第198回で、機内通話装置、つまりインターコムの話に言及した。肉声でしゃべって、耳で聞き取る代わりに、マイクに向かってしゃべったものを電気回線経由で伝送して、ヘッドセットを通じて聴き取るというものである。

マイクが周囲の騒音も拾ってしまうという問題

これは機内でのやりとりに限らず、他の航空機に乗っている乗員、あるいは地上・艦上の管制官などとやりとりする場面で使用する無線機にもいえることだが、マイクロホンに向かってしゃべる形態だと、1つ問題がある。

つまり、搭乗員がしゃべった内容だけでなく、その周囲の騒音も、マイクロホンが拾ってしまう。それでは肉声と一緒に騒音も伝えることになり、大事な交話の内容を確実に聞き取るのが難しくなる。交話における伝達ミスは、事故の元である。

そこで、ちょっと変わったマイクロホンが考え出された。といっても昨日・今日の話ではなくて、すでに第2次世界大戦で使われていたものである。それがスロート・マイク。スロートとは喉のことだ。

普通のマイクロホンは口の前のところにセットする。この場合、空気を通じて伝搬する音を聴き取って、振動板の動きから電気信号に変換する。だから、周囲の騒音の影響を受けやすい。ところがスロート・マイクは、形態も動作原理もまるで異なる。こちらは、喉のところにピックアップをくっつける構造で、声を発した時に喉元で発生する振動を直接拾う。喉元の振動を直接拾うから、周囲の騒音の影響を受けにくい。

実は、航空機だけでなく戦車の乗員も、スロート・マイクとインターコムの組み合わせを使用することがある。戦車の車内は、飛行機と同等以上にうるさそうだから、こうでもしないと仕事にならないのだろう。あと、筆者はやらないので知らなかったが、サバイバルゲームをやる時に、通信の手段としてスロート・マイクを使う人もいるらしい。

ただ、酸素マスクを常時装着した状態で乗る航空機、例えば戦闘機の場合、その酸素マスクの中にマイクロホンを組み込むので、スロート・マイクは使用していないようだ。昔の戦闘機パイロット、例えば第2次世界大戦中のドイツ空軍で戦闘機パイロットを撮影した写真を見ると、スロート・マイクを使用している。しかし当時は、酸素マスクを常時装着しているわけではなかっただろうから。

ヘッドセットと3Dオーディオ

しゃべる話の次は、聴くほうの話も。せっかくインターコムを用意して交話をやりやすくしても、聴き取る手段としてスピーカーを設置するのでは、機内の騒音に邪魔されて聴き取りにくくなってしまう。

だから、インターコムを用意するような機体では、ヘッドセットを個人ごとに用意する。戦闘機や爆撃機の搭乗員はヘルメットを被って乗るから、そのヘルメットにヘッドセットが組み込まれている。ヘルメットを被らずに乗る機体なら、ヘッドセットを直接装着する。

そのヘッドセットにノイズキャンセリング機能を組み込んで…というのが、第198回で書いた話だった。ところが最近、新手の機能が加わってきている。それがなんと3Dオーディオの機能。しかも、民航機ではなく軍用機だ。

旅客機の機内で映画を見るのに3Dオーディオ機能を併用する、ということなら、まだしも理解しやすそう。なのにどうして軍用機で、という疑問はもっともなことかもしれないが、実はそこには切実な理由がある。

映画『トップガン』なんかを御覧になった方ならおわかりの通り、敵のレーダー電波を浴びたり、ミサイルの飛来を警報装置が検知したりすると、警報が鳴る。ブザーがビービー鳴るだけのこともあれば、音声警告ということもある。

もちろん、計器盤のディスプレイには飛来する脅威の向きや種類を表示してくれるのだが、いちいちそれを見ている余裕はないかもしれない。では、脅威の方位をどうやって知ればいいのか? 音声でいちいち「○時の方向からミサイル接近」なんていっていたら、迂遠に過ぎる。警報音だけでは、脅威がどちらから来ているか分からないから、回避行動を取る際の参考になりづらい。

そこで登場したのが、3Dオーディオである。脅威の方向がわかるように音を出せば、直感的に脅威の方向を把握できるというわけ。この手の製品は、例えばデンマークのテルマ社が手掛けていて、すでに導入事例もある。

しかも、テルマはノイズキャンセリング機能も手掛けているから、「脅威の方向を直感的に把握できて、しかも騒音に妨げられずに聴き取れる」というソリューションを一社で提供していることになる。以下の製品情報ページからPDF形式のブローシャをダウンロードできるので、興味のある方は是非。英語だけど。

参考 : Terma 3D-Audio and Active Noise Reduction

  • テルマは2018年に米国空軍のA-10CサンダーボルトIIに3Dオーディオを納入することを発表している 写真:US AirForce

    テルマは2018年に米国空軍のA-10CサンダーボルトIIに3Dオーディオを納入することを発表している 写真:US AirForce

  • 3D-Audioソフトウェアが組み込まれたデジタルインターコムアンプ 写真:テルマ

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。