日立グローバルライフソリューションズ(以下、日立)が今春発売した空気清浄機「EP-VF500R」。世界的なプロダクトデザイナーとして知られる深澤直人氏がデザインを担当した製品で、昨春アジア諸国で先行発売され、日本での発売に期待が寄せられていた。

  • 日立グローバルライフソリューションズの空気清浄機「EP-VF500R」

    日立グローバルライフソリューションズの空気清浄機「EP-VF500R」。同社が進める"Hitachi meets design PROJECT"の第一弾製品として、深澤直人氏にデザインを依頼。2019年春にアジア諸国で発売されたのに続いて、日本でも今年2月に発売された

インテリア性を意識した空気清浄機と銘打ち、同社が発売するのは初めてとも言える製品。国際的に権威のある「iFデザインアワード2020」で金賞、国内においても「2019年度グッドデザイン賞」を受賞し、「グッドデザイン・ベスト100」に選出されている。今回は、本製品の発売に至る背景や深澤氏との関わり、開発過程におけるエピソードやプロダクトデザインにおけるこだわりについて、日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 リーダ主任デザイナーの助口聡氏と主任デザイナーの荒川正之氏に話を伺った。

「深澤空清」が日本市場に登場するまで

日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 リーダ主任デザイナーの助口聡氏

前述のとおり、日本では2020年2月に発売された本製品だが、既に東南アジア諸国では2019年4月に、中国においては同年5月に先行して発売されている。いわば"逆輸入"のようなかたちでの本国での展開となったが、助口氏はその理由を次のように明かした。

「日立では、家電製品におけるプロダクトデザインの質の向上を目指し、"Hitachi meets design PROJECT"を発足し、2019年3月から本格的に始動しています。本製品の狙いには、アジアの白物家電市場を開拓するというのがあり、デザイン改革によって自社製品の競争力を高めたいという考えがありました。一方、中国やアジア諸国では、PM2.5やヘイズ(煙霧)などの大気汚染の問題から、近年、空気清浄機へのニーズが高まっていることから今回の製品開発の企画が始まりました。中国・アジア市場での発売を発表したところ、日本での発売を要望される声を多くいただき、国内でも発売することになりました。日本での発売にあたっては、操作パネルのローカライズや、電源の交流100V(50Hz/60Hz)対応など仕様上のカスタマイズを行っています」

日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ プロダクトデザイン部 主任デザイナーの荒川正之氏

冒頭で述べたとおり、本製品は深澤直人氏がデザインを担当したことでも話題を集めた。日立によると、深澤氏とは実は20年以上前から関係が続いているとのこと。荒川氏は、「1999年~2000年ごろ、深澤さんのデザインフィロソフィーである"without thought(人の無意識な行為に着目したデザイン)"という視点を学ぶため、日立の若手デザイナーを対象に、社内でワークショップを開催頂いたのがお付き合いの始まりです。そのワークショップを通じて、具体的な製品を対象にしたプロジェクトをやりたいという話になり、2001年には協業によるデザインプロジェクトの第一弾として、"Product as Interface"をテーマにした、生活家電の先行開発を実施してメディアにも発表しました。最近では、2015年に『グッドデザイン賞』の金賞を、2017年には『iFデザインアワード』を受賞した日立のエレベーター『HF-1』も深澤さんとの協業から生まれたものです。今回、"Hitachi meets design PROJECT"を実施するにあたって、フィロソフィーを共有する最も信頼できる社外パートナーであり、国内、欧米だけでなく中国やアジア諸国にもファンが多いグローバルメジャープレイヤーであるという理由から改めて深澤氏にデザインをお願いしました」と今回の経緯について説明した。

  • 深澤デザインの洗濯機として2001年に公開された「HITACHI Washing Machine with Drier」
    Washing Machine with Drier / HITACHI / 2001
    Photo Hidetoyo Sasaki 佐々木 英豊

デザイン改革の本格始動に合わせて、日立が発表したデザインフィロソフィーは、"Less but Seductive(一見控えめなれど、人を魅了するモノのありよう)"。助口氏は、本製品において特に意識されたこととして次のように語った。

「ふだんは気に留めることもないけれど、日常の時々でお客様が製品と接するときに"あってよかった"と思える実用性と、愛着を持って長く使っていただけるデザインを目指し、生活になじむ、シンプルでありながらも魅力を備えた製品開発を進めました」

美しいだけでなく、実用的な家電に

実用面において、デザインフィロソフィーを体現するものとして意識されたのは、本製品の正面からのデザインだ。機器の正面が水平のルーバーですべて覆われたデザインは、「ひとつのテクスチャのように仕上げることで、汚れた空気を強力に吸い込むことを示唆すると同時に、部屋との整合性を高めたデザインになっている」とのこと。

