米クアルコムが、さまざまな生成AIにも対応するオートモーティブ向けSnapdragonシリーズの最新フラグシップSoCを発表しました。デジタルコックピット向けのSnapdragon Cockpit Eliteプラットフォームと、先進運転支援システム向けを中心とするSnapdragon Ride Eliteプラットフォームです。

  • クアルコムの車載向けSnapdragonシリーズの2つのフラグシップ・プロダクトが発表されました

ともに、SoCとしてのサンプル出荷開始を2025年から予定していますが、今回はイベントの開催に合わせて中国のLi Autoとメルセデス・ベンツAGが、今後市販に向けて開発を進める自動車製品に搭載する計画があることを早々に伝えています。

カスタムメイドの「Oryon CPU」を載せた車載向けSoC

ふたつの新しいSoCには、クアルコムによるカスタムメイドCPU「Oryon(オライオン)」が統合されます。現行第4世代のフラッグシップSoC世代と比べて、約3倍の高速処理が可能。また、音声・テキスト・画像など種類の異なるデータを合わせて取り扱うマルチモーダルなAIモデルを含む、さまざまなAIモデルへの対応を強化するため、Hexagon NPU(Neural Processing Unit)のパフォーマンスも従来比で最大12倍まで性能向上を果たしています。

  • Oryon CPUを載せて、現行のSoCから処理パフォーマンスを約3倍高めています

自動車は、AI PCやスマートフォンに比べるとユーザーがより長期間にわたって使い続けることが想定される“デジタルデバイス”でもあることから、SoCはロバストネスや安全性について車載向けに最適化を図っているといいます。

クアルコムの車載向けソリューションは「Snapdragon Digital Chassis」として、ひとつのパッケージになっています。通信機能とソフトウェアによって高付加価値機能をアップデートしながら提供できる、最先端の自動車として注目される「Software Defined Vehicle(SDV)」を展開する自動車メーカーは、パッケージの中から必要とするソリューションを選び、自社の製品に組み込むことができます。ソニー・ホンダモビリティも、クアルコムのソリューションを採用する「AFEELA(アフィーラ)」を2025年の発売に向けて開発中です。

  • 次世代のSDVにSnapdragonの採用が広がっています

  • ソニー・ホンダモビリティの川西泉社長も、Snapdragonのイベント開催に向けてビデオメッセージを寄せていました

Snapdragon Digital Chassisのパッケージを構成する4つのプラットフォームの中核はSnapdragon Cockpit EliteとSnapdragon Ride Eliteですが、ほかにもクラウドサービスとつながる車載向けソフトウェア開発のためのSnapdragon Car-to-Cloud、および5GとセルラーV2Xを活用する通信機能を開発するためのSnapdragon Auto Connectivityがあります。

クアルコムでは、Snapdragon Cockpit Eliteはさまざまな車載向けデジタル体験、Snapdragon Ride EliteはADAS/自動運転機能の開発に利用できるとしていますが、自動車メーカーが両方の機能をひとつのプラットフォームで実現できるようにSoCをシングルチップ化したFlexプラットフォームも用意されています。

  • Snapdragon Digital Chassisのパッケージには、4つの柱となるプロダクトがあります

さまざまなAIとの柔軟な合わせ込みも可能

クアルコムがハワイで開催したSnapdragonのイベントでは、Snapdragon Digital Chassisを採用する市販車に乗り込み、デジタルコックピットのユーザーインターフェースを体験できました。

  • 屋外に設けられたSnapdragonのソリューションを採用する市販車のデモ体験展示

  • メルセデスベンツのデジタルコックピット

今回発表されたEliteシリーズではなく、現行第4世代のプラットフォームのものでしたが、車載向けAIサービスの開発事例をクアルコムのリファレンスキットを使って紹介する展示もありました。

32インチのワイドOLEDディスプレイを搭載したデジタルコックピットのリファレンスでは、MetaのLLM(大規模言語モデル)である「Llama 2」とOpenAIの音声認識AI「Whisper」を組み合わせたAI音声アシスタントを披露。ナビゲーションの音声操作にとどまらず、SDVが搭載する多彩な機能の“取説”となるユーザーガイドから、ドライバーが必要とする情報を音声で素速く検索したり、AIアシスタントが便利に活用できます。また、音声入力を含むテキストから画像を生成するAIのStable Diffusionを組み合わせて、車内で友だち宛てのバースデーカードを生成して送る、といった使い方もプロトタイプ的な事例のひとつとして紹介していました。

