ダイキン工業から7月3日に発売された、ポータブルエアコン「Carrime(キャリミー)」。ユーザー参加型のイノベーション・プラットフォームとして、2019年11月に同社が開設した「DAIKIN LAUNCH X(ダイキン ローンチ エックス)」において、製品情報を公開すると同時に、クラウドファンディングによる支援者募集を開始。10日間で目標金額を調達して製品化が決定した後、およそ半年の期間を経て、このほど製品が完成し、6月末に支援者に商品が届けられた。7月からは400台限定で一般販売を行ったところ、翌日には完売となり、消費者の関心と期待の高さを示した。

  • ダイキン工業がクラウドファンディングにより販売したポータブルエアコン「Carrime」

    ダイキン工業がクラウドファンディングにより販売したポータブルエアコン「Carrime」。10日間で目標金額を調達し、6万円(税別)という価格ながら、400台の限定一般販売も翌日には完売した

空調機専業の大手メーカーであるダイキン工業が初めてクラウドファンディングで挑んだ本製品は、世界的に権威のあるデザイン賞「iFデザインアワード2020」を受賞するなど、製品の新規性とデザイン性からも評価を受けた。今回は、本製品の開発の経緯をはじめ、市場投入した狙い、こだわりなどについて、プロダクトデザインの視点から注目し、3人の担当者に話を訊いた。

これがエアコン? 卓上エアコン「Carrime」とは

Carrimeは、本体サイズ19(幅)×40(高さ)×19(奥行)センチの小型のタワー型の形状で、内部にエアコンのすべてを収めたと言える製品。重量は6キログラムと、女性1人でも十分持ち運べる大きさで、室内を自由に移動させることができる。つまり、通常のルームエアコンの設置が難しいキッチンや洗面所といったエリアにも持ち運んでスポット冷房として気軽に利用できるのだ。

  • 重さ6キロ、卓上サイズの小型のタワー型の本体内にエアコンの室内外機の部品をすべて収めた

開発を担当者した、ダイキン工業 空調生産本部 小型RA商品グループの米田純也氏は、「エアコンの室内機と室外機を1つの箱の中で実現した製品です。本体の内側で区切られており、それぞれの役割を果たしています」と説明する。冷風扇のような気化式とは異なり、ヒートポンプ式を採用していることも特長で、室内の湿度を上げることなく冷風を提供することができ、湿度が高い環境においても、冷風を出すことが可能なことがポイントの1つでもある。

ただし、エアコンと同様に、冷風が出ると同時に空間には排熱(温風)も放出されることになる。ルームエアコンの場合には、冷風を室内機側へ、排熱を室外機側へ出すことができるのに対して、本製品は一体でそれらを行うため、同じ空間に冷風だけでなく温風も出すことになる。その課題に対する技術のポイントを、米田氏は「小さな機械の中でもしっかりと熱交換をして、周辺の温度に対して-7℃の冷風を吹き出すように制御しています。排熱をきちんと背面から出すようにして使用者に直接当たらないようにしています」と説明する。ここでは空調機専業メーカーとして、エアコン開発で培ったヒートポンプ技術が大いに活用されており、簡単には真似のできないものなのだという。

さらに、整流板には、同社が工場向けなどスポット空調用に提供している、業務用エアコン「マルチキューブ」に搭載されている「ハニカム整流板」が転用されている。この整流板を用いたことで、開発初期のプロトタイプよりも風速が向上し、約50センチ離れた場所でも心地よく、優しい風をまっすぐに届けることができるようになった。体感温度では、周囲の温度より7℃低い状態を維持できるのだそうだ。

  • 風の吹き出し口の奥に見えるのが業務用エアコンでも採用されている「ハニカム整流板」。ハチの巣状の構造で、まっすぐに風を送り出し、遠くに届けることができる

商品企画を担当した、同社空調営業本部 事業戦略室の野口愛子氏は、Carrimeが、企画の段階から6キロ以内という重さを重視して開発されたと明かす。「ポータブルエアコンとして、当初からなるべく小さくというのがありました。内部に圧縮機を搭載しながらも6キロという重さをなんとかクリアしたかった」という。

