野原: 岸先生は慶應義塾大学大学院教授というお立場にもあります。先ほどは産業と官公庁、いわゆる産官の共創についての話がありましたが、「学」との連携にはどのような可能性があるとお考えでしょうか。

岸: とても大きな可能性がありますね。うちの大学院のゼミでは机上の研究成果を論文にまとめるだけでなく、産学官のプロジェクトで行った実験や得られたデータを基に学生が論文を書くというアプローチを取っています。私のライフワーク的な部分も含んでいますが、地域経済活性化の新しいモデル作りに産学官で取り組んでおり、地域企業も巻き込んでプロジェクトを進めています。

その経験を踏まえ、建設産業こそ産学官の形で新しいプロジェクトに取り組むべき産業だと言えます。

野原: 建設産業はもっと学を活用すべきであると。

岸: その通りです。特に地方で何か新しいことをやるときこそ、大学の名前を使うべきだと思います。先ほど地方の首長さんは保守的な方が多いとお話ししましたが、民間も保守的になりがちな傾向があります。ですので、産官だけで何かをやろうとしても話が進まないケースは珍しくないのですが、ここに大学が入ることでチャレンジへのハードルを一気に下げられるのです。民間企業がビジネスで新しいことをやろうとするのと、大学の先端的な実験に協力するのとでは若干毛色が変わりますので、抵抗が少なくなるのでしょう。

ちなみに、産学官をそろえたからといって、必ずしも大学が新しい知見を提供する必要はないと考えています。もし建設産業がBIMの導入を進めるための実験をしたいと考えるなら、大学の実験という体裁をとりながら導入を進めるだけでも意味はあると思います。産学官のプロジェクトにする意味がないと思われるかもしれませんが、それで新しいことにチャレンジできるなら、結果的には悪くないのではないでしょうか。

野原: 岸先生が普段から多くの学生と接していることを踏まえてお伺いしたいことがあります。人手不足と言われる産業は、これから新しい戦力として若い方たちに気持ちよく働いてもらう環境を作る必要があると思うのです。今の若い人たちは、どんな思考の傾向があると感じられますか?

岸: 世間一般では「今の若い人は根性がない」と言われるじゃないですか。霞ヶ関でも入省して2~3年で辞める人がとても多くなっていて、そうした状況を指して「根性がない……」と感じている層もいるようです。しかし、彼らは根性がないわけではないんですよ。

昔はとにかくしゃかりきに働いてお金を稼いだり、有名企業に入って安定した収入を得たりということが重視される価値観の時代でした。しかし、今の若い人たちは価値観が非常に多様化しており、それぞれが異なる価値観を持っているんです。

仕事に関しても、お金や安定も大事ですが、さらに自己成長や社会貢献への実感、ワークライフバランスや環境問題への考慮など重視するものが本当に多様になっている。それなのに、企業や役所といった組織側が、その多様性に対応できていないのです。

野原: だから、すぐに転職をする若い人が絶えないと。

岸: ええ。私は慶應義塾大学の他でも多くの学生に触れていますが、今の若い人たちは本当にポテンシャルが高いと感じています。頭脳であったり体力であったり、秀でているところはそれぞれ異なりますが、どの学生も必ずいいところがあります。そうした学生のポテンシャルを生かしきれずに退職させてしまっているなら、組織側の価値観が若者の生産性向上の障害になっているんじゃないかと思うんですよね。

だから若い人たちを理解して、彼らが頑張ろうと思えるような環境を作ることが、建設産業を含む全産業の課題になるでしょう。