ジャンルの定義を超えた幅広い音楽性で注目を集める新世代バンド「Kroi」(クロイ)の新曲『Method』が、7月16日にリリースされました。同時に公開されたミュージックビデオ(MV)は、40台ものiPhone 16 Proを使った同時撮影という、前代未聞の手法を採り入れた意欲的な映像作品に仕上がっています。YouTubeでは、公開後わずか6日間で300万再生を突破するなど、大きな話題を呼んでいます。

【動画】Kroi(クロイ)の新曲『Method』のミュージックビデオ

この革新的なミュージックビデオを手がけたのは、長編作品まで幅広く活躍する映像監督の木村太一氏です。なぜ、複数台のiPhoneによる同時撮影というユニークなアプローチに至ったのか。そして、最新のテクノロジーと撮影チームの創意工夫は、どのようにしてKroiの熱量あふれる演奏を、疾走感あふれる映像に昇華させたのか。その舞台裏を、木村監督に詳しく聞きました。

  • 映像作家の木村太一氏

●木村太一監督 プロフィール

1987年東京生まれ、ロンドン在住。映画監督を目指して12歳で単身渡英し、映像制作を学ぶ。UKではCHASE & STATUS、Coldplay、Kano、国内ではKing Gnu、舐達磨など、国境をまたいで数々のアーティストのMV / ドキュメンタリーを手掛け、現代の日本を代表する映像作家として目を見張る活躍を見せる。2023年には、自身初となる長編映画『AFTERGLOWS』が公開。Asia film festival Barcelona 2024のオフィシャルセクションにおいて、最優秀監督賞を受賞した。
・木村監督のフィルモグラフィー:https://taichi-kimura.com/

「もっとオリジナルな映像表現」を求めて、iPhoneにたどり着いた

Kroiの新曲「Method」のミュージックビデオで、40台ものiPhoneを使って撮影するというアイデアはどこから生まれたのでしょうか?

「今回も、Kroiのメンバーから『木村監督らしい映像を撮ってほしい』という、嬉しいオファーをいただきました。僕は、2024年にKroiが発表した楽曲『Jewel』のMVも監督を務めています。本作は『MTV VMAJ Best R&B Video』を受賞しています。この落ち着いた雰囲気とは対照的に、『Method』では激しくエネルギッシュな楽曲にふさわしいMVを作る方向を、バンドのメンバーとディスカッションを重ねながら決めていきました」

手持ちのカメラで躍動感のある映像を生み出す手法もありますが、木村監督はありきたりな表現に留まることなく、より独創的な方法を模索していました。木村監督はかつて、Radioheadのアルバム『In Rainbows』のスタジオライブ映像に強い刺激を受けたことを思い出し、もっと多くのカメラでスタジオライブを撮影できたら躍動感あふれる面白い映像が撮れるはず…と考えたことが今回の起点になったと振り返ります。

【動画】ミュージックビデオ撮影の舞台裏をまとめた「[Behind the Scenes] #Kroi - Method」

最初は、プロフェッショナルカムコーダーを40台集めて撮影する計画を立てました。しかし、そのアイデアは技術的な壁にぶつかります。

「技術チームに相談したところ、『どうやって40台の録画ボタンを同時に押すんですか? 無理です』と即座に却下されました。それに僕の構想では、カメラを天井から吊るしたり、普通では考えられないような変わったアングルから撮影したかったので、全台に有線で電源を供給したり、配線することも困難でした」

そこで、木村監督は大胆に発想を転換します。

「ふと、iPhoneで撮ってみたらどうだろう?とひらめいたんです。iPhoneならば、カムコーダーが抱える技術的な課題をクリアできそうでしたし、アーティストが演奏している空間に大きなカメラが映り込むこともありません。今回の映像のコンセプトには『透明感』というキーワードもあったので、空間に溶け込むiPhoneはまさに最適だと考えました。すぐに技術チームと、40台のiPhoneのコントロールが一度にできるシステムを構築することから検討を始めました」

  • 40台のiPhone 16 Proを集め、疾走感あふれる楽曲『Method』のMV撮影が始まりました

40台のiPhone 16 Proを完全同期させるシステム設計

40台のiPhoneを完全同期させるという、前代未聞の撮影を支えたシステム構成は以下の通りです。

システムの心臓部には、ブラックマジックデザインのコントローラーアプリ「Black Magic Cam」を採用。コントロール用のiPadにアプリをインストールし、マルチポートスイッチングハブとWi-Fiルーターを介して、同一ネットワーク上にあるiPhoneの設定、および録画操作の同期を実現しました。タイムコードの同期には、Tentacle Syncのアプリ「Tentacle Setup」を使っています。

iPhone 16 Proは、うち30台をEthernetアダプタを介してスイッチングハブに直結。10台は、Wi-Fiルーターを介して無線接続しています

  • ブラックマジックデザインのコントローラーアプリを投入したiPadで、40台のiPhone 16 Proを制御。1台ずつ映像のアングルを確認しながら配置決めが行われました

