筆者ぐらいの年代は、ギリギリで「将来は超音速旅客機(SST : Super Sonic Transport)の時代が来る」といわれていた時代にかすっている。といっても、超音速旅客機にとどめを刺したのは1973年の第1次石油ショックといってよいから、まだ小学校低学年だけれど。

なぜ超音速旅客機は広まらなかったのか?

イギリスとフランスが共同で、超音速旅客機「コンコルド」の開発に乗り出し、対抗してボーイングも「ボーイング2707」の計画を立ち上げた。ソ連でも、ツポレフTu-144を開発した。しかし、これらの中で長期的な営業運航を実現できたのはコンコルドだけだった(Tu-144は短期間にとどまった)。

背景には、「高速で飛行するために強力なエンジンと大量の燃料が必要で、その割には乗せられる人が少ない」という経済的な事情、そして第一次石油ショック以後の燃料費の高騰、といった事情があるわけだが、それだけではない。

もともとジェット機というのはそれなりに騒々しいものだが、超音速飛行を行うと、さらに衝撃波(ソニックブーム)の問題がついて回る。だから米連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)は「超音速旅客機は、陸地の上空では超音速で飛んではならぬ」とお触れを出した。

結果として、コンコルドは洋上でしか超音速飛行ができなくなった。すると、主として外洋の上空を飛行する長距離航路でなければ成立しなくなる。超音速で飛べないコンコルドは、ただの不経済な旅客機でしかない。

とはいえ、遠隔地まで速く移動したい、という欲求がなくなったわけではない。その問題を解決するには、経済性の問題を解決するだけでなく、まずソニックブームの問題を解決できる機体が要る。それでなければ、またぞろ洋上でしか超音速飛行ができない機体になってしまう。

QueSST計画とX-59

そこで米航空宇宙局(NASA : National Aeronautics and Space Administration)が立ち上げたのが、「QueSST(Quiet Supersonic Technology)」計画。その名の通り、「静粛性が高い超音速旅客機」を視野に入れている案件。

コンピュータを駆使した流体解析によって機体の空力設計に工夫をすることで、ソニックブームの発生を抑えられるのではないか、という話が出てきたので、実機を作って検証してみることになった。それがQueSST計画。担当メーカーはロッキード・マーティンで、現在は設計審査が完了して機体の製作を進めているところ。あくまで「空力的な工夫によるソニックブームの低減」を実証するための機体だから、乗客を乗せて飛ぶことは想定していない。

参考 : ロッキード・マーティンのQueSST紹介ページ

QueSST計画の下で製作する機体は「X-59」という。いわゆる「Xプレーン」の一員だ。全長96ft8in(約29.5m)、翼幅29ft6in(約9m)、全高14ft(約4.3m)で、極端に細長い形状をしている。最大離陸重量は24,300lb(約11t)、燃料搭載量は7,500lb(約3,380kg)というから、最大離陸重量の三割ぐらいを燃料が占めることになる。

  • 米国カリフォルニア州パームデールにあるロッキードマーティンのスカンクワークス施設で組み立てが行われている「X-59」 写真:Lockheed Martin

    米国カリフォルニア州パームデールにあるロッキードマーティンのスカンクワークス施設で組み立てが行われている「X-59」 写真:Lockheed Martin

上のリンク先にもあるように、高度55,000ft(約16,500m)をマッハ1.4で巡航する構想。その際の騒音は75dBで、これはクルマのドアを閉める時の音に相当するというのがちょっと信じがたいのだが、当事者はそういっている。

外見的な特徴は、えらくとがって前方に突出した機首で、先端は平らに整形されているようだ。その後方にある操縦席の窓は側面だけで、前方視界は4Kカメラの映像を使う。面白いのは、カメラの映像と地形の情報を重畳して表示すること。

主翼は、内舷に76度、外舷に68.6度の後退角をつけた小さなダブルデルタ型。尾翼は後退角63度の水平尾翼を頂部に取り付けたT尾翼だが、さらにコックピットの側面にも後退角63度のカナードが付いている。

エンジンはゼネラル・エレクトリックのF414-GE-100で、これはF/A-18E/FスーパーホーネットやJAS39グリペンEが使っているエンジンと同系列のもの。スーパーホーネットが飛んでいるときに発する「金切り声のような騒音」を知っていると、「本当に75dBで済むのかしら?」と思うのだが、あくまでこの機体の本題はソニックブームの抑制だから、そこは勘違いしてはいけない。

実験機の常で、使えるものは既製品を使う方が安上がりだ。そこでX-59では、アビオニクスはコリンズ・エアロスペース(旧ロックウェル・コリンズ)のProLine Fusionを使い、降着装置はF-16ブロック25のものを流用している。

このX-59、2021年の初飛行を予定している。特にスケジュールの見直しに関する発表は出てきていないが、COVID-19のせいでいろいろな影響を受けている業界のこと。遅れが生じないかと心配にはなる。

この計画がうまくいって、「空力的な工夫によるソニックブームの低減が可能」という見通しがたてば、ひょっとすると実用機を作ろうという話になるかも知れない。といってもいきなり大きな旅客機は難しいだろうから、まずは超音速のビジネスジェット機あたりだろうか。

といっても、実用品にするなら経済性の問題もついて回るので、そこの課題はクリアしなければならないだろう。

戦闘機ベースのビジネスジェット機(!)

と、ここでいきなり話は変わって。

かつてソ連で、超音速ビジネス機の検討がなされたことがあった。そのベースになったのがなんと、MiG-25フォックスバットである。函館空港に強行着陸した、あれだ。しばらく前に飛行機で函館に飛んだとき、たまたま西側からのアプローチになった。そこで「MiG-25で強行着陸したベレンコ中尉も、これと同じ風景を眺めていたのか」なんてことを思ったのだが、それはそれとして。

MiG-25といえば最高速度マッハ2.8に達する韋駄天だが、そのMiG-25の機首部分を延長・拡大して、6名分のキャビンを設けたビジネスジェット機にする検討がなされたのだという。模型は作ったが、さすがに実機にはならなかった。よしんば実現できたとしても、えらく窮屈な機体になったのは間違いないだろう。

  • イラク・バグダッドの西にあるアルタカダム空軍基地に埋められていたMiG-25 写真:U.S. Air Force

    イラク・バグダッドの西にあるアルタカダム空軍基地に埋められていたMiG-25 写真:U.S. Air Force

ただ、「少人数でも迅速に移動したい」というニーズはあるのだなあ、と思わされるエピソードではある。当時のソ連だと、政府高官ぐらいしか乗り手はいなかったと思われるが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。