「トイレという空間の概念を変えたトイレ」と言っては、言い過ぎだろうか――。「SATIS(サティス)」を世に送り出したINAXという会社は、25年も前から本気でそのことを考えていた。

1985年の社名変更を機に、INAXのトイレ改革は始まった。「トイレを見直そう」というメッセージの下に、1988年、松屋銀座に完成した新しいトイレ空間「コンフォートステーション」は、それまでの単なる用を足すための場所であったトイレに、心地よさという新たな付加価値を与えた。多くの人々がもつトイレという場所に対する認識を変えるエポックメイキングな出来事であった。

「世界最小・満足最大」のトイレ

「トイレを陽のあたる場所へ」。
INAXの長年の思いが結実したのが、2001年に発表されたSATISなのだ。

SATISの特徴として思い浮かぶのが、そのすっきりとしたデザイン。しかし、便器としてのデザインは、SATISの魅力のひとつに過ぎない。SATISの目標は、「SATISがある、新しいトイレ空間の提案」。そのための最大の鍵は、便器のコンパクト化にあった。

INAX 設備事業部商品開発部チーフデザイナーの佐野正明氏

INAX 設備事業部商品開発部チーフデザイナーの佐野正明さんは言う。

「一般的に日本の住空間は狭いので、おのずとトイレも狭くなってしまいます。だから、便器をコンパクトにすることでトイレ空間を広く使えるようにしたい、と考えました。当時の便器は全長790mmあったのですが、それをいかに小さくできるか、これが一番苦労したポイントです」

当初の目標は、全長700mm。ところが、現在の社長のひとことで650mmに上方修正される。結果として、これが市場へのインパクトへとつながった。

「そのための解決策が、タンクをなくすことでした。実はそれ以前から、市場にはタンクレスのトイレはあったのですが、単にタンクがないというだけで、トイレそのものの大きさに違いはありませんでした。そこで、ダイレクトバルブという新しい洗浄方式を採用することで、コンパクト化を図ったのです」

ダイレクトバルブ方式は、さまざまなメリットをもたらした。タンクがなくなったことでサイズはコンパクトに、また、タンクへの給水の必要がなくなったことで連続使用が可能に、さらに便器洗浄に必要な水量をバルブで自動制御することで、節水効率もアップした。こうして、キャッチフレーズでもある、「世界最小、満足最大」のトイレが誕生したのだ。

トイレではなく「パウダールーム」

SATISといえば、やはりデザインに触れないわけにはいかない。その無駄な凹凸をなくしたシンプルなデザインは、2001年のデビュー以降も、マイナーチェンジごとに洗練の度合いを増している。

「たとえば、トイレの前の部分の形状を見てもらえばわかりますが、ストレートになっています。水を流すという機能を考えると、まん中に水を集める必要があるので、丸い形状の方が適しています。一般のトイレはそういうフォルムになっていますが、SATISでは、水の流れる内側の形状はそのままに、陶器の2重構造の外側の形状をストレートにすることによって、すっきりとしたデザインを実現したのです。また、2009年に発表された最新のモデルでは、サイドカバーも従来のものと比べさらに凹凸をなくすことですっきりした形状になっています」

サイドビューの比較。左が2004年モデル、右が2009年モデルだ

たったこれだけのことで、デザインの印象は一変する。便器というデザインの自由度が低いプロダクトにおいて、最大の効果を引き出したのだ。全長790mmから650mmという実際のダウンサイジング以上に、コンパクトな印象を与えている。しかし、なぜ、サイドビューにこだわる必要があったのだろうか? 実は、このことはSATISの最大の目標である、空間の提案に大いに関係している。

「通常のトイレの広さは、0.4坪から0.5坪とされています。その場合は、便器を前から見る機会がほとんどです。これに対してSATISは、0.75坪以上の広い空間を提案しています。こうなると、レイアウトの自由度は広がります。つまり、トイレではなく、パウダールームとしての提案なのです」

"SATIS"が提案するパウダールーム

つまり、トイレで顔を洗い、化粧をし、身づくろいまでも整える。レイアウトによっては、便器を縦からではなく、横から見る場合もある。サイドビューのデザインにこだわるのには、そういう理由もあったのだ。また、デザインがシンプルになったことで、掃除もしやすくなるなどのメリットもあったそうだ。

陶器ならではの質感を活かした上級モデル、「REGIO」

SATISのカタログには、多くのコーディネート例が紹介されている。INAXのもうひとつの基幹事業であるタイルを用いた清潔な空間から、原色を挿し色に用いたポップな空間、そして木調のホテルライクな落ち着いた空間まで、実に多彩だ。余談だが、20世紀を代表するアメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルにも、INAXのタイルが使用されたとか。

デザイナーに指名される"トイレ"

タンクレスのシンプルなデザインの便器に合わせるために用意された、洗面器やミラー、トイレットペーパースタンドなどのセンスのいい小物も見逃せない。リモコンにおいても、子どもやお年寄りにもわかりやすい日本語表示のものと、デザインにこだわった英語表示のものの2種類を用意している。シンプルなSATISを中心に、家族構成やライフスタイルの違いによって、さまざまなトイレ空間の実現が可能なのだ。数あるトイレの中でも、ひとつのブランドで、1冊のカタログがつくれるブランドは、そうそうないのではないだろうか。

スタイリッシュなイメージを与える、英語版のリモコン

SATISがデビューした当初、多くの建築家、デザイナーがこぞって指名したという。その理由は何なのだろうか?

「一番の理由は邪魔にならないデザインだからだと思います。建築家やデザイナーの方は、自分が実現したいデザインを持っています。その空間の実現のために、主張の強すぎるトイレは不要なのでしょう。最近では、商業施設などで採用いただく機会も増えていますが、SATISがあるカフェやレストランは、おしゃれだと言ってもらえるのが、嬉しいです」

ポップなカラーリングが印象的な「SATIS Colors」

また、近年のリフォームブームは、SATISの品揃えにも影響を与えている。

「一般の家庭の場合は、公共施設や商業施設などとは事情が異なります。最近では、リフォームを行われる方も増えていて、自らトイレを選ばれるお施主様も増えてきました。幅広いご要望にお応えするために、アメリカのPANTONE社の色見本の中からセレクトしたカラーバリエーションのシリーズ、『SATIS Colors』を揃えました。赤や黄などの原色を選ばれたことで、お子さまが夜トイレに行くのを怖がらなくなった、という意見も頂戴したりするのですが、少しはトイレの役割を変えられたかな、と喜んでいます」

2001年の登場から、来年で10周年を迎えるSATIS。コンパクトにしたことで空間に余裕が生まれ、家の中の脇役に過ぎなかったトイレ空間の新しい在り方を提示した。今や、世界中から注目を集める日本のトイレ。今後、SATISはどのような未来のトイレ空間を我々に見せてくれるのだろうか。