読者の方はUX(ユーザー体験)デザインについて考えたことはあるだろうか?もちろん、多くの人が考えたことがあるのではないかと思う。実際、日々の生活においてWebサイトのデザインを目にするが、TDCソフトは、UXデザインを「相手のことを本質的に理解・共感して、モノ(機能)ではなくコト(体験)を考えること」と定義している。
そんな同社では、「UXデザインスターターキット」を開発・提供し、函館工業高等専門学校(函館高専)と一関工業高等専門学校(一関高専)の2校が授業で採用している。今回、函館高専における同キットを用いた授業を取材した。
函館高専の授業「ヒューマンインタフェース」とは?
UXデザインスターターキットは、デザイナーではない人でもデザイナーと同じ思考をすることで、ユーザー視点でモノづくりやサービス提供ができるようになることを目的に開発した。
函館高専では、生産システム工学科の小山慎哉教授が受け持つ「ヒューマンインタフェース」の授業において、2022年からUXデザインスターターキットを活用し、3年目を迎えており、同授業は生産システム工学科情報コースの5年生約45人を対象に実施している。なお、今年度からは一関工業専門学校も採用している。
小山教授は「ヒューマンインタフェースの授業は前後期を通じて行われ、前期は概論として人間の認知・記憶の特性やインタフェースとして使いやすいものの提示、注意事項などの座学を行います。後期は、どのようにユーザーインタフェースをデザインし、ユーザービリティテストなどを行い、評価します。その際にスターターキットを活用しており、学校生活の中で課題を見つけて解決していきます。企業の方からアドバイスを受けられることは有効です」と説明する。
実際に見学した授業では、ユーザー調査としてインタビューを行い、結果を分析して実際のユーザー像を明確にするというものだ。具体的にはスターターキットに沿う形で設計、インタビュー評価、デザインまでUXデザインのプロセスを体験するというものだ。
「UXデザインスターターキット」を活用した授業
スターターキットは「ゴールシート」「ユーザー調査」「ペルソナ」「カスタマージャーニーマップ」「価値マップ」「ストーリー」「コンセプト評価」の9種類のワークシートとアウトプットの質をチェックできるチェックシートがセットになっている。チェックシートは各ワークシートとセットになっているためワークシートの作業完了後にすぐにチェックすることを可能としている。また、テーマや所要時間に応じて各シートを組み合わせて順番を入れ替えて利用する。
今回の授業では、ユーザー調査をメインにしたものとなり、キットに含まれている調査シートを30分かけて作成。その後、調査演習を実施し、演習は学生が用意した質問を利用して、学生同士で5分間ずつのインタビューを行った。インタビュー後にインサイト発掘演習として本人が気づいていないニーズを探り当て、テーマに関するユーザーの潜在ニーズを見つける。
函館高専で講師を担当し、教壇に立ったTDCソフト CXUX部 UXデザイナーの桑名のどか氏は「単にインタビューをひたすらやるだけでは、インサイトにはたどり着けません。インタビュー結果の分析、深掘りをすることが必要となります。ニーズを探る際は、機会探索型の調査を行います。これはテーマに関するインサイトを探るときの手法であり、自分たちが考えたことの正しさを知りたいとき、または検証してみたいときに使います」と話す。
また、桑名氏は「ユーザー調査の際は定量調査に目が向きがちですが潜在ニーズを探りたいときは定性調査がポイントになります、もちろん、どちらの観点も必要ですが、定性調査のメリットは予測していなかったユーザーの体験・感情を発見できるところにあります。そして、いつでも『なぜだろう?』と疑問を持つことが重要です。深掘りすることで気づきを得られ、望ましいユーザー調査が可能になります。とはいえ、回答をそのまま鵜呑みにしてしまうことには注意を払いながらインタビューをしてください」と説明した。
インタビュー手法は、相手について深く知る「デプスインタビュー」となり、インタビュアーとインタビュイーが1対1で行い、インタビュイーの普段の行動や過去のエピソードを深く聞くことで、インサイトにつながりやすい情報を得る。
