多重化・冗長化の例

例えば、操縦用の油圧系統を多重化することで助かった事故がある。1971年7月30日にロサンゼルス空港で発生したボーイング747の離陸失敗事故がそれ。

747の操縦翼面を動作させる油圧系統は4系統あり、系統ごとに担当の翼面が違っている。普段はそのすべてを使用しているが、件の事故では主脚を損傷した際に、床面を通っている3系統が破壊されて使えなくなった。しかし天井裏を通っている残り1系統が生きていたので、困難ながらも最低レベルの操縦操作はできた。

当節は旅客機でも戦闘機でもフライ・バイ・ワイヤ(FBW)の利用が当たり前になってきているし、フライ・バイ・ライト(FBL)の利用例もある。索ではなく電気信号で伝達するとはいえ、一撃で全滅しないように冗長化を図るのは同じだ。また、指令を出す頭脳である飛行制御コンピュータも冗長構成になっている。

慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)も、1つが故障しても対処できるように多重化してある。初期型747の場合、INSを3基搭載して、多数決で決めるようになっていた。

グラスコックピット化した機体では、あるディスプレイが使えなくなっても、別のディスプレイで代用できるようにしてあることが多い。例えば、姿勢・速力・高度などといった飛行諸元を表示しているディスプレイがダウンしたときに、別のディスプレイの表示内容を変更して、そちらに飛行諸元を表示するわけだ。機械式計器では、こういう芸当はできない。

初期のグラスコックピット機ではバックアップとして、重要度が高い機械式計器を残していた。初期型ボーイング767のコックピットを見ると、ディスプレイ装置が占めるスペースは小さく、機械式計器がたくさん残っている。

しかしその後、グラスコックピットを支えるコンピュータやディスプレイ装置の運用実績が蓄積され、信頼性が向上したと認められてきたことから、近年では機械式バックアップ計器はなくなってきている。ただし、姿勢計は専用の小型ディスプレイを持つ予備を備え付けるのが一般的なようだ。

また、磁気コンパスを「最後の生命線」として残している。ジャイロコンパスは電源が来ないと使えないが、磁気コンパスならそんなことはない。並列複座の民航機なら、前面風防の中央部に位置する柱の上から、小さな磁気コンパスを取り付けるのが通例。

  • エアバスA350-1000のコックピット。モノが小さいのでよくわからないかもしれないが、前面風防中央の柱の上部に磁気コンパスが付いている

動力源が失われたら?

昔、米海軍で艦上機パイロットの細君にアンケートをとったら、「旦那が乗る飛行機は単発機より双発機のほうがいい」という結果が出たそうだ。1つだと不安だが、冗長化されているほうがいいということだろうか。

米海軍の場合、現在の主力になっているF/A-18ホーネットは双発機だ。しかし、これから配備が進むF-35Cは単発機だし、過去にもA-7コルセアIIは単発機だった。米空軍でもF-16やF-35は単発機だが、それで普通に太平洋や大西洋を越えて自力フェリーしている。

単発機の場合、1つしかないエンジンが停止したら「もはやこれまで」だが、双発機なら残ったエンジンが頼りになる。もっとも、それをいい始めると「双発機より四発機のほうがいい」という話になり、さらに数が増えて際限がなくなりそうではある。

民航機を例にとると、双発以上の機体はエンジンが1つ止まっても離陸を続けられる設計になっている。それに、今の航空機用エンジンは信頼性が高いので、エンジンがすべてダウンするような事態は滅多に起こらない。

つい「数が多いほうが安全」と思ってしまいそうになるが、実のところは双発機でも、片方のエンジンが生きていれば離陸はできるのだ。離陸滑走時に離陸決断速度(V1)に達したら、たとえ片方のエンジンが止まってしまっても離陸を続けなければならない。

V1を超えた後で何か不具合が発生した時に「これはいかん」といって離陸を中止しようとした結果、滑走路から飛び出してしまった事故もあった。

ただし、2基のうち1基、あるいは3基のうち2基がダウンした事例はある。もうずいぶん前の話だが、全日空のL-1011トライスターで3基のエンジンのうち1番と3番が駄目になり、2番エンジンだけで着陸してきたことがあった。

全機ダウンの事例も、レアだが皆無ではない。1982年6月24日のことだが、英国航空のボーイング747がインドネシアの近隣を飛行していたときに、エンジンが火山灰を吸い込んで全機ダウンという事故が起きた。このときには、まず1基、最終的には全機の再始動に成功したので、動力喪失は免れた。

ガス欠した機体が滑空して降りてきた

しかし実際のところ、すべてのエンジンが停止しても、十分な高度があれば滑空して降りてくることができる。そのときの高度と滑空比に基づいて、「どこまで飛んでいられるか」が決まる。

それを立証したのが、1983年7月23日に発生した「エアカナダ143便ガス欠事故」である。同機は本来必要とする燃料の半分しか積まずに離陸してしまったので、巡航中にガス欠になってエンジンが2基とも停止した。しかし、ちゃんと滑空して無事に地上に降り立つことができた。もちろん、近くに降りられる滑走路があったからだが。

エンジンが停止したら、電源も油圧も得られなくなる。しかし、飛行中であれば、ラムエアタービン(RAT)を出すことで、前進速度がある限り、多少の電源と油圧を得ることができる。エアカナダ143便のボーイング767もRATを作動させていた。

また、電源は予備の直流電源として蓄電池も積んでいる。これが、最低限の電子機器を動作させたり、非常灯を作動させたりするための電源となる。

このほか、本来なら飛行中には停止させているAPU(Auxiliary Power Unit)を、飛行中に始動する手もある。ただしエアカナダ143便の場合、ガス欠だからAPUを動かすことはできなかったが。

こんな具合に、さまざまな分野で冗長化が図られているのが航空機である。どこを、どの程度まで冗長化するかの判断では、過去の経験や技術面の改良、信頼性の向上が影響する。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。