航空宇宙・防衛産業界における当初の意味からすれば、「ドローン」とは無人標的機を意味するのだが、近年ではすっかり、空撮用を主体とする電動式マルチコプターに取って代わられた感がある。軍事畑の人間としては釈然としないところもあるが、今回のお題は、そのマルチコプターである。

コスト低減と簡素化のための課題

一般的なヘリコプターは、メインローターとテイルローターの組み合わせが主体で、タンデムローター機、交差反転ローター機、二重反転ローター機でもローターは2基どまりである。それに対し、空撮用マルチコプターはローターを4基ないしは6基、備えている。この違いはどこから来るのだろうか。

第54回・55回で解説したように、一般的なヘリコプターを操縦する際は、サイクリック・ピッチの変化による回転面の方向変換、コレクティブ・ピッチの変化による揚力・推進力の増減、テイルローターなどの操作によるヨー方向の操作の3通りを組み合わせている。

これを実現するには、ローター・ブレードの角度を変える複雑なメカニズムが必要だ。それではコストが上がるし、そもそも小型の空撮用無人ヘリに組み込むのが難しい。もちろん、無人ヘリでもローター・ブレードを操るメカニズムを備えた機体はある。その一例がヤマハ発動機の産業用無人ヘリコプターだ。

ヤマハ発動機が2016年の「国際航空宇宙展」に出展した無人ヘリ「フェイザーR」

しかし、もっと小型で安価な機体になると、別のアプローチが必要になる。そこで、ローターの数を増やす方法が考案されたものと思われる。

電動式にすれば、個別のローターの推力の増減はモーターの回転を増減させれば実現できるので、これは比較的容易だ。

難しいのは、ローターの回転面を傾けて推進力を生み出したり、機首を振って方向を変えたりする仕組みである。1つのメインローターでそれをやろうとするから、コレクティブ・ピッチだのサイクリック・ピッチだのという話が出てくる。

ローターがたくさんあれば、姿勢も進行方向も変えられる

そこで、メインローターを1つだけ、という考え方から脱却して、同サイズのローターを複数用意する、という話に行き着く。操縦操作のしやすさを考えると、少なくとも4基のローターが必要になる。

4基のローターを菱形に配置して、ローターの回転を個別に制御する場面を考えてみてほしい。前側のローターの揚力を減らし、後ろ側のローターの揚力を増やせば、機体は前傾する。すると前進方向の分力が発生するので、機体は前進する。後進する場合には、その逆だ。

右方向、あるいは左方向への移動も要領は同じで、どのローターの揚力を増やすか、あるいは減らすかが違うだけである。ホバリングや垂直上昇・垂直下降なら、すべてのローターを同調させる形で揚力を増減させればいい。

斜め方向の移動については、2基のローターを単位とした揚力の増減が必要になると考えられる。前側のローターと右側のローターの揚力を同じだけ減らして、後ろ側のローターと左側のローターの揚力を同じだけ増やせば、機体は右斜め45度方向に向けて傾き、そちらに向けて進む。ペアを組む2基のローターの揚力をずらせば、傾ける方向を調整できる。

では、3基ではどうだろうと考えたのだが、バランスをとる作業や揚力の制御が難しそうではないか、と思えた。前方を頂点とする正三角形をなすように3基のローターを配置した場合、前進する際に前側のローター1基の揚力減少と、後ろ側のローター2基の揚力増加が釣り合う必要がある。他の進行方向でも、1基のローターと2基のローターの間で釣合をとらなければならない場面が多そうだ。それでは制御がややこしい。

なお、市販の空撮用マルチコプターの中には6基のローターを備えたものもある。筆者が初めて見た空撮用マルチコプターがこのタイプで、某通信社が北陸新幹線のW7系電車を金沢港に陸揚げする際に、空撮に使っていたものだ。

ローターごとの揚力を増減させて、ホバリング・上昇・下降・前後左右への移動を実現するところは同じだが、ローターの数が多くなる分だけ、制御は複雑そうだ。その代わり、4ローターよりきめ細かい制御ができそうではある。

筆者が初めて遭遇した空撮用マルチコプターは6ローターのタイプだった。金沢港にて

つまり、複数あるローターの揚力を増減させる方法で操縦操作を行っているため、空撮用マルチコプターではローター・ブレードのピッチを変える仕組みは不要になっている。

というと話は逆で、そうするために4基、あるいは6基のローターを並べている。ローターと電動機の数は増えてしまうが、こうするほうが駆動系の構造がシンプルになるし、コストも下がる。

なお、すべてのローターが同じ方向に回転していると、例によってトルクの問題が発生してしまうので、対抗するローター同士で回転方向を逆にして、トルクを打ち消すようにしている。ここのところは一般的なヘリコプターと似ている。

なぜか軍用だと形態が違う

近居ので手軽に上空から偵察したい、というニーズは軍事分野にもあり、個人で携帯できる小型の無人偵察機がいろいろと出回っている。ただし面白いことに、この分野ではマルチコプターはポピュラーではなくて、むしろ手で投げて発進させる小型の固定翼機が普通だ。

共通しているのは電動式になっているところぐらいだ。これは軍用として見ると切実な問題があり、電動ならエンジンを使うより静粛性が高い(つまり敵に見つかりにくい)し、充電するだけで使えるので扱いが簡単、整備にも手間がかからない。

ヘリコプターだと動力源は揚力と推進力の両方を受け持つが、固定翼機なら揚力は主翼が生み出すものだから、動力源は推進力だけ発揮すればいい。すると、小型の電動式固定翼機のほうが効率が良く、航続時間を長くとれそうではある。そして、動く部分が少ないから構造が簡単になるし、ラジコン飛行機と同じ要領で操縦できる。その辺に理由があるのだろうか。