野原: いまDXに期待されるというお話が出ました。ただ一方で、「製造業と比較して建設産業のデジタル活用がなかなか進んでいない」ともよく言われます。その要因はどこにあるのでしょうか。

志手: 私はその説には少し懐疑的なんです。本当に建設産業のデジタル活用は進んでいないのでしょうか? 製造業と建設業の一番の違いは作業する場所の違いです。作業場所や環境が常に変化する建設現場では、屋内工場での作業が主体の製造業と違って、ロボットなどで効率化することが難しい。

そういう場でデジタル活用が進んでいないと言えるのか、それとも、こういう場所でやっている割には、十分活用しているね、と言えるのか。そういう見方が非常に重要だと思います。

「製造業と比べてデジタル化が進んでいない」と言われ続けると、怒られているみたいな気持ちになってしまいますよね。しかし、実際、現場では、LINEのようなメッセンジャーツールでやりとりしたり、情報共有したりしています。

蟹澤: 確かにおっしゃる通りですね。そもそも建設には「一品生産」「現場生産」という大量生産が可能な製造業とは全く違う難しさがあります。そのため建設産業では昔から、デジタルの力で何とかできないのかという発想がありました。

すでに1990年代から、3Dデータの活用やタブレットのような端末の導入にも積極的でした。デジタルの導入が難しいゆえに進んでいた部分もあったわけです。

志手: そうなんです。その上で指摘したいのは、「ムダな最新技術の導入」も多々あったことです。私自身、ゼネコン技術研究所出身なのでよくわかりますが、ゼネコンの研究部署は、新しい技術開発をしなければ評価されない世界です。なので、個別分散的にデジタルツールや効率化のためのシステムを開発して、社内で導入を促してきた歴史がある。

しかし、「最新技術の導入」ありきで、現場の視点が足りていない。現場はそんなものを求めていなかったり、使えなかったりするので、結局、普及しない。過去、そんなことをずっと繰り返してきました。

ひるがえって、建設現場はDXが遅々として進まない、と指摘されるのは、現場のほうに過去のトラウマがあるからではないでしょうか。「また面倒なことだけさせるのか」といった思いがある気がします。

野原: 本当に現場のためのツール、DXなのか、と疑心暗鬼なわけですね。

志手: そう思います。わかりやすい例が、過剰なセキュリティだと思いますね。建設現場には、いろんな会社のいろんな人が集まります。バラバラの彼らが情報共有のツールを入れようとすると、必ず「セキュリティ上の問題があるから使ってはいけない」とか「セキュリティ対策のため二重パスワードをつけなくてはいけない」となるわけです。

けれど、速さと効率性を求められる現場で、そんな面倒なことを要求されたらイヤになるに決まっています。そもそも「これはセキュリティで屈強に守るべき情報なのか?」と見直す必要もある。例えば、職人のAさんとBさんの「作業が終わりました」「では、私が現場に入ります」といったやりとりは、本当に漏れては困るのでしょうか?

野原: おっしゃる通りですね(笑)。では、BIM(※2)についてはいかがでしょうか? 企画段階から3次元で可視化でき、あらゆる設計段階から施工、維持管理まで一元管理できる利便性は、日本でも随分と知られてきたと思いますが。今後、どのように浸透していくと予想されていますか。

※2 BIM(Building Information Modeling):建築物の情報を3Dデータ化し、設計から維持管理まであらゆる工程で利活用、業務効率化を図れる 仕組みのこと

志手: まさにこれまでの新技術ありきの導入ではなく、現場のため、といった視点での普及が期待されます。世界的にBIMが急速に広がり始めたのは、この5~6年ですが、最も導入が進んでいるのは、イギリスやアメリカだと思います。

面白いのが、BIMに取り組んでいた国と、最近取り入れた国で使い方が二分されていること。イギリスやアメリカは設計からBIMに入れている。一方日本は、1990年代からすでに大手ゼネコンが3DCADに取り組んでいた歴史があったので、施工側から入っている。

野原: 設計側から入るのと、施工側から入るのでは、どのような違いが出てくるのでしょうか。

志手: 欧米の設計事務所などに行くと、社員のパソコンには必ず「Revit」などのBIMソフトが立ち上がっている状態で、普通の道具として使っています。誰かがモデリングしたデータから数字を出すとか、情報を出すとか、あるいは、そこに情報を入れるといった具合に、普通に設計業務などに使っています。ところが、施工側ではアナログなままです。

日本は、まったく逆。デジタル化が施工の方から入ってきたので、施工計画や掘削計画などは、世界でも稀に見る精緻なモデルを作り上げている。ところが、設計の方は図面化するための道具くらいにしか考えていない。だから、日本が一方的に遅れているとは思わない。欧米と日本では得意な分野の違いだと思います。

野原: それぞれ強み、弱みがあるわけですね。

志手: 問題は、次に来ている国です。この5~6年の間にBIMを取り入れ始めた国は、BIMを使用して情報管理を行うための国際規格「ISO19650」(※3)をベースにしています。みんなが共通のガイドラインを認識しながら、スピード感をもって巨大なプロジェクトを進めていくことができるようになるわけです。それが、ベトナム、マレーシア、中国、あとは南米ですね。今後、さらに大きなプレゼンスを発揮していくのではないでしょうか。

※3 ISO19650:BIMで構築された資産の情報管理のために定められた国際規格。大手ゼネコンを中心に認証取得が進んでいる

野原: 中東はどうでしょう?

志手: 中東も欧米のプロジェクトマネジメントが入っていますので、BIMを使う国が増えていくでしょう。アメリカは、そうした時代に向けて自国のガイドラインを改定してうまく国際規格に合わせるなどしている。

蟹澤: イギリスは、BIMが登場する以前から、発注側と施工側の対立や、建設産業の生産性の低下に悩んでいました。1994年に業界で改善すべき点を指摘したレイサム・レポートが出され、話題になりました。BIMが出てきたときに、こうした問題点を解決できる良いものが出てきたと捉えられたわけです。つまり、設計目線と発注者目線があるわけです。

志手: いずれにしても、このコラボレーションに日本が乗り遅れると、海外で勝負できない国になっていく可能性が高い。

野原: ISO19650は当社でも、取得しようと考えているのですが、ゼネコンでも取得しているところは少ないと聞きます。日本での浸透が鈍い理由は、何かあるのでしょうか?

志手: 免罪符のように「日本の商習慣に合わない」なんて言葉を使う人が多いのですが、それは、「新しいことはもういいです」と言っているように感じます。

日本人は3次元など新しいツールには興味津々で飛びつくのですが、自分たちの仕事のやり方を変えなくてはならないことには関心が極めて低い。日本の中で仕事をしているからという理由であれば、それはそれでいいのかもしれませんが、国内市場そのものが縮小していく中では、意識を変えていく必要があります。

野原: 抵抗というよりも、仕事の進め方を変えることに無関心なのですね。

志手: 例えば、ISO19650の中に書いてあるのは「ファイルの命名規則を共有しましょう」「発注要件には、こういうことを書きましょう」「BIMがどのように実行されているのか、このタイミングで明確にしましょう」など、基本的な協働の心構えやルールづくりのようなものです。

大勢が関わるプロジェクトを進める上では、やるのが当たり前のことばかり。日本の建設産業は、この基礎的なことが共通認識できていないので、現場が混乱したり、どの図面が最新なのか、どこを修正したのか分からないといったことが頻繁に起こったりするのかもしれませんね。