  • 正面がルーバーで覆われた特徴的なデザインは、ひとつのテクスチャのように見せることで空間との調和性を高めるとともに、汚れた空気を強力に吸い込むイメージを象徴的に示したものでもあるという

また、"設置性"においては「台形状の特徴的な背面の形状によって、部屋の隅に違和感なく収まります。部屋のコーナーに設置いただくことで、サーキュレーション効果が高まるという、性能面も考慮したデザインになっています。」と助口氏。

  • 背面側は角を落とした台形状にすることで、部屋の隅に収まりやすくした。コーナーに設置しやすくなることで、空気を循環させる効率・性能を高めることにもつながる

さらに、空気清浄機ではフィルターのメンテナンスが不可欠だが、前面のパネルを倒して上に引き出せるユニークな構造が採用されている。「定期的にメンテナンスが必要なフィルターを簡単に交換ができるように配慮しました。この構造により、お手入れの際にも、本体を動かさなくても部屋のコーナーに置いたままで作業ができ、使い勝手をよくしています」と話す。

  • 脱臭、集じん、プレフィルターの3枚で構成されるフィルター。こまめな手入れが必要ないちばん手前のプレフィルターは、パネルを半開きにした状態でスライドして手間なく着脱できる構造が採用されている

あえて「空気清浄機能」に絞った開発

本製品は、空気清浄機能に特化されている。日立の空気清浄機は、近年は加湿機能と一体型の製品を主軸に展開してきた印象が強かったが、今回空気清浄機能に絞った理由や、狙いについて荒川氏は次のように語った。

「開発に先立っては、まずは中国の消費者が空気清浄機にどんな価値を求めるかを把握するため、日立のメンバーが実際のご家庭を訪問して現地調査を行いました。そこでわかったことは、日本の空気清浄機では、加湿やイオン発生などの機能も重要視されるのに対して、大気汚染が深刻化する中国では、空気を素早くきれいにすることが求められていることがわかりました」

前述のとおり、深澤氏とのコラボレーションによる製品開発は今回が初めてではないが、今回の製品を機に、同社の空気清浄機において、これまでの機構・設計に改めて与えた影響や変化は少なくなかったという。荒川氏は次のように振り返る。

「社外デザイナーとのコラボレーションにより、これまで社内では当たり前と思っていたことを見直す機会をもたらすことも多々ありました。例えば、この空気清浄機の背面はネジが見えない作りになっているのですが、これまでの開発では、コストや生産の効率化を考えて、ネジが露出した作りなってしまうこともありました。操作部についても、従来は店頭訴求を意識して、特徴的な機能に関わるボタンを意図的に目立たせたりするケースがあったのですが、今回の製品では、電源がオフの状態では、企業ロゴと型番、電源ボタンとメニューボタンのみが表面に見えるだけで、電源を入れた状態で初めて各種操作ボタンや状態表示が現れる仕掛けになっています。操作部表面の質感も、本体とまったく同じ仕上がりに見えるようにこだわって仕上げられているため、全体として非常に一体感のあるものに仕上がっています。開発過程においても、量産部品の外観精度を高めるため、何度も試作と修正を繰り返し、細かな部分の仕上がりにも妥協せず、改善を積み重ねることで製品の完成度が一段と高いものになったと思います」

  • 操作部と表示部は一列にシンプルに集約して控えめなデザインに

  • 電源をオンにした時で、操作に必要なボタンなどが表示される仕様に。表示部は本体と一体感があり、無用に目立たず、空間と調和する

「日立らしさ」は「性能」で表現した

一方で、"日立らしさ"を示すプロダクトの特徴として意識したのは、やはり"性能"だという。「日立としては、やはりモーターの性能や制御に自信を持っています。業界トップクラスの大風量で、汚れた部屋の空気を隅から隅まで、できるだけ短時間できれいにするというのが、日立の空気清浄機の従来からの特徴だと思っています。今回の前面ルーバーのデザインは、そんな日立空気清浄機の特徴を、上手く外観でも表現したものでもあるのです」と荒川氏。

日本の大手家電メーカーが、世界的プロダクトデザイナーとタッグを組んで開発したデザイン空清。発売が本国ではなく、中国・アジア市場でおよそ一年前に先行して行われるなど、一消費者として謎めいた商品だった。しかし、今回伺った話からは、事業をグローバルに展開していく上では、技術力に加えて、製品のデザイン性も欠かせない要素であると認識している同社の意識の高さが改めて伝わってきた。日立の今後の家電デザインの展望からも目が離せない。