人は数字に弱い。権威のある機関が調べた数字、権威のあるメディアが伝えた数字を、無批判に真実だと思いこんでしまう。たとえば、今「地デジ普及率」を問えば、ほとんどの人が9割程度と答えるのではないだろうか。それは間違いではない。昨年9月に総務省が行った「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」では、「地デジの世帯普及率は90.3%」となっており、マスコミもこの数字を伝えたからだ。

ところが、この数字を鵜呑みにするのであれば、次のニュースを読んで「あれ?」と思わなければいけない。次のニュースとはGooリサーチが行った「第18回地上デジタルテレビに関するアンケート」の内容だ。こちらは今年の2月28日に発表されたもので、総務省の調査からちょうど半年後にあたる。総務省の90.3%が正しいとすれば、普及率は95%程度にならなければおかしいが、結果は84.8%にしかすぎなかった。

総務省の調査は、「RDD法によってサンプル抽出後、郵送調査」というもの。これは電話番号をランダムに発生させ、選ばれた人に郵便で調査票を送って回答してもらうというもの。いわば普通の家庭に対する調査だ。一方で、Gooリサーチはインターネットを使ったアンケートだ。あたり前だが、インターネットを使いこなせる人が対象になっている。こういうリテラシーがある人は、当然ながら地デジ化に関しても前向きだと考えられるから、Gooリサーチの結果は、全世帯の実態よりも高めの数字になると考えていいだろう。それなのに84.8%という低い数字だ。総務省の計画では、今ごろ、95%に迫る普及率でなければならないのだから、地デジ化作戦は、最後の最後にきて、ずいぶんと暗雲が垂れこめてきた。

この総務省の90.3%という数字は、厳密にいえば「地デジ普及率」ではない。正確には「地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率」である。具体的には「地デジテレビ」「地デジ対応録画機」「外付け地デジチューナー」「チューナー内蔵パソコンまたはパソコン用地デジチューナー」「ケーブルテレビ用セットトップボックス」のいずれかを、"持っているかどうか"を尋ねたもので、決して「地デジが見られるか、見ているか」を尋ねたものではない。

たとえば、すでに自治体などで、地デジチューナーを配布したとする。しかし、面倒だし、とりあえずはアナログ放送が見られているので、そのチューナーはその辺に起きっぱなしにしているとする。こういう人も「保有」と答えてしまうのだ。

ただ、総務省の調査はけっこうしっかりやっていて、こういう問題もきちんとフォローしている。全員に対して「地デジ放送が視聴できる状態になっているか」「実際に視聴しているか」も尋ねているのだ。すると、地デジ機器を保有している世帯は90.3%だが、実際に視聴できる状態になっている世帯は85.1%、そして実際に視聴している人は78.4%でしかなかった。つまり、全世帯の5.2%の人が「地デジ機器はあるのに、地デジが観られない」状態であり、全世帯の6.7%の人が「地デジは観られるのに、観ない」のだ。

しかも、この総務省の調査は、郵送調査であり、返送してもしなくてもかまわない。その中で返送してくる人は、調査に協力的な人であり、地デジ普及率は高めにでると考えていいだろう。そうすると、総務省の調査が示しているほんとうの「地デジ普及率」は85.1%なのだから、実態は80%程度と考えてもいいのではないだろうか。そうすると、半年後に行われ、高めに数字が出そうなGooリサーチの調査の84.8%という数字にも納得がいくようになる(ただし、Gooリサーチの調査も、地デジテレビの保有率であるので、実際の地デジ普及率はこれより低い可能性がある)。

では、「地デジ機器をもっているのに地デジが観られない」という人は、いったいどういうことなのだろうか。最も多い理由は「アンテナが対応していない」37.1%で、2位が「アンテナ線を接続していない」13.1%だった。つまり、40%以上の人がアンテナの問題を抱えていて、地デジ機器があるのに地デジが観られない状態になっているのだ。

これは、最初から懸念された事態だった。総務省やデジタル放送推進協会では、「お使いのUHFアンテナがそのまま使えます。※場合によってアンテナの交換や調整が必要になる場合があります」と、あたかも、アンテナのことは考えなくてもいいかのように誤解するような表現をしているが、実際はかなりの割合でアンテナの交換、調整が必要になるのだ。

総務省の調査でも、アンテナについて、「なにもしなかった」というひとは43.0%でしかなく、残りの人はアンテナを新設、調整、あるいは屋内アンテナの新設ということになっている。つまり、半分以上の人は、アンテナをそのままにしておいたら、地デジは観られないのだ。

「地デジ機器があるのに地デジが観られない」という人は、地デジ機器を買ってしまってから、アンテナが対応していないことに気がつき、「うわ!アンテナ交換必要なのか。面倒だなあ。どこに頼んでいいかわからないし。まあ、とりあえずアナログ放送は観られるから、あとで考えよう」ということで、なんとなくずるずると放置してしまっているのだろう。

では、「地デジ放送が観られる状態なのに、観ていない」という人は、どういうことだろうか。最も多い理由は「普段はアナログ放送だけをつけて見ている」44.1%、「アナログ放送の方が慣れている」43.0%と大半を占める。これは、大都市圏の人にはわかりづらいかもしれない。デジタル放送とアナログ放送は基本的にサイマル放送でチャンネルも同じ。どうせ同じなら、きれいなデジタル放送の方がいいと思うだろう。

しかし、このコラムの第38回と第39回で触れたように、デジタル放送化することによって、観られるチャンネル数が減ってしまう地域がけっこうあるのだ。アナログ放送の場合、隣県の放送も観ることができる。厳密には対象地域外のスピルオーバー波を受信しているのだが、デジタル放送では県域放送が厳格化されるので、観られるチャンネル数が減ってしまうのだ。それで、デジタルテレビでありながらアナログ放送を観ている人がけっこういると思われる。このパターンの人は、地デジ化OKの状態でありながら、アナログ停波後にはがっかりしてしまうことになるだろう。

ということで、総務省の調査によるリアルな地デジ普及率は85.1%であり、実態は80%以下だと考えられる。まだまだ、地デジ化100%への道は遠い。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。

地デジ放送の受信機をもっているが、視聴できない理由(複数回答)。上位ふたつの理由は、アンテナ絡みであり、アンテナがネックになっていることがよくわかる。総務省「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査」より引用(以下すべて同じ)

地デジ放送受信のためのアンテナ対応。アナログ放送のアンテナをそのまま利用できたのは43%でしかなかった。半分以上の人は、新設、調整が必要だった。やはりアンテナが大きな問題になっている

地デジ放送は観られるのに、観ない理由(複数回答)。理由はアナログ放送をわざわざ観ているというもの。大都市圏では、地デジもアナログもチャンネル数は変わらないが、多くの地方では、アナログよりもデジタルの方が実質的にチャンネル数が減少してしまうからだ