開発過程においては「とにかく小さな箱に収めるというのが技術の要でした」と話す米田氏。「(運んで設置する容易さから)特にフットプリントを小さくするというのがあって、現在のような縦長の構造になりました。しかし、圧縮機、冷媒を流す構造、ファン、放熱、熱交換器といったエアコンの構成要素を、制約のあるこのサイズと形状の中に収めることは実に大変でしたね」と続ける。中でも苦労したのは、"冷媒の制御"だったという。「通常は1キロぐらいある冷媒が今回はわずか40グラムと非常に少ない。通常なら誤差の範囲内といった量なんです。それを制御するのに、エアコン開発で長年培った技術力が大いに活かされたと思っています」と話す。

  • 試作機の一例。スリムなタワー型へと変貌していったことがわかる

最初は屋外エアコンのアイデアが、Carrimeに進化

Carrimeは、2017年12月に社内で公募された「アイデア商品コンテスト」の中から選ばれた提案の1つが発端。以降、「アイデア商品創出プロジェクト」として、2018年5月から開発が始まり、同年秋の「CEATEC JAPAN」において、「Beside+」の名でコンセプトモデルが出展されていた。当時の状況について、野口氏は次のように振り返る。

「当時は、ポータブルな屋外用エアコンとして試作機を展示していました。バッテリー内蔵で電源は不要という仕様で、形もCarrimeに比べると立方体に近い形でした。実際に展示をしてみたところ、屋内での需要が意外にあることもわかり、まずは屋内仕様での製品化が進められることになりました」

  • 2018年秋の「CEATEC JAPAN」に参考出品されていたプロトタイプモデルの「Beside+」。革の持ち手などもCarrimeに近いが、外観も重さもよりハードなイメージだった

それからおよそ1年、「Carrime」へと進化して世に出るに至った。前述のとおり、自社のプラットフォームサイト「DAIKIN LAUNCH X」で発表すると同時に、同社初のクラウドファンディングによる支援者募集という流れを採用した。その理由について、野口氏は次のように説明した。

「工事を伴わないコンシューマー向けの製品というのを、これまではあまりやってこなかったこともあり、反応はまったくの未知数でした。そこで慎重を期するという意味もあって、まずはクラウドファンディングで支援を受けた上で製品化を進めようという話になりました」

Carrimeでは、クラウドファンディングに成功し製品化が決定した後も、DAIKIN LAUNCH Xを通じて、消費者とのコミュニケーションが活発に行われた。ユーザーからの直接の声や要望は製品にあたって大いに参考にされた。例えばその1つが排熱用のダクトだ。

「排熱用のダクトについては、弊社側としてもおそらく要望が出るかもしれないと想定はしていたものの、『あ、やっぱり』と改めて確認ができました。そこで改めて、吹出口を遠ざけるためのダクトと接続するための専用のアタッチメントを開発し、全商品に同梱しています。他にも風量の調整が強・中・弱の3段階だったのを、"パワフル"を追加して4段階に。風向きを調整するプレートは当初は上方向に30度までしか調整できなかったのですが、下向きも追加しました」

  • 「DAIKIN LAUNCH X」を通じて消費者からの声を受けて追加された、着脱式の排熱用のダクト

ちなみに製品では、"ドレン水"と呼ばれる室内から奪い取った水分を排水する方法は、タンクに溜める構造が採用されている。常時排水できるようにしたいという要望もあったそうだが、本体に穴を開けて出すしか方法がなかったことから、今回は見送られている。しかしこういった、「お客様の声をもとに製品を作っていくということ自体が弊社としても初めてで、他社のポータブルな冷房装置とは大きく違う点」だと野口氏。

  • 通常のエアコン同様にドレン水が溜まる仕組み。タンクに溜める方式で、構造的な理由から連続排水の仕様は見送られた

  • 「DAIKIN LAUNCH X」の製品画面。製品化プロジェクトとして掲載されて、クラウドファンディングを通じて支援者を募集した。開発完了までの間は、ユーザーとのコミュニケーションの場としても活用された

あまり例のない室内ポータブルエアコンのデザイン

ポータブルなエアコンと言うと、他の例ではキャンプや車中泊など屋外やアウトドア向けが中心で、室内の生活空間での利用を意識した製品というのは、ほとんど例がない。デザインを担当した、同社テクノロジー・イノベーションセンター 先端デザイングループの中川諒一氏は「インテリア寄りにデザインし、暮らしになじむようなデザインというのをとても意識しています。その点も他とは大きく違うポイントだと思います」と話す。

