テレビの販売台数や利益が減少する中で、各テレビメーカーは"スマートテレビ"に舵を切り始めたというニュースが続いている。いい傾向だと思う。スマートテレビとは、本来のテレビ機能のほかに、インターネットに接続してオンデマンドでさまざまな映画や番組が観られるようにしたものだ。テレビの販売台数が減少する中で、数年前までは"付加価値テレビ"という言葉がキーワードになっていた。この考え方は決して間違ってはいないが、3DテレビやYouTube、テレビでネット検索など、テレビと無関係ではないにしても、"おまけ機能の充実"に走ってしまってきた感がある。それに比べて、オンデマンド映像サービスに対応するスマートテレビは本体価値を高めるものであり、本来は数年前にやっておくべきことだった。それができていれば、日本のテレビメーカーはシェアの店で韓国メーカーに負けることなく、世界のトップを独占できていたかもしれない。

なぜ、スマートテレビへの舵取りが遅れてしまったのか。それはスマートテレビという概念が、テレビを再定義しなければならないほどの大変革をもたらすものだからだ。後ろ向きの議論をしがちな人はこのように言う。「スマートテレビを販売すると、ブルーレイ(BD)レコーダーが売れなくなる」「スマートテレビ化すると、より便利で安価なパソコンに市場を食われてしまう」など……もちろんその通りだ。スマートテレビを販売することで、レコーダーは売れなくなり、パソコンとも競争しなければならなくなる。しかし、そこを避けてはテレビの未来はないのだ。東芝は以前、レコーダーの販売数が落ちこむことを承知で、液晶テレビ「レグザ」にHDD録画機能を搭載した。その結果、それまでトップ3に入れなかったレグザは、一気にトップに踊りでることができた。今のテレビに要求されているのは、そのような"テレビを再定義する"商品設計だ。その意味で、各社がスマートテレビに乗り出せば、テレビ業界にとっては明るい未来が開けてくるだろう。もちろん、私たち消費者も便利なテレビが使えるようになるのだ。

スマートテレビへの布石として大きいのが「もっとTV」だ。民放キー局5社が共同して提供するオンデマンドサービスで、すでに今年の4月2日からサービスがスタートすることがアナウンスされている。特徴は「見逃しサービス」に焦点をあてたことだ。どのような内容のサービスになるのか、料金体系はどうなるのかといった点の詳細に関しては未発表だが、テレビ放送直後から動画が公開され、番組単位で購入して視聴するサービスになりそうだ。もちろん、見放題パックなどの月額固定制料金制度も検討されていることだろう。

「もっとTV」には民放5社が参加し、NHKも参加を検討していると報道されていることから、間違いなくVOD(ビデオオンデマンド)サービスの中核となるだろう。各テレビ局は地上波でCMを打ち積極的なプロモーションを展開するだろうから、かなりの会員数を獲得することになるだろう。

となると、誰もが思うのは「レコーダーっていらなくなるんじゃない?」ということだ。もちろん、「もっとTV」のラインナップ次第だが、仮にすべての番組がかなりの長期間タイムシフト視聴できるとなれば、レコーダーはほとんど不要といっても良いぐらいの事態である。テレビ局の狙いは正にここにあるのだろう。テレビ局はたくさんの番組を放送しても、最近ではレコーダーに録画されてタイムシフト視聴されてしまう。タイムシフト視聴では、収入の源泉であるCMはスキップされてしまい、なおかつ視聴率にも反映されない。番組はたくさんの人に観られているのに、お金が入って来ないという状態になっている。どうせ勝手にタイムシフト視聴されてしまうなら、自分たちが主導権をもってタイムシフト視聴させようというのが「もっとTV」だ。CMの扱いがどうなるのかは分からないが、放送と同じようにCMを入れても、ストリーミング視聴では多くの人がCMスキップをしない。ストリーミング視聴でスキップをすると、動画データをバッファリングするなどの作業が必要になるため、数秒間は待たされてしまうのだ。どうせ待たされるなら、そのままCMを観てしまった方が面倒がないと考える人が多いのだ。ただし、CMの時間を短くする、あるいは画面枠外に表示するなどして、視聴者が「CMの押しつけだ」と感じないようにする工夫は必要だろう。いずれにしても、まるっきりCMがスキップされてしまうより宣伝効果はあがるので、広告出稿費という収入を期待することができる。さらに、ストリーミング視聴では、誰がどの番組を観たかについて簡単に集計を取ることができるので、地上波の視聴率などよりも、より正確な広告効果を測定することが可能だ。番組や視聴者、スポンサーのマッチングをうまく考えれば、地上波よりも高い広告効果を上げることも可能になるかもしれない。つまり、それは地上波よりも高額の広告出稿費を稼げるということだ。