調査シートには、前回の授業で学生が設定した調査テーマを使い、どのような条件の人にインタビューをするのかを考えながら、アンケートを作成した。
高専生が得た、UXデザインの学び
一連の授業は休憩も入れつつ、約4時間をかけて行われた。授業後に大藏結さん、佐藤陸翔さん、大塚功太郎さんの3人に話を聞いた。
3人の卒業研究テーマは、大藏さんがXにおいて自分のポストが炎上しそうなものをAIで確認し、炎上の確率が高ければ通知するシステム、佐藤さんはChat GPTによる文章の要約システム、大塚さんは複数の写真から3D空間を効率的に再現する「3D Gaussian Splatting」を用いた観光地などのモデリングに取り組んでいる。ちなみに、3人ともに今春から就職を予定している。
佐藤さんは成績や出席数を自動でカウントし、どの程度まで授業を受ければ単位が取れるのか分かりやすいツールをテーマにした。しかし「インタビューした人は突き詰めるとギリギリで単位が取れれば良いという回答であり、単位が危なそうだったら授業に出て勉強するというものでした(笑)」と振り返る。
大塚さんは、部活の先輩など縦のつながりでテストの過去問や選択授業の内容の情報を得やすいため、そうでない人で簡単に情報を得られる仕組みをテーマに選択。大塚さん曰く「インタビューしてみると、過去問や選択授業の情報は欲しいという回答で共感できるものでした。インサイトとしては、過去の傾向を掴み、効率よく物事を選択していくと結論付けました」と述べている。
大藏さんは学校に提出する休日活動届などの許可を得るために提出する書類の電子化がテーマ。「インタビュー結果は手書きは面倒というものでした。普段からタブレットを利用しているため、手書きでペンを出すのも面倒というインサイトを得られました」と述懐する。
これまでの高専における授業との違いについて大藏さんは「グループワーク自体が少なく、インタビューを伴う授業は初めてでした。そこまで深くUI/UXという言葉自体は理解していませんでした」と述べており、大塚さんと佐藤さんも同意していた。
今後、就職した際に活かせるものかに関して佐藤さんは「実際に何のためにやるのか、またインサイトを得ることなどは掘り進めてやらなければ誤ったものになってしまうため、注意しけなければならないと感じました」と話す。
UXデザインスターターキットは「ペルソナを明確にできる」
一方、小山教授は「スターターキットはペルソナを明確にできます。ユーザー像が曖昧だとデザインしても良いものは作れないため、ユーザーが何を求めているのかを思い込みではなく、実際に当事者から聞き取り、深めていくことがワークシートでは可能です。特にユーザーを言語化することはできまないことから、インタビューでニーズを掘り下げて明確にする手法は役立ちます」と力を込める。
続けて、同教授は「高専生の場合、ユーザー側ではなく、どちらかと言うと開発側の立場に携わる可能性が高いです。理不尽な場面に出会うこともなきにしもあらずなので、就職する前に慣れてほしいという思惑もあります。デザインの過程でユーザーの意見を拾うことでユーザー像を明確にし、デザインとの整合性のチェックをスターターキットを使いながらやれることは大事なことです。実践を積む場として非常に良い機会だと思います」と効果を口にする。
また、小山教授にスターターキットで実現してもらいたいことを尋ねたところ「スターターキットの使い方など教育機関向けの教材を充実してほしいです。充実したテキストがあれば、どのような先生でもある程度取り組めると感じています。それがあれば、学校に導入する際もスムーズになるのではないかと思います」との認識を示していた。
今回の取材を通して感じたことは、UXデザインの重要性。特に、小山教授も言及している“思い込み”についてだ。得てして、自分がユーザー側の立場で物事を考えるときに陥りやすいものであり、筆者もこれまでに何度もそんな思い込みをしていること気づかされた。
当たり前の話ではあるが、必ずしも個人で思考を巡らせて考え抜いたことでもそれが“正解”ではなく、数あるうちの意見の1つと考え、その中で“最適解”を模索しなければならないと痛感した次第だ。今後も高専生たちの未来、ひいては社会での活躍を期待したい。