視界が悪いと飛行の妨げになる。これはわかりやすい。降雨や氷結が、飛行あるいは飛行安全の妨げになる。これもわかりやすい。ところが、意外なファクターが飛行に関わってくることもある。その一例が、気温と標高。

気温がどこに影響するか

旅客機が欠航する理由として「気温」が出てくることは、まずない。冬季に欠航が生じるのは降雪や視界不良のせいであって、低温そのものが直接の原因になるわけではない。夏期についてもやはり、高温そのものが原因となって欠航ということはない。

ところが、気温の高低は飛行機のオペレーションにちゃんと(?)影響する。なぜかというと、気温が変わると大気の密度が変わるからだ。

まず、わかりやすいところではエンジンの出力がある。大気の密度が高いということは、同じ体積の大気に含まれる酸素が増えるということであり、それは結果としてエンジンのパワーアップにつながる。気温が上がれば逆になり、エンジンのパワーダウンにつながる。

だから、同じ機体の同じエンジンでも、気温の高低によって性能差が生じて、暑くなるほど推力が低くなる。すると、離陸滑走距離が長くなったり、最大離陸重量が減ったりといった影響が生じる。

許容される最大離陸重量が減れば、民航機なら旅客や貨物の搭載量に響くし、軍用機なら兵装搭載量に響く。搭載量を維持するには燃料の搭載量を減らさなければならないが、それでは航続距離が短くなる。

それでも、軍用機の場合には空中給油という裏技があるだけマシ。つまり、燃料は少なめにして、兵装は積めるだけ積んだ状態で離陸する。その後で空中給油を受けて、必要な燃料を確保する。それでも足りなければ、行き帰りの途中で追加の空中給油を受ける。ベトナム戦争では日常的に行われていた手法らしい。

しかし、民航機では空中給油というわけにはいかないから、旅客・貨物・燃料の搭載量を調整するしかない。だから、飛行計画を立案する段階で気温の影響を考慮に入れないと、困ったことになってしまう。

もちろん、諸元を算定する際に気温や標高の影響は考慮に入れる必要があるし、それが正しいことを実地に検証する必要もある。だから、新しい飛行機ができると、気温が高い場所や標高が高い場所に持って行って、実際に飛行試験を行う。高温試験なら中東、高標高試験なら南米が多いようだ。

おもしろいのは、その手の試験のついでに(?)、近所で行われる航空ショーに機体を出展したり、デモフライトを実施したりする事例もあること。例えば、エアバスA400M輸送機はボリビアで高地試験を実施したが、チリで開催された航空ショー「FIDAE 2012」への出展も併せて実施していた。

  • エアバスA400M輸送機 写真:Airbus

標高の影響

実は、気温に加えて気圧も影響するというが、それはそうだろう。高気圧・低気圧という話もあるが、それ以上に標高の影響もある。大気圧は、実は空気の重みが積み重なることによって発生しているので、高いところに行くと「積み重なる量」が減ってしまうから気圧が下がる、という理屈だろうか。

もっとも固定翼機の場合、「標高が上がって気圧が下がったから飛べません」ということにはならない。高度1万メートル級の成層圏まで上がっても、ちゃんと飛んでいる。成層圏を巡航する際には速度が速いから、失速の心配もない。

それと比べると、標高の問題がシビアに影響してくるのがヘリコプター。機体を空中で支える力のすべては、頭上で回転しているメイン・ローターから得ている。そして、そのメイン・ローターを駆動するエンジンの出力と、メイン・ローターによって動かす大気の密度は重要なファクターである。

固定翼機なら、前進速度を上げれば大気密度の低下を補って揚力を稼ぎ出すことができる。しかし、ヘリコプターでは事情が違い、大気密度が低いからといってメイン・ローターの回転速度をどんどん上げられるかといえば、そうはならない。ヘリコプターのメイン・ローターは、以前にも書いたように、回転数は一定である。

それに、回転数を上げようとすれば、エンジンやトランスミッションがついて行けるのかという問題、そしてローター・ブレード先端の速度が上がりすぎる問題が出てしまう。固定翼機のプロペラと比べると、ヘリコプターのメイン・ローターははるかに大径だから、それだけ先端速度が速い。

そこで、サンプルになりそうなデータを調べてみた。UH-60ブラックホークは、ローター径53.7ft(16.36m)だから、外周は51.37m。そして回転数は285rpm(毎分285回転)だから、毎秒に直すと4.75回転。ローター先端速度は51.37m×4.75回転/秒=244.0075m/s。ちなみに、海面高度での音速は340.29m/sだから、仕様通りの数字でも音速の七割を超えている。

  • UH-60ブラックホーク 写真:Lockheed Martin

しかも、メイン・ローターを回転させる駆動力の源泉であるエンジンの出力は、気温が上がったり大気密度が下がったりすると、それに合わせて低下する。

だから、ヘリコプターにとっては固定翼機以上に「高温と高標高」の影響が大きく、この両者の組み合わせは最悪ということになる。その合わせ技(?)に直面した場所の例としてアフガニスタンがある、という話は、本連載の第63回で取り上げたことがあった。

余談

実際にどれだけの影響が生じるかどうかは不明だが、大気密度が低いということは、それだけ空気抵抗の原因が少なくなるということである。空気抵抗が少なくなれば、その分だけ真速度は速くなると考えられる。

ところが、ややこしいことに、大気の密度が下がると対気速度計の数字は少なく出るという。対気速度計の数字は減るが、実際の速度は速くなっている… !?

空ではなく陸上の話だが、新幹線の高速試験を行うと、高気圧のときよりも低気圧のときの方が速度が出やすいのだという。新幹線のように細長い物体では、車体の表面で発生する摩擦抵抗が占める比率が大きいというが、先頭部で発生する圧力抵抗の影響もかなりあるのだろう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。