木村監督によると、このシステムのおかげで録画ボタンの同期は狙い通り、完璧に動作したそうです。残る課題は、LANケーブルに直結したiPhoneへの電源供給でした。iPhone 16 ProにはUSB-C端子が一つしかないことから、ここにLANケーブルをつないでしまうと充電しながらの撮影ができません。しかし、「iPhone 16 Proのバッテリーがとてもタフだったので、まったく問題なく撮影を終えることができた」と木村監督は語ります。

Kroiのメンバーによる演奏の熱量を余すところなく映像化するため、今回は演奏を止めずに最後まで映像を“一発撮り”する手法が採られました。そして驚くことに、今回のMVは合計「4回」のテイクから制作されたそうです。

「衣装が2パターンあったので、バンドのメンバーと相談したうえで、途中に衣装チェンジを挟みながらクールな演奏とエネルギッシュな演奏をそれぞれ2回ずつ、合計4回の演奏を撮影しました。収録自体は1時間以内に収まり、純粋な撮影時間で言えば30分もかかっていないと思います。厳密にカメラを回していた時間だけをカウントすると、おそらく15分程度だったと思います。」

それもあり、撮影中にiPhoneのバッテリー残量を心配することはなかった、と木村監督は話しています。

  • 演奏を“一発撮り”しながら躍動感あふれるMV作品をつくるため、iPhoneの配置間隔も入念に調整されました

しかし、その短時間の撮影の裏側には、膨大な準備時間がありました。木村監督は、Kroiのメンバーがスタジオに入る前、40台すべてのiPhone 16 Proの配置やアングルなど、1台ずつ入念にチェックする作業に時間を費やしました。結果、撮影全体はやはり丸1日をかけたといいます。

  • iPhoneのカメラテストを行う木村監督

  • 1台ずつていねいにアングルを決めていきます

完成した『Method』のMVを観たKroiのメンバーからは、どんな反応があったのでしょうか? 木村監督に聞きました。

「iPhoneで一体どんな映像が撮れるのか、Kroiの皆さんも最初は想像が付かなかったようです。完成した映像を見て、最新の高性能なiPhoneでこんなにきれいな映像が撮れることにとても満足してもらえました」

  • 静かな雰囲気に包まれるスタジオ。撮影は都内で行われました

Kroiによる「生の演奏」を捉えることができた

今回のMV制作を通して、木村監督が改めて感じた映像制作機器としてのiPhoneの魅力をうかがいました。

「映像制作者にとって最大の魅力は、iPhone 16 Proが最大解像度4KのApple ProResフォーマットで撮影ができる点です。これにより、ポストプロダクションの制作工程でLUT(ルックアップテーブル)を適用して、色の鮮やかさや深みを自由自在に調整できます。これだけでも、プロの現場でiPhoneを使う十分な理由になります。そして、今回改めて、iPhoneから映像編集機材であるMacBookへのデータ移行が驚くほど簡単だったことに感銘を受けました。AirDropを使って40台のiPhoneからMacBook Proへ次々にデータを吸い上げられる工程は、とても不思議な感じがしましたね(笑)」

木村監督はiPhoneだからこそ、アーティストの自然な表情が引き出せたと振り返ります。

「多くの方は、日常生活の中で“カメラを向けられる”ということはなかなかないと思います。かたや、スマートフォンが普及した現在、“スマホのカメラを向けられる”ことにはみんな慣れています。自撮りやグループ撮りは日常的な行為になりました。僕もカメラを向けられるのは苦手ですが、iPhoneであれば不思議と緊張しません。今回、Kroiのメンバーのとてもナチュラルな演奏シーンが撮れたことも、iPhoneを選んで本当に良かった点の一つです。彼らにリラックスして撮影に臨んでもらえたと思います」

完成した『Method』のMVでは、スプリットスクリーン(画面分割)を多用しながら躍動感を演出しています。木村監督は、ライティング(照明)効果にも特に力を入れたと振り返ります。iPhoneのカメラのセッティングが完了したあとは、楽曲の進行に合わせて照明効果をすべてマニュアルで切り替えるタイミングを緻密に構成したそうです。ライティングがつくり出す鮮やかな色彩が、楽曲とMVの世界観に深みを与えていると筆者は思います。

