経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。

うまい棒は伸びたり縮んだりしてきた!?

お馴染みのチロルチョコ

ちょっときいてください。チロルチョコに「ヌガー」が入っている理由は、涙ぐましい企業努力」の結果なんです。

チロルチョコ株式会社は、元々は昭和期に「炭鉱の街」として知られた福岡県田川市の企業です。往時はキャラメルや砂糖菓子を作って、炭鉱で働く人やその家族に安くバラ売りしていたと言います。ところが炭鉱が閉山を迎え、同社は大ピンチに。この時の社長の決断が「10円で買えるチョコをつくろう!」だったと言います。

ところが……チョコの原料となるカカオマスやミルクはけっこう高価。子どもが満足してくれそうな大きさのチョコを作ると、原価が15円になってしまったそうです。どうにかしなきゃ、つくるほど赤字になってしまう! そこで社長は、なかに比較的安価なものを入れようと試行錯誤を繰り返し、行き着いたのがあの完成度の高い「ヌガー」だったんです。現在の原料は、水飴とコーヒーパウダーで、これが「すぐ溶けないから普通のチョコより満足感がある」とさえ言われ、子どもたちから絶大な支持を受けた、というわけ。

ちなみに、今は20円の印象があるかもしれません。しかしこれも、ただ値上げしたわけじゃありません。チロルチョコの社員が言います。

「コンビニやスーパーのレジにバーコードが導入されたんですが、当時の10円のチロルには、パッケージにバーコードを記入するスペースがなかったんです。そこで、チョコが大きく価格が20円の商品を出したら、このほうが売上が伸びてた、というわけです」

ちなみに「うまい棒」にも同じような伝説があります。このお菓子「伸びたり縮んだりしたことがある」ってご存じでしたか?

「うまい棒」のおもな原料はコーンです。農作物を輸入するわけですから、不作になったり、円安になったりすれば値上がりします。でも、うまい棒を11円に、12円にしたら10円玉を握りしめて買いに行った子どもが可愛そうです。

そこで同社は、うまい棒を少し短くして対応したんですね。

企業にとって「価格感」は生命線。仮にいままで200円だった牛乳が300円になったら……? 正当な理由があっても、消費者は「高い」と感じ、敬遠してしまいます。避けられない理由で高い商品を出したチロルチョコと、値上げしなかったうまい棒、いずれも「10円」にこだわる姿勢は伝わってきます。

チロルチョコのミルク味には上下で2種類のチョコが使われていた!

次に商品開発ですが、これも、涙ぐましいものがあります。チロルの人に聞くと「マヨネーズ味」とか「ほうれんそう味」とか、ありとあらゆるものを試していたのです。そして、真顔でこう言いました。

「ビスケットにほうれん草のパウダーを入れて、それをチョコと一緒に食べ「ああ、ちっともおいしくない」とかやってます。ボクの経験上、野菜や調味料とチョコレートはあまり合いません。逆にフルーツとチョコレートは相性がいいですね」

これ、筆者の経験上もそうですが、やっぱり試しているかどうかで言葉の重みが違います。そして、彼はこう言いました。

「でも、カレー味、塩味、センベイ味、ずんだモチ味、しょうゆ味など、いろんなものを試すなかから新しい味が生まれるんです。人気商品に育った『きなこもち』も、我々がきなこチョコや、もちグミを試しているから生まれたものです。しかも、たまには野菜などからおいしいものができたりもするんです」

しかし、たまに「出せない」商品もあるとかで……。

「ココアバターやミルクを一定の割合以上含んでないと、表示できる名称が『チョコレート』でなく『油脂利用食品』になってしまうんです。ここらあたりがまた難しいんですよね……」

しかも、製造するときにも工夫があります。例えばうまい棒。あの穴は、何も材料費を削減するためじゃなかったんです。これはうまい棒の会社の人に非公式に聞いたことですが……まず、うまい棒に穴があるのは、製造する機械がこうなっているからだそう。でも、穴があることによって強度が上がり、さらには食感もよくなったんだそう。なるほど、言われてみれば、口の中でクシャッと崩れる感じ、おいしいですもんね。

ミルククリームを仕込むのにも工夫が……

また、チロルにも様々な工夫があります。例えば、上下で違うチョコを使っている製品がある、って知ってますか? 定番になっているミルク味がそれ。まず、カタに粘度の高いチョコを流し込み、ひっくり返します。するとチョコはほとんど流れ出ますが、カタに残ったチョコはカップ状になりますよね。これを冷やして固めて、ミルククリームを流し込みます。そして再び冷やしたあと、最後にチョコで蓋をするわけですが、このチョコは早く固まってくれないと出荷に時間がかかってしまいます。そこで、味はほぼ変わらないのですが、この工程には固まりやすいチョコを使っているんです。

ちなみにチロルやうまい棒がいまだに売れ続けている理由は、もうひとつあります。コンビニのレジで店員さんがバーコードをピッピとやっているとき、横にチロルがあって、それがまた新しい味だったりして、思わず「これも」と買ったこと、ありませんか? みなさんもこんな経緯でついチロルを買っちゃうこと、ありませんか? そう、レジ横は「衝動買い」をうながせる場所。ここに安い商品を置いておくと、売上が伸ばせるのです。

ようするに「10円、20円のお菓子」という市場は、駄菓子屋がコンビニに変わっても魅力的で、昔の子どもが大人に成長しても、つい手にとっちゃうものでもあるのでしょう。ちなみに「チロル」という商品名は、同社の当時の社長がチョコを作るにあたって訪れたオーストリアのチロル地方からとられたもののようです。この、ボクを含むカネがないガキんちょを楽しませてくれた人物は、今、工場の庭で銅像になっていて、取材に行ったときも商品が全国に出荷されていく様子を眺めていました。

著者略歴

夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。