コロナウィルスの感染者増加が問題になっている中、先週、日本政府のチャーター機が中国の武漢に飛んだのは御存じの通りだ。この件について、さまざまな言説が飛び交っているが、中には「ちょっと待って」といいたくなるようなものもあったので、関連する話題を自分なりにまとめてみた。

  • 自国民救出の重責を負って武漢に飛んだのは、国内線仕様の767-300ER(JA607A)だった 撮影:井上孝司

    自国民救出の重責を負って武漢に飛んだのは、国内線仕様の767-300ER(JA607A)だった

かつては路線資格というものがあった

われわれはクルマの免許を取れば、日本のどこにでも走って行くことができる。免許証に記載されている種類のクルマであれば、車種も問われない。筆者はこれまでに、トヨタ車3台とスバル車2台を乗り継いできているが、その度に車種ごとの教習を受け直したなんてことはない。取扱説明書を読むぐらいのことはするけれど。

ところが、エアラインの運航乗務員は事情が異なる。まず、機種ごとに所定の訓練を受けて資格を取らなければならない。ボーイング777-200の資格を持っているからといって、後継機のエアバスA350-900にいきなり乗れるわけではないのだ。

機種ごとに仕様も取り扱いもシステムも違いがあるのだから、然るべき教育・訓練を受けなければならない。これは理解しやすい。ところが、それだけでは終わらない。

航空法の第七十二条には、以前はこんな規定があった。いわゆる「路線資格」というやつだ。

(機長の路線資格)
第七十二条 定期航空運送事業の用に供する航空機の機長は、運輸省令で定める当該路線における航空機の操縦の経験及び当該路線に関する知識を有することについて運輸大臣の認定を受けた者でなければならない。
2 運輸大臣は、運輸省令で定めるところにより、前項の認定を受けた者が同項の経験及び知識を有するかどうかを定期に審査をしなければならない。
3 運輸大臣は、前項の審査の結果、第一項の認定を受けた者が同項の経験及び知識を有しないと認めるときは、同項の認定を取り消さなければならない。

つまり、A空港とB空港を結ぶ路線に乗務しようとしたら、まずその路線に関する勉強をして、「乗務に就けても大丈夫」というお墨付きをもらわないといけなかった。

ところが、今の第七十二条を見ると、この規定はなくなっている。

とはいえ、進入・出発経路をはじめとする「お家の事情」に、空港によって違いがあることに変わりはない。われわれがクルマを運転する時だって、道路事情が異なる知らない土地に行けば、多少は戸惑う(クルマと一緒にするな、と怒られそうだが)。

ANAはもともと武漢便を飛ばしていた

一般的なチャーター便は、普段は定期便が飛んでいないところに、団体旅行などのまとまった利用者を集めて、機体と乗務員を用意してもらって単発で飛行機を飛ばすもの。普段は定期便が飛んでいないところに飛ばすのだから、現地の事情を調べて、受け入れ体制を準備する必要がある。

民間のエアラインだけでなく、政府専用機にも似たところがある。いつ何時、それまで飛んだことがない場所に飛ぶ任務が発生しないとも限らない。

ところが、今回の武漢向けチャーターの場合、一般的なチャーターとは事情が異なる。もともとANAは成田から1日1往復の定期便を飛ばしていたからだ。機材はA320または767で、日によって使い分けている。

ということは、ANAは武漢の空港に飛んだ経験がある乗務員を擁しているし、現地にも足がかりがあるということ。武漢に定期便を飛ばしていないJALには、それがない。

すると、武漢向けに緊急にチャーター便を飛ばすのであれば、平素から武漢便を飛ばしているANAのほうが確実性が高い、と考えるのが自然ではないか。まして今回の場合、事態は急を要する。普通のチャーターみたいに、何カ月もかけて準備してはいられないのだから。

もちろん、JALだって緊急チャーターに応じられる体制は作っているのだが、これは相対的な比較の問題である。

そういえば、船舶の世界では「用船」という言葉があるけれど、飛行機で「用機」とはいわないのが面白い。おっと、閑話休題。