前回は、フルHD(1,920×1,080ドット)の4倍のドット数となるクアッドフルHD(3,840×2,160ドット)対応テレビが登場している現状や、スーパーハイビジョン(7,680×4,320ドット)、8K(8,192×4,320ドット)などに対応する機器も開発が始まっていることを紹介した。テレビの表示画素数はどこまで高くなっていくのか……今回は、その上限を探ってみたい。
最適な解像度を考えるヒントは"Retinaディスプレイ"
この上限を考えるのに、ひとつヒントになるのが、アップルのiPhoneやiPadで採用されているRetinaディスプレイだ。「Retina」とは人間の目の網膜のことで、Retinaディスプレイを直訳すれば「網膜ディスプレイ」。つまりは「人間の目の網膜並みにきめが細かいディスプレイ」ということを表現している。
もちろん、網膜よりもきめ細かいというのは不可能な話で「人間の目の解像度を超えたきめ細かさ」という意味だ。アップルは慎重にRetinaディスプレイを「ピクセル密度があまりに高いので、通常の距離から見ている場合、あなたの目はその一つひとつを識別することはできません」という新型iPadの紹介ページで説明している。
アップルはRetinaディスプレイの基準を特に定めているわけではなく、最新のiPad、iPhone、iPod touchなどに搭載されているディスプレイを「Retina」と表現しているだけだ。しかし、「何をもってRetinaとしているのか」については、おおよその推測ができる。
ここからは、「人間の目がどこまで細かい者を識別できるか」について、筆者の仮説を展開していく。
懐かしのこのマーク、覚えていますか?
視力検査でお馴染みのランドルト環。国際基準では切れ目は1.45444……mmと定められているが、日本では便宜的に1.5mmの切れ目を入れたものが使われている。また、本文中では「切れ目1.45mmを見分けられる」と表現をしているが、厳密には視角で考える。5mの距離からランドルト環の切れ目を見ると、ちょうど時計の1分(6度=360度÷60)と同じ角度になる |
健康診断などで、「C」の字のような環状の記号を見せられて、どちらに切れ目が入っているかを答えた経験は、ほとんど誰にもあるだろう。そう、視力検査だ。あの「C」状の字は発案者の名前をとって「ランドルト環」と呼ばれる。大きさも決まっていて、切れ目の部分は1.45mmだ。このランドルト環を5m離れた位置から見て、1.45mmの切れ目が識別できれば「視力1.0」となる。その2倍、つまり10m離れた位置から切れ目が識別できれば、「視力2.0」だ。逆に5mの半分、つまり2.5mまで近付かないと切れ目が識別できない場合は「視力0.5」となる。
ここで強調しておきたいのは、基準の距離が5mということだ。つまり、人間の視力の基準は1.0であり、「5mの距離から1.45mmのものが見分けられること」が人間の視力を語る上での基準となる。
さて、ここで「ppi」という単位をご紹介しよう。ppiとは「pixel per inch」の略で、「1インチに何個のピクセル(ドット)が並ぶか」を示す解像度の単位だ。数値が大きいほどきめ細かいことになる。1インチは25.4mmであるから、1.45mmの幅は1インチに17.52個並べられる。
つまり、視力検査のランドルト環は17.52ppiで、人間の目の能力は「5mの距離から17.52ppiが識別できる」ということになる。もちろん、距離が変わればこの数値も異なる。近くによれば、より細かいものまで識別できるからだ。
人によってテレビを見る距離はさまざまだが、ここはまず2.5mと仮定してみよう。すると、人間の目は35.04ppiを識別できることになる。つまり、テレビに35.04ppi以上の解像度があれば、「人間の目の識別能力を超えた」といえるのではないだろうか。
今のフルHDテレビは人間の識別可能解像度を超えている?
では、テレビの解像度はどのくらいなのだろうか。ここでは40V型のテレビで考えてみよう。40V型ということは、画面の対角線が40インチということだ。ハイビジョンテレビの画面の縦横比は9:16(横:縦=16:9)で、懐かしいピタゴラスの定理を使えば、縦と横それぞれの長さを算出できる。すると、横は34.86インチ、縦は19.61インチとなる。ここからppiを計算してみると、横1,920ドット、縦1,080ドットなのだから、40V型テレビの解像度は55.08ppiとなる。同様に50V型でも計算をしてみると、44.06ppiとなる。同じドット数であれば、大画面テレビほど解像度は粗くなるわけだ。
人間の目の解像度は35.04ppiなのだから、2.5mの距離で見る40V型テレビ、50V型テレビはいずれも人間の目の限界を超えていると推測される。実のところ、フルHDテレビは"Retinaディスプレイ"だったのだ。
これが、ネットでよくいわれている「今のフルHDテレビで十分」という実感につながっているのだ。そのことは、以上のような簡単な計算からも裏付けられた。では、今のフルHDテレビ以上にきめ細かい4Kテレビは不要なのだろうか? なぜ、メーカーはもっときめ細かいテレビを必要だと考えているのだろうか?
その理由は、「2.5mの距離で見る」という定説が「正しいテレビ視聴距離」ではないことにある。これが消費者とメーカーの間で感覚のズレを生じさせ、消費者の「今のフルHDで十分」、メーカーの「フルHDでは足りないから、4Kが必要」という考え方の違いになっている。
次回は、この問題について解説をしたい。
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