  • ライティングの設定とシーンごとの転換については、綿密な計画を立ててきたといいます

筆者はまた、メンバーが楽器を演奏する「手元のクローズアップ」がMVの中で多用されていたことが印象的でした。木村監督がKroiのメンバーにヒアリングした際、ミュージシャンの上半身や顔ばかりが映るMVに少し違和感があった、という話を聞いたそうです。

「僕自身、MVを制作するうえで、ミュージシャンが演奏するシーンを撮ることを常に意識しています。MVとはあくまでミュージシャンたちのものなので、演奏する方々をいかに引き立てるかを考えることが最も重要だと思うからです。例えて言うならば、料理人が腕を振るう映像は、食材や料理人の手もとを写すことが大事であることと同じです。Kroiのファンの中にも、実は楽器の演奏シーンに強く惹かれる方々が少なくないはずですから」

  • 楽器を演奏するミュージシャンの手もとにクローズアップしたダイナミックな映像も、『Method』のMVの見どころです

MVを撮影する際、木村監督は「ミュージシャンを単なる被写体としてではなく“役者”として捉えることの重要性」を強調します。

「監督は、描くMVの世界観を役者であるミュージシャンへ丁寧に説明して、演じやすい環境をつくるべきです。カメラを向けられれば誰でも緊張するので、ミュージシャンがリラックスしながら撮影に臨める環境を整えることも大切です。映画撮影の現場では当たり前のように行われるこのプロセスが、MVではビジュアルや世界観のイメージが先行して、肝心なミュージシャンとのコミュニケーションができていないことがあると感じます。『ここに立って、ここで激しくお願いします』といった程度の指示では、最高のパフォーマンスは引き出せません。MVは、最終的に人間どうしがつくる作品なので、互いの意志をしっかりと伝え合うことが不可欠だと、僕はいつも意識しています」

  • モニターをチェックする木村監督

テクノロジーと積極的に向き合うことが創造の扉を開く

木村監督自身がこれまでに観た中で印象に残る「iPhoneで撮影された作品」を聞きました。

「もちろん、是枝監督の映画『ラストシーン』は素晴らしいと思います。ほかには、イギリスのラップスター、Stormzy(ストームジー)が出演するショートフィルムの『Big Man』が最近観た作品の中で印象的に残っています。イギリスらしい良い意味での粗さというか、チープな質感の画づくりがとても良くて、なぜか映像に親近感がわいてきます。iPhone 16 Proで撮る映像はクオリティが高いのに、どこかに親近感を感じさせる味わいがあります。新しい時代の表現だと感じます」

【動画】「iPhone 16 Proで撮影 | 是枝裕和監督作品『ラストシーン』」

【動画】「Shot on iPhone 16 Pro | Big Man - Starring Stormzy」

映像制作の未来において、iPhoneのようなスマートフォンがどんな可能性を拓くことができるのか、木村監督の展望をうかがいました。

「iPhoneで撮影できる映像のクオリティは、今後も進化すると思います。プロの撮影現場でも、iPhoneのProシリーズは間違いなく主流のカメラ機材の一つとして定着するはずです」

木村監督は、iPhoneのカメラが自身の表現の幅をさらに広げてくれるのではないかという期待感も熱っぽく語ってくれました。

「長く映像制作の仕事に携わっていると、どうしても自分の表現手法が凝り固まって形骸化しがちになります。スキルや経験値が上がるほど、『こうすればウケる』という定石に頼るようになり、チャレンジを求めなくなる。表現者として非常に危うい状態を打破するためのひとつの手法として、テクノロジーの力を借りることが有効だと思います。iPhoneは、最先端にある映像制作のテクノロジーにアクセスしやすいデバイスでありながら、その力を借りて表現の幅を拡張できるという意味においても、無限の可能性を秘めています。iPhoneが誕生した時は、まさか自分がいつかこれでMVを撮るようになるとは思ってもいませんでした。今後も、iPhone Proシリーズがさらに『プロフェッショナルのためのiPhone』として進化することを期待しています」

今回のKroi「Method」のMVは、iPhoneという身近なデバイスが、クリエイターの独創的なアイデアと結びつくことで、いかにパワフルな映像表現を生み出すことができるかを見事に証明した作品だと筆者は思います。木村監督と制作チームの挑戦は、テクノロジーが映像制作の常識を塗り替え、新たなクリエイティブの扉を開くエキサイティングな未来を予感させます。