もうひとつの狙いは、本放送へのリターンを期待できることだ。たとえば、連続ドラマの場合、本放送が数話放映されたところで、「もっとTV」のドラマは無料、あるいはディスカウントする。すると、第1話を見逃した人も「もっとTV」で観て、それから本放送を観るようになるかもしれない。最近のテレビドラマは、第1話の初回スペシャルでは視聴率が稼げるものの、以降はジリ貧になってしまうという事例も多い。これを防ぐことができ、あわよくば最終回スペシャルで記録的な視聴率を稼ぐ布石にすることもできる。なかなかうまく考えられたVODサービスであり、視聴者にとってもメリットは多い。現在は、専用のセットトップボックスにより視聴する方式のようだが、対応テレビも続々登場してくるだろう。

ただし、鍵はやはり料金体系にあると思う。本放送のすべてを「もっとTV」でも公開するというのは不可能な話だ。たとえば、映画などは権利関係の問題から難しいだろうし、国際的なスポーツ中継も同様に難しいだろう。もちろん、権利関係というのはすべて交渉とお金で解決できることなのだが、その交渉をすれば、たとえばワールドカップなどの中継は莫大な二次使用料が必要となり、採算が取れないということになる。しかし、このような"お金のかかる番組=視聴者が観たい番組"という関係も一方では成り立つ。このあたりのラインナップと価格のバランスをどうやって取っていくか。

料金の高い安いは、人によって異なるので何ともいえないが、個人的には月額総支払額が2千円を切る価格設定が必要だと思う。なぜなら、自前でHDDレコーダーを用意するコストは2万~3万円程度までのレベルに下がっているので、月2千円なら1年から1年半で、HDDレコーダーの方が安上がりになってしまうからだ。たとえば、レグザチューナー(実売価格約2万円程度)+市販の500GBハードディスク(実勢価格は8千円程度)でも3万円を切るし、すでにハードディスク録画機能があるテレビを購入していれば、8千円で見逃し対策の環境が揃うことになる。こちらは権利関係に関わらず、放送した番組はすべて録画することができ、CMスキップも簡単なので、「もっとTV」の料金設定次第では消費者がHDDレコーダーを選び続けるかもしれない。「もっとTV」は課金収入をあげることが大きな目的ではない。テレビ局の立場からすると、番組を勝手に録画されてしまい、弱められている広告効果をテレビ放送に取り戻すのが狙いだ。そこを理解して、思い切った価格設定ができるかどうか。たとえば月額480円で、放送後2週間は見放題、ドラマに関しては最終話の放送日まで見放題というような思い切ったことができれば、あっという間に消費者はレコーダーよりも「もっとTV」を選ぶだろう。長期戦略を考えれば、月額利用料不要、アーカイブされた番組を観るときには200円程度の個別課金を行っても、テレビ局全体の収益を増やすことは可能になるかもしれない。

「もっとTV」は価格設定がどうなるか。ここに大注目だ。

一方の視聴者の目線で考えると、「見逃し対策=タイムシフト視聴」という目的に対しては、「もっとTV」にするかHDDレコーダーにするかの二者択一になるだろう。それ以外のケース、たとえば映画やアーカイブされたテレビ番組、海外ドラマを観たいという人は、これから選択肢がどんどん増えてくる。ひとつは、テレビ放送されるものをHDDレコーダーに録画して楽しむという方法。もうひとつはVODサービスを利用する方法。そして、もうひとつがディスクレンタルだ。しかし、必要な機器はHDDレコーダー、VOD専用セットトップボックス、BDプレイヤーと三者三様に異なる。こちらのアーカイブ視聴についてはどうすればいいだろうか。次回はそちらを考えてみたい。

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