前回は、ランドルト環(「C」の字のような図形)を用いた視力検査の方法から、視力1.0の人の識別能力を「2.5mの距離から35.04ppiの解像度のものが識別できる」と仮説を立てた。これを基準にすると、40V型のテレビは55.08ppi、50V型のテレビは44.06ppiであり、いずれも人間の目の能力を超えているので、「今のフルHDテレビで十分。これ以上高精細の4Kテレビはいらない」という意見や感想には、相応の根拠があることを紹介した。

しかし、メーカーは「今のフルHDでは十分ではない」と考えているのだろう。だからこそ、より高精細の4Kテレビを開発しているのだ。

消費者とメーカーのズレを生む原因は何か?

このユーザーとメーカーの"ズレ"を生じさせているのは、「正しいテレビの視聴距離」をどう捉えるかにある。前回は「2.5mの距離から40V型、50V型のテレビを見る」ということを前提にした。この前提は、そう間違っているとは思えない。テレビの視聴環境は、家庭によりさまざまだが、40V型以上の大画面テレビはだいたい2.5m以上は離れて見るのではないかと思う。

しかし、メーカーが提唱する「正しいテレビの視聴距離」は、実はもっと短いのだ。多くのメーカーは「テレビの縦の長さの3倍」が標準的な視聴距離だとしている。これに基づくと、40V型テレビでは1.5m、50V型テレビでは1.85m程度が標準的な視聴距離となる。多くの人はこれを、相当短いと感じるのではないだろうか。もし幼い子供がこの距離でテレビを見ていたら「もう少し離れて見なさい」と注意をしたくなってしまうのではないか。少なくとも筆者はそうだ。

なぜ、このような基準になっているのかは後ほど説明するとして、この場合の解像度を計算してみよう。まず、1.5mでは人間の目は58.4ppi、1.85mでは47.35ppiまで識別ができる。テレビの実際の解像度は40V型が55.08ppiで、50V型は44.06ppiとなり、いずれも人間の目の解像度以下になってしまうのだ。だからこそ、メーカーは「今のフルHDでは不十分、4Kテレビが必要」となるのだ。

テレビメーカーは「正しいテレビの視聴距離は、画面の縦の3倍」と記述を、カタログ、パンフレット、もう一度見直してみてはいかがだろうか。

実際に、自宅のテレビをこの「正しい視聴距離」で見た経験では、確かに画面が視野いっぱいに広がって臨場感のある映像が楽しめるが、アクション映画など画面の移り変わりが激しい映像、特に左右に素早く"パン"(※)が行われる映像では、筆者は軽くめまいを起こしたような感覚になってしまった。

※編集部注:「パン」とはカメラの向きを素早く振る撮影技法のこと。

多くのテレビメーカーは「正しいテレビの視聴距離は、画面の縦の3倍」という記述を、積極的に告知することはしていないが、「テレビの選び方のコツ」などのコーナーではまだまだ当たり前のように使われている。

四畳半に50V型のテレビを置くのは普通?

メーカーがこの「生活感覚からは短すぎる視聴距離」を採用するのは、大画面テレビに消費者を誘導したいからというのは、偏った物事の捉え方だろうか? 例えば「うちは四畳半なので50V型は大きすぎる」というお客様に対して、「いえ、50V型の正しい視聴距離は2m以下なんです。四畳半でも問題ないですよ」というセールストークがされたとしよう。実際に四畳半の部屋に50V型のテレビを置いてみれば分かるが、やや異様な風景に映ることは否定できない。

各サイズのテレビについて、「正しい視聴距離」(画面の縦の3倍)と、「生活実感からの視聴距離」(画面の縦の5倍)で、テレビの解像度がどうなるかを計算してみた。いずれも生活実感からの視聴距離では、テレビの解像度は人間の目の解像度以上になり、これ以上テレビの解像度を上げても意味がない

もちろん、映像が大好きな単身者などではそうやって楽しまれている方も多く、それはもちろん個人の自由だ。しかし一般的な生活感覚からは、子供部屋や書斎などの狭めの部屋には32V型以下を置き、40V型以上の大画面テレビを置くのは広めのリビングや広めの寝室、リビングダイニングなどというのが普通の感覚ではないだろうか。そういった設置環境であれば、実際の視聴距離は「画面の縦の3倍」という「正しい視聴距離」の2倍程度は確保されているのではないだろうか。

ところで、この「縦の3倍」という視聴距離は、各メーカーが定めたものではなく、実はハイビジョンテレビの設計時にそういう前提が盛り込まれていたのだ。このハイビジョンの設計の前提からも、メーカーと消費者それぞれが考えるテレビ像にズレがあることが分かる。どんなズレがあるのか。それを次回に紹介したい。

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