2016年5月27日、羽田空港から韓国の金浦空港に向かうはずだった大韓航空KE2708便(ボーイング777-300、登録番号HL7534)が、左舷側の1番エンジンで火災を起こして離陸を中断する事故が発生した。その後の報道によると、タービン・ブレードの破損が発生していたという。

事故機ではないが、筆者が撮影した大韓航空のボーイング777

たまたま本連載でタービン・ブレードの冷却について取り上げた直後に、そのタービン・ブレードにまつわる事故が起きてしまったわけだが、それは単なる偶然というものだ。

離陸直後に1番エンジンが爆発

大韓航空に限らず、日本のエアラインでもタービン・ブレードに関連する事故は起きたことがある。それが1976年11月25日の出来事で、問題のフライトは全日空の東京発熊本行き641便。機種はロッキードL-1011トライスター、エンジンはロールス・ロイス製RB211-22Bだった。

最初は何も問題はなかったのだが、離陸して3分が経過したところで、左舷側の1番エンジンが爆発した。そこで同機は直ちに羽田空港に引き返した。トライスターは3発機だが、3基のエンジンのうち1基がダウンしても、他の2基が生きていれば、飛行を継続して最寄りの飛行場に降りることは問題なくできる。そして、同機は無事に乗客を降ろすことができた。

その後、機体を検査したところ、1番エンジンの高圧タービンが吹き飛んでいたことが判明した。しかも、102枚あるタービン・ブレードがすべて吹き飛んでいただけでなく、そのタービンを取り付けるディスク部分まで吹き飛んでいた。

高圧タービンはブレードが小さいので、回転軸に直接ブレードを取り付けるのではなく、ディスク、つまり円盤を介している。ブレードはディスクの周縁部に付いた構造になっているわけだ。そのディスクとブレード一式が吹き飛んでしまったのだから一大事である。

実は、この事故が起きるまでの間に、全日空のトライスターは高圧タービン・ブレード破損事故が5回発生していたという。しかし、それらはブレードだけで済んでおり、すべてのブレードとディスクが吹き飛んだのは初めてのことだった。しかも、問題のディスクは事故の3カ月前に取り付けたばかりで、使用回数はまだ536サイクル(飛行回数)だったという。

タービン・ディスクの点検サイクルを1000サイクルから400サイクルに

そこで、全日空がロールス・ロイス社に問い合わせたところ、それまで整備マニュアルでは1000サイクルごととされていたタービン・ディスクの点検を、400サイクルごとに実施するように、との連絡を受けたという。536サイクルで事故を起こしたため、点検間隔をそれより低いところまで引き下げたわけだ。

タービン・ディスクに限ったことではないが、点検や交換の間隔は飛行時間や飛行回数を単位としており、メーカーが設計やテストの結果に基づいて数字を決め、それを整備マニュアルに書いている。その整備マニュアルの数字よりもずっと短い間隔で点検するよう求められたということは、問題の高圧タービン・ディスクに何か不具合がある可能性をメーカーが認めたということである。

実は全日空のトライスターは、これより2年前の1974年9月に、3基あるエンジンのうち2基が飛行中に停止する事故に遭遇していた。しかも、わずか3日の間に2度。これは、中圧コンプレッサー部分のケース(エンジンの匡体)にかかった熱負荷が原因でケースにクラック(ひび割れ)が発生して、潤滑油が漏出したためだった。

そういう経験もあり、全日空は直ちにトライスターを飛行停止にして、ディスクの点検に乗り出した。機体のイメージ・ダウンにつながりかねないのだから思い切った決断だが、それより安全が大事という姿勢の現れである。

高圧タービンの冷却方法変更

そこで、前回の本連載で取り上げたタービン・ブレードの冷却が関わってくる。

実は、初期型のRB211エンジンは低圧コンプレッサーからの抽気を使って高圧タービンのブレードを冷却していたが、高圧の空気を使うほうがよく冷えるため、高圧コンプレッサーからの抽気を使う方式に切り替えた。すると当然ながら、関連する部分の部品が変わるが、その変更対象には、高圧タービンのブレードと、それを取り付けるディスクも含まれていた。

この変更により、確かに冷却効果は上がった。ところが、新型の高圧タービン用ブレードとディスクをテストしていたところ、想定より早く壊れてしまった。そこで「2400サイクルごとの点検」を「1000サイクルごとの点検」に縮めたのだが、件の全日空機は536サイクルで壊れてしまった。

その後の調査により、新型のディスクに切り替えた時に製作・検査の工程を変更した結果として、ディスクの微細な傷やクラックを見落とすケースが発生してしまった、と判明した。

このRB211エンジンに限らず、機体でもエンジンでも、製品が完成した後も改良が続くのが常だ。それは性能改善や経済性の向上といったメリットをもたらす一方で、新たなトラブルの因子が入り込む可能性にもつながる。

バスタブ曲線(はしょって書くと、トラブルは初期と末期に多く発生するということ)という言葉があるが、運用途中で一部の部品を新型化するプロセスが続けば、常に初期故障の可能性に直面していると言える。製作する側も運用する側も、そのことを念頭に置いた上で仕事に取り組まなければならない。

事故の事情はそれぞれ異なる

誤解のないように念を押しておくと、ここまで書いてきたことは1976年に発生した全日空のトライスターにおけるタービン爆発事故の話であって、今回の大韓航空機の件とは直接の関係はない。機種も違えばエンジンの形式も違う。共通するのは「高圧タービンでトラブルがあった」という1点だけだ。

燃焼室の直後にあり、最も高い温度にさらされている高圧タービン・ブレードは、ジェット・エンジンを構成する部品の中でも、とりわけ過酷な環境に置かれている部品だ。それだけに、製造工程で微細な傷を見落としたり、整備・点検の際にちょっとした見落としがあったりするだけでも、致命的な事態につながる可能性がある。

もっとも、程度の差はあれ、飛行機を構成する機器や部品はすべて似たようなものである。今回取り上げた件に限らず、エンジンにまつわるトラブルの事例だけでもいろいろある。そういう経験の積み重ねの上に「安全に飛べる飛行機」がある。

そういうクリティカルな状況に置かれているだけに、製造工程も、その過程における検査や品質管理も、念を入れすぎるということはない。実際、飛行機で使用する部品は、製作工程に関する記録を残すよう求められている。念を押しておくが、品目別ではない。製作したすべての製品についてである。たとえば、同じ形のタービン・ブレードを102枚作ったら、1枚ずつ記録をとるのだ。

しかし、念を入れすぎればスケジュールやコストにも響くので、どこでバランスをとるかという課題がついて回る。そこでは、過去の設計・製作・運用経験がモノをいう。ジェット・エンジン、とりわけホット・セクションを構成する部品は、そういう意味でも難度が高い分野と言える。