  • Snapdragon Cockpit(Gen 4)を載せたデジタルコックピットのリファレンス。サムスンによる1枚構成の32インチOLEDディスプレイを搭載しています

  • 自動車の取扱説明書の情報を音声で検索。ドライバーが必要とする情報をAIが素速く探し当てます

  • Stable Diffusionが生成したバースデーカードを車内から友人に直接送付できるサービスの事例

Eliteシリーズのプラットフォームは、自動車に組み込まれた最大20台の高解像度カメラを含む40台以上のマルチモーダルセンサーから集まる情報を同時に処理するパフォーマンスを備えています。例えば、車外360度をカバーするカメラと、FDMS(居眠り運転防止装置) のような車内をモニタリングするカメラの実装と高度な機能が提供できます。

自動車メーカーがデジタルコックピットやIn-vehicle Infotainment(IVI)、またはADAS/自動運転に独自のノウハウを活かすことを優先する場合、SnapdragonのプラットフォームはCockpitかRideのどちらかが選べます。あるいは、それぞれをシングルチップSoCにしたSnapdragon Ride Flexというプラットフォームもあります。クアルコムはこれを、自動車メーカーが普及価格帯の製品に先端機能を組み込む目的に最適であるとしています。

  • 普及価格帯のSDVにコストメリットも提供できる、Snapdragon Ride FlexというシングルSoCのパッケージプロダクトもあります

Snapdragon Car-to-Cloudのデモンストレーションでは、米セールスフォースが発表したコネクテッドカー向けのアプリサービス「Connected Vehicle」を展示。車両やエンジンの状態、燃料の状態などパフォーマンスデータを監視しながら、ドライバーが運転中に必要とするパーキングやEV充電スタンド、その他ショッピング施設などをさまざまなソースから検索、提供します。同様に、クラウドを介して実現する各種サービスがSnapdragon Car-to-Cloudにつなぎ込むことによりSDVで実現できるといいます。

  • セールスフォースのコネクテッドカー向け「Connected Vehicle」アプリサービスのデモを紹介

グーグルと生成AIデジタルコックピットの開発協業を発表

クアルコムがパンデミックの期間を除いて毎年開催してきたSnapdragonのイベントで、今回初めて車載向けの最新ソリューションをメインで発表しました。今年は、自社開発のOryon CPUを搭載したコンピューティング向けのSnapdragon XシリーズのSoCが好調であり、今回のイベントでは同じOryon CPUを載せたモバイル向けのフラグシップSoCであるSnapdragon 8 Eliteもベールを脱いでいます。Oryon CPUによる高度なAI対応を実現するエッジデバイス向けSoCの飛躍と、Snapdragonシリーズのエコシステム拡大をより強くアピールする狙いがあったのだと思います。

  • Snapdragonの車載向けチップを発表したクアルコムのNakul Duggal氏

基調講演のステージには、クアルコムのオートモーティブ部門のグループ・ゼネラルマネージャーであるNakul Duggal氏が立ち、もはや移動のための手段にとどまらず、デジタルリビング空間のひとつとして存在するオートモーティブをSnapdragonの車載向けソリューションにより高度化すること、そしてAI対応を強化していくことが不可欠であると語りました。

今回のSnapdragonの発表に合わせて、クアルコムとグーグルが次世代の生成AI対応デジタルコックピット、およびSDVの開発向けに標準化されたリファレンスフレームワークを作りながら協業を深めていく戦略も伝えられました。ステージには、グーグルのグローバル オートモーティブ パートナーシップのディレクターであるGretchen Effgen氏が登壇し、クアルコムのSnapdragonとグーグルのAndroid Automotive OSの連携を強化しながら、オートモーティブ向けソフトウェアのリーディングプラットフォームとして育てていくことを宣言しました。

  • グーグルからGretchen Effgen氏もゲストスピーカーとして登壇

Snapdragonの車載向けEliteプラットフォームを載せた自動車が各メーカーから商品化される時期は、一般的な新車開発のサイクルから考えた場合、今後数年前後はかかることが見込まれます。メルセデス・ベンツやLi Autoのほか、クアルコムと協業する世界の自動車メーカーによるこれからの展開にも注目しましょう。

  • オートモーティブ市場を牽引する世界のトップブランドがSnapdragonのソリューションを今後どのように活用するのか楽しみです