野原: これまでのお話の通り、日本の建設産業のDX化は他産業や他国と比べて遅れが目立ちます。この状況から巻き返すには、産業側の努力だけではなく国や官公庁と連携し、後押ししてもらわなければならないと考えています。

岸: 海外の建設産業は、どのような形でDXを進めているのでしょうか。先ほどおっしゃっていたBIMがすでに普及している?

野原: はい。BIMは建設産業において世界標準になりつつある技術で仕組みです。先に述べたとおり、BIMは3DCADのような図形データにさまざまな情報を載せられるのですが、イギリスやシンガポールなど多くの国で義務化されています。

BIMを使うことで、設計から施工の各フェーズで効率的なプロジェクト管理や品質の高い建築物の設計と建設が可能になります。労働生産性が低いと言われる建設プロセスの圧倒的な効率化を促すことができることが大きなメリットなんです。

また、どこの国でも建築物を建てるには行政の審査が必要になりますが、このとき設計図面などを役所に提出して、規定に沿っているか、間違いがないかなど手間のかかる審査工程が生じます。しかし、これをBIMデータのやりとりに変えれば、各工程の精緻なデータのやりとりができますから、建築確認の時間と手間を大幅に省略できます。つまり、建築確認コストの削減という点でメリットがあり多くの国が積極的にこれを採用、あるいは義務化している側面もあるのです。

岸: 日本ではBIMに対してどのような対応をしているのでしょう。

野原: 残念ながら、現時点では公共物件であってもBIMによる建築確認に対応できていません。建築確認を行う指定機関の仕組みを変えるのに時間がかかっているのだと思います。

その結果、今は設計者がBIMでモデルを書くと、かえって建築確認のコストが上がってしまうような状況になっています。

ようやく2025年からBIMによる建築確認の申請が順次できるようになるというアナウンスがありましたが、他国では10年以上前にスタートしている仕組みです。本来、BIM活用によって建築材料の使用量を計算し、無駄な材料の使用を避けることにより、資源の効率的な使用と廃棄物やCO2排出量の削減ができるといった大きなメリットがあります。社会的にニーズが高まっている環境配慮、サステナビリティを考慮した建築設計ができるゴールが待ち受けているはずですが、その入り口で手間取ってしまっている印象です。

現況を打破するためには、産業の内側にいるわれわれだけではなく、国や官公庁の協力も不可欠だと感じています。そこで元官僚でもある岸先生に、ぜひ伺いたいのが「官公庁の協力を得るには、どのようなアプローチが有効か?」です。

岸: 難しい問題ですね。今ある制度を変えることを官公庁は嫌がる傾向がありますからね。わかりやすい例が話題になった「ライドシェア」です。

まさに高齢化と人口減少によってタクシーの乗務員が減りました。そのため、都市部でも朝や夕方はなかなかタクシーに乗れない状態になっています。このタクシー不足は地方都市のほうがより顕著で、バス路線が次々に減便するのと相まって、住民の移動手段がなくなっています。

そこで、ーズが高まった。先ほど他国ではBIMが10年前から標準になっているとおっしゃっていましたが、ライドシェアも他国ではすでに10 年ほど前から社会実装されています。スマホアプリを使って普段の移動から観光に至るまでライドシェアが普及しています。だからこそ、ライドシェアを日本でも解禁しようというニーズがあった。

野原: 本来、お客さんを乗せてクルマを走らせて運賃をもらうにはタクシー運転手のような特殊な二種免許が必要で、緑色の営業車用のナンバープレートをつけたクルマである必要がありました。しかし違う仕事に就いているビジネスパーソンが副業としてライドシェアのドライバーをしたり、大学生がアルバイトのようにお金を稼げる仕組みを解禁しようとしたわけですね。

岸: そうです。日本全国の交通難民やインバウンドも含めた観光客の方々にとってもぜひ欲しいサービスであり、政府も前向きにライドシェア解禁に動いていたはずでした。

ところが、フタを開けてみると、タクシー業界の強い反発を受けて、世界では当たり前の形でのライドシェアの導入は見送られました。タクシー会社が一種免許のドライバーを雇用できるようになるという、ほとんどライドシェアとは言えないような解禁にとどまったのです。

野原: なぜ国土交通省は、ライドシェアの社会実装に及び腰なのでしょうか?

岸: ライドシェアの導入には道路運送法などの根本的な法の見直しが必要になります。今ある制度を大きく変えることを、役所は嫌がりますからね。

加えて、ライドシェアによってシェアをとられることを嫌がるタクシー業界がライドシェアの抵抗勢力として現れれば、なおさら及び腰になります。もっとも、変化を好まない風潮はどの省庁も同じです。

厚生労働省で言えば、社会保障制度や年金制度の問題がありますよね。今のままではどう考えても制度を維持できないと分かっているのに、抜本的な改正は大変だから毎年帳尻合わせをして終わってしまう。

野原: おっしゃる通りですね。とはいえ、産業側の「必要だから」「便利だから」という理由だけでは、デジタル技術の社会実装には時間がかかるように思います。

岸: 個人的には、国や官公庁ではなく、まず地方自治体と組んで成功例を作ってしまうのがいいと思います。例えば、建設産業の人材不足やそれに伴った地域経済の縮小に問題意識を持っている自治体の首長さんと組む。そこで実証実験と称してBIMを地元のゼネコンや施工会社に使ってもらう。そして「BIMを活用して工期が短縮できました」「コストが安く済みました」「地元の建設会社さんにも多くのメリットがありました」という形で成功例を作るのです。

国や中央省庁は、やはり管轄が大きいだけに、変わることのコスト、デメリットのほうが大きすぎるのは確かです。しかし、地方自治体ならば小さく実験的に新しい試みができる。相対的に規模が小さいため、チャレンジングな施策が打ちやすい。

野原: なるほど。しかも、首長は選挙で選ばれた人ですから、トップダウンで意見も通しやすいですからね。

岸: そうなんです。そして先にBIMを使った結果が、大幅なコスト削減や地域の活性化につながれば、他の自治体もぜひ使ってみたいと考えるはず。そして大きなムーブメントになれば、国や省庁も無視できません。法律を簡単に変えられるかは別として、助成金など予算面の応援は期待できます。

政策の面でこうした取り組みを制度的にできる仕組みが、「国家戦略特区」です。地域限定で規制を緩和し、企業と組んで具体的な成果を出し、それを全国に広めていく。こうした国家戦略特区的なアプローチを、改革意欲がある首長さんと組んで試していくのがいいと思います。

野原: スマートシティ(※3)がまさにその形ですよね。省庁をまたいで行われるプロジェクトではありますが、大部分を主導しているのは自治体の首長です。すでに自治体から新しいことを始める前例ができていますので、BIMを地方から広めていくのも現実的な発想だと思いました。

※3 スマートシティ:IT技術やデータを活用したマネジメントにより、人々により良いサービスや生活の質を提供できる都市または地域

岸: 実のところ、地方自治体の首長の多くは政府以上に改革派が少ないんです。本来は地方自治体と国は対等な立場であるべきなのですが、未だに総務省が地方交付税で自治体を縛っていますから。こうした大本営が作った方針を忠実に守る自治体、首長さんも相当に多い。

とはいえ、その中でも改革を目指す首長は必ずいます。そういう方と地元を巻き込んで成功例を作れば、自分たちもやりたいと言い出す自治体は必ず出てきます。