3月7日にKDDIと日本エンブレースが資本業務提携に関する記者説明会を開催し、KDDIが端末や通信インフラによる貢献で医療介護ITプラットフォーム事業に参入することを発表した。KDDIは第三者割当増資により発行される株式の一部を取得したが、株式取得金額や出資比率等は非公開だ。

  • 株式会社日本エンブレースの伊藤学氏(代表取締役社長兼CEO:左)とKDDI株式会社の岩崎昭夫氏(バリュー事業本部担当部長:右)

カンタン、セキュアな情報共有を目指すKDDI

日本エンブレースは医療クラウドとしてパートナー企業向けにアプリケーション開発環境を提供しているが、KDDIはそのメディカルケアステーション(MCS)を後方支援する。患者のリアルな情報を横断的に、そしてカンタンにセキュアに扱うことができるようにすることを目指す。

最初の段階として、医療機関や介護現場、そして患者自身とその家族が、スマートフォンやタブレットを使い無料のSNSを利用できるようにするという。治療側のタイムラインと患者側のタイムラインを個別に運用し、メンバー間でのメッセージの交換、情報共有により、ライフログの収集や各種スマホアプリによるデータの自動投稿などを実現し、医療介護従事者と患者をつなぐ新しいコミュニケーションツールに発展させていくという。

  • 活動量の自動記録やデータ共有なども視野に入っている

現状の医療現場では医療と介護など別の施設にいる関係者がコミュニケーションをとるのがたいへんだ。時間と場所の制限を超えて多職種がコミュニケーションすることができれば、高く安全な医療サービスを提供できる。もちろん、それは医療現場の負荷を高めることにもつながる可能性があり、そこも解決しなければならない重要なテーマだ。現在は在宅医療を対象とすることを想定しているが、今後は、発症予防や再発、悪化予防にも役に立つようなものにすることを考えているそうだ。

そのために、IoT化とMCSのネットワーク活用が必須となる。KDDIとしてはMCSを利用する医療従事者を増加させ、MCSの活用シーンの拡大によって、医療介護をITプラットフォームとして新たなビジネスチャンスを創出していくもくろみを持つ。

石橋を渡るか叩くか壊れるか

こうした展開は当事者にとってはバラ色の未来にも見えるが、実際には、その運用そのものは石橋をたたいてそれでも渡らないくらいの展開しかできない。というのも、個人情報保護の観点もあり、患者のセンシティブなプライバシーをどのように守るかがきわめて重要になるからだ。一歩間違えば、事業そのものが崩壊しかねない。

たとえばA病院がこのプラットフォームで電子カルテなどを連動させて詳細に患者の情報を蓄積しているとしよう。患者が別の症状で、あるいはセカンドオピニオンを得るためにB病院にかかったときに、A病院が持つ情報をすべて閲覧できればどんなに治療に役立つか。だが、今の時点ではなかなかそれは難しい。別途、書類によるオプトインの手続きを経て可能になるそうだが、レントゲンやMRIの画像なら渡せても、治療の経緯、履歴や医師の所見が事細かく書かれたカルテ情報まで渡すかどうかも、判断としては難しいのが現実だ。アプリ化されたお薬手帳の情報だって(主要なものでも)まだ病院間で共有できないのだから、その舞台裏が想像できるというものだ。

こうした障壁をひとつひとつクリアしながら、ほんの少しずつではあるが、医療現場のIT化が進んでいく。すでに、ITを駆使した遠隔治療は、医療行為として認められ、保険点数もつくようになっているそうだが、今後は通信の高度化によって、さらに市場は拡大していくだろう。想像のつきにくい5Gネットワーク活用の一端を担うビジネスに成長する可能性も高い。

  • 医療・介護側タイムラインのイメージ

人間のウソをITは見抜く

とにかく人間の患者はウソをつく。毎日3,000歩は歩きなさいと医者が言っても、なかなかそれができない。ところが本当のことを医者には言わず、ちゃんと運動しているとウソをつくのだ。薬を飲むのを忘れても同様だ。毎日しっかり飲んでいると告げる。それが治療を妨げることになり、結果的に病気につながっていったりもする。

クスリを飲むとそれがバイタルにどのような影響を与えたのかというのは、製薬会社にとってはかなり重要な情報になるそうだ。だから製薬会社はカネを出す。現在のMCSが無料で提供できているのはそういう側面によるものだ。

血圧、脈、体重、活動量といったバイタル情報、また、薬を飲んだらそれを記録する仕組み、いつ寝て、いつ起きたのか、水はたくさん飲んだのか、飲んでいないのか。何を食べて、どのくらいのカロリーで、どのくらいの塩分を摂取したのかなど、IoTとAIを駆使すればそれらをすべて自動化して記録することができるようになるはずだ。そういう環境の成立があってこそ、こうしたプラットフォームの建付けがうまく機能していく。

今回のKDDIの取り組みは、そこに至る確実にやってくる未来のための先行投資であるともいえそうだ。高齢化社会の到来。ITと通信が医療を支えなければ国は崩壊する。だからこそこうした取り組みは成功してほしいものだ。それを通信会社が担うことが正しいかどうかは別の議論だ。

(山田祥平 http://twitter.com/syohei/ @syohei)