昨今トレンドである、"コネクテッド家電"の1つとして、無線LANを搭載した、過熱水蒸気オーブンレンジ「ヘルシーシェフ」MRO-W10Xを今年6月に発売した日立グローバルライフソリューションズ。"Less, but Seductive(一見控えめなれど、人を魅了するモノのありよう)"のデザインフィロソフィーのもと、グループ全体でプロダクトデザインの改革にも取り込む同社から華々しくデビューした本製品は、意表を突くほどにデザインも一新された。
前半に続いて後編となる今回は、デザインを担当した、同社 家電事業統括本部 国内家電事業本部 国内商品企画部の北嶋正氏が「こだわりと努力結晶となった部分」と語る、操作周りのデザイン性について裏話を明かしてもらった。
IoT家電であることをデザインで表現する
"道具感"や"人間らしさ"を表したかったという本体の外観上のイメージに対し、IoT感を表すためのデザイン要素は、操作・表示インターフェースに集約されたという。「スマホをはじめとするIoT的ユーザーインターフェースを研究すると、"一極集中"というのが特徴としてあると思います。例えば、何も表示されない状態から、ボタンなど必要な要素だけがどんどん現れてくる仕組み。多機能なだけにこうしたほうが使いやすいというのがインターフェースとしての共通認識にあると思います」と北嶋氏が語るように、本製品においても真ん中に表示部のモノクロ液晶が備えられ、それを左右3つずつの丸く小さなボタンが囲み、右端にスタートボタンの機能を持つ少し大きめのダイヤルが配置され、従来と比べると非常にスッキリと集約されたインターフェースだ。
そして、その中において特徴的なのはダイヤル部分だ。運転状態に応じて、淡いピンクやブルーに幻想的に光る仕掛けとなっている。「洗練されたデザインとはいえ、何かシンボリックなサイン的要素が欲しい。そこで"光"によって先進性のイメージを打ち出そうとLEDを採用しました」と語る北嶋氏だが、「機構・設計面においては実は最も開発ハードルが高かった部分」とも語り、次のように明かした。
「LED自体は1個で光らせているのですが、中にチップはRGBとホワイトの4色が入っています。1カ所の発光で、外側をぐるっと光らせているので、拡散の技術の問題で特に上のほうがムラが出てしまうため、ソフト的な調整にかなり苦労しましたね」
オーブンレンジの本質を守るため、真髄は"引き算"だった
ダイヤルのLED以外にも、IoT家電という先進的なイメージをデザインで表現するために、検討された試みやアイディアがあったのか。北嶋氏に単刀直入に訊ねると、その真髄はむしろ"引き算"にあったようだ。
「ユーザーにとって使いやすいもの、家事を楽にするものというオーブンレンジの本質に立ち返って考えると、それはまさにデザインフィロソフィーである"Less, but Seductive"にあるだろうと。使いやすさを考えたら、むしろハンドル部分には飾りがないほうがいいのではないか、加飾すべきではないのではないかということで、今回、飾りをあえて止めました。反対に、ユーザーとのコミュニケーションのタッチポイントになる操作・表示インターフェースをはっきりとわかりやすくさせることが重要だということでそちらに力を注ぎました」
全体としては先進的なイメージでありながらも、ユニークさが際立つポイントとしてもう1つ注目されるのはディスプレー部分だ。"ノーマリーブラック"と呼ばれる、電圧がかかっていない時に液晶画面が黒くなり、電圧を加えると透過率が上がり光が透過して白く表示される方式のモノクロの液晶を採用し、レトロ調のフォントを用いるなど、アナログ感が漂うが、「ボタン部分を変更したところ、サイズ的にも今までのディスプレーが入りきらなくなってしまい、デザイン的にもバランスが悪くなってしまったので、変更せざるを得なくなりました」と北嶋氏が話すように、もともとは意図的というよりも必然から生まれた仕様変更だったとのこと。「スマホと連携もあるので、本体の表示部はコンパクトかつシンプルにする流れになりました」と、製品全体としての方向性とも合致したのだという。
しかし、カラー液晶に比べてモノクロ液晶はドットの1つ1つが大きくなって視認性が低下してしまうという問題がある。「フォントを変えたのは、ギザギザが出ないという理由で、レトロなフォントをあえて選んだところがあるんです」と北嶋氏。ちなみに、待機時に表示される時計表示は、手作りのフォントが採用されている。
本製品では、人気レシピ投稿サイト「クックパッド」と連携したオートメニューを新たに採用していて、スマホアプリ経由でも本体に設定できる。液晶ディスプレーにはレシピ作者が付けたメニュー名がそのまま表示されるのだが、そこにも密かなデザイナーのこだわりが隠されている。
「レシピ作者の方が付けたメニュー名は絵文字が入っていたりするものもあるのですが、標準フォントの仕様では絵文字は含まれていません。そこで、それを忠実に再現するために、実は私が絵文字を1つずつ手作りして搭載しました(笑)。他にも今まで公表はしてなかったんですが、クリスマスなどイベント時にディスプレーにメッセージが表示されるような仕掛けをして遊び心も忍ばせています」
IoT化で変わる白物家電、クロモノとは違うデザインの模索
本体が高温になる特性を持つオーブンレンジだが、デザイン性と機能、性能面を両立させる上で難しかった点や克服すべき課題は意外にもあまりなかったという。北嶋氏はその理由を次のように説明し、別の課題について言及した。
「表示パネルなど樹脂の素材を使用している部分もありますが、従来製品から高温に耐え得るものを選んでいるので、今回に限ってという特に大きな問題はありませんでした。大前提として耐熱、放熱性という部分では弊社が長年培ってきた知見があるので悩むことはなかったです。反対に、大変だったのは、枠の成型です。今回、ハンドル部分を目立たせなくするために、以前は後から取り付けていた構造を見直し、新たに枠と一体化した構造を採用しました。そのため、強度の問題など改めて検討、検証する必要がありました。あとはやはり先ほどのLEDが一番苦労しましたね。弊社がこれまでやったことのない分野でしたから」
ここ数年、白物家電のIoT化が進み、これまでは"シロモノ"と呼ばれていた家電製品の"クロモノ"化、融合が進んでいる。本製品もまさにそれを象徴した存在と言えるが、調理道具としてのアナログ感を残しつつも、先進性も表現するというそのデザイン奥儀は感銘的だ。これまでシロモノと呼ばれていた家電は、機能とともにデザインの進化も重視される時代になったことを示す製品だ。