フットプリントをはじめ、スリムでコンパクトな製品づくりに力が注がれたのもそのためだ。キッチンや洗面所といった狭い空間にも置きやすいことが必須の条件だからである。「CEATECで参考出品したモデルは、実は重さが9~10キロほどありました。大きい、重いという声も多く、よりコンパクトにしようという方向性が決まっていきました」と米田氏。

また、縦長のタワー型という形状は、一般的なキッチンカウンターの標準的な高さである80~90センチの位置へ置かれることを想定している。さらに、「本体寸法は高さがある程度あったほうが冷風を感じやすいことに開発途中で気づきました」と米田氏。「持ち運びもある程度の高さがあったほうがしやすいです。フットプリントも小さいほうが邪魔になりません」(中川氏)といった理由が重なり、スリムなタワー型形状が採用された。

約6キロという重量は、「女性が一人でも持ち運べること」が意識された。好きな場所へ持ち運びしやすいよう、料理の入ったお鍋程度の重さを目安に設計され、重心が安定するように本体の頂点に手触りのいい革製のストラップを取り付けた。「持ち手をストラップ型にしたのは、一見して持ち運べることを伝えるためでもあります」と中川氏。「持ち上げた時にバランスがしっかり取れて、傾きが大きくならないように、内部の部品の構成も工夫が必要でしたね」と、米田氏は技術者ならではの苦労話も付け加える。

ちなみに、ストラップ部分は牛革を採用している。米田氏は「幅から厚さ、強度から、革の選定は本気で取り組みましたよ。革を選ぶ基準なんて、エアコンメーカーの技術者が持ち合わせているわけもなく、初めてのことでしたからね」と笑いながら振り返る。

中川氏によると"色選び"にもかなりの検討が重ねられたのだという。「色は黒なども検討しましたのですが、インテリアに合うことと、手で触った時にもなじみやすいことから、エイジング感のあるベージュを設定して選びました」と続ける。

  • エイジング処理がされたベージュの本革が採用されたストラップ部分。選定にあたっては、6キロもの重さに耐え得る耐荷重をはじめ、幅や持ちやすさなど幅広く検討された

本体の外表面の仕上げには、縦にライン状のリブが施されているのも目を惹く。「6面のパネルを組み合わせて構成しているので、どうしても歪みが生じてしまうんです。リブを設けたのはそれを和らげるというのが1つの理由です。パネルの合わせ面をわかりにくくするために、角はそれぞれ45°カットを施しています。また、縦格子のデザインは、建築となじみやすいというのもあります」と中川氏。

  • 縦のライン状のリブはデザイン上だけでなく、設計上の問題点をカバーするために用いられているとのこと

本体表面には、落ち着いたマットな質感の加工が施されている。米田氏によると「引っ掻いても傷つきにくいこと」も理由だが、中川氏は「周囲となじみやすく、溶け込ませやすくするためにもマットな質感は有効なんです」と補足する。操作部は、透過するLEDでシンプルにまとめられているが「機能自体は単純な製品ですので、わかりやすさを重視して、家電らしさを排除するために、LEDの灯り方にもこだわっています」と説明した。

  • "家電感"を醸し出さないためにシンプルにまとめて、LEDの灯り方も控えめになっている

製品化の過程にもワクワクした「新しいエアコン」

ところで、製品名であるCarrimeは、英語の"Carry(運ぶ)"と"Rime"(白く冷たく細長い樹氷のイメージ)を掛け合わせた造語。これに、"私(me)を気軽に持ち運んで!″という思いも掛け合わせているとのことだ。言われてみれば、確かに見た目のデザインは、ネーミングの由来のとおり、樹氷をイメージさせるものがある。

クラウドファンディングによる製品化という、大手空調機専業メーカーであるダイキン工業が初の試みとして挑んだことも新しい本製品。消費者とのコラボレーションがあったからこそ生まれた製品と言ってもいいだろう。Carrimeを見ていると、こういったプロジェクトを通して、使う人に心を寄せた革新的な製品を今後も続々と世に送り出してほしいと、いち消費者として非常に楽しみ思えてくるのだ。

  • 商品企画担当のダイキン工業 空調営業本部 事業戦略室の野口愛子氏

  • 開発担当のダイキン工業 空調生産本部 小型RA商品グループの米田純也氏(右)と、デザイン担当のテクノロジー・イノベーションセンター 先端デザイングループの中川諒一氏(左)。各事業拠点からリモートでインタビューに応えてくれた