インターネットイニシアティブ(IIJ)は2024年9月17日、同社のスマート農業の取り組みに関する説明会を開催した。インターネットプロバイダーと農業という、一見畑違いの事業を結びつけるものは何なのか。また、その実態はどうなっているのだろうか。

全国約70箇所で取り組み中

  • IIJでスマート農業関連を統括している、IoTビジネス事業部副事業部長兼アグリ事業推進部長の齋藤透氏

  • 同じくIoTビジネス事業部アグリ事業推進部副部長の花屋誠氏。IIJで最も田んぼに入って作業していると自負されている

IIJによるスマート農業の取り組みは、農林水産省の平成28年度補正予算「革新的技術開発・緊急展開事業」で受託した「低コストで省力的な水管理を可能とする水田センサー等の開発」から。2017年度から静岡県磐田市と袋井市でIoTを駆使した水稲栽培の実証実験を行っており、それ以来、北海道から四国・九州地方まで、全国各地の自治体で農業IoTの取り組みを推進している。現在、約70ものプロジェクトに参画しているとのことで、これはかなりの規模と言っていいだろう。

  • IIJとスマート農業の関わりは磐田市と袋井市が始まり。両市では現在も水田センサーなどによるデータ収集や水量管理が行われている

ネットワークプロバイダーであるIIJがなぜ農業?というのが多くの方の疑問だと思われるが、政府は高齢化や離農などによる農業人口の減少を、スマート農業による効率化でカバーしようとしている。そのためにはIoT機器やネットワークの運用や開発が可能な、高度な技術を持つ企業の参画を必要としている。一方、IIJにとっては同社の得意分野を活かし、新たな分野への進出を図るチャンスでもあり、両者の思惑が合致した、というわけだ。

スマート農業といっても多くの分野に分かれているが、IIJはスマート農業技術を活用するための高度情報通信ネットワークの整備や、農業データの連携基盤とその活用などが得意分野であり、ここにIoT機器の開発や運用といった要素を組み合わせている。

IIJが水田のスマート化で導入しているのが水田センサー「MITSUHA LP-01」だ。これは水位と水温を計測し、定期的に通信してくれるユニットで、センサーを取り付けたポールを水田に突き刺すだけという簡単な設置と、単3乾電池2本で1シーズン動作するという省電力性も魅力だ。

  • 水田センサーの「LP-01」。水位と水温を計測し、LoRaWANで30分毎にデータを送信する

ユニットが収集したデータは、中距離通信技術である「LoRaWAN」を用いて基地局に送られ、基地局はLTE網を使った通信でサーバーに送信する。LoRaWANは屋外用の無線技術で、Wi-Fiのようなオープンな規格となっており、他社製のユニットでもLoRaWAN対応なら基地局に収容できる。こうして免許不要、省電力低コスト、携帯の電波が届きにくい場所でもデータが収集でき、複数のベンダー製品を組み合わせたシステムを構築しやすいという特徴がある。LP-01はLoRaWANに対応しているほか、IIJ自身が他社製のLoRaWAN製品(基地局など)の販売を手掛けていることもあり、水田管理システムを包括的に扱うことができる。

  • LoRaWAN対応のゲートウェイ(右)や土壌水分センサー(中央)、温室用環境センサー(左)など、様々な機器がLoRaWANネットワーク上に設置できる

さらにLoRaWANは農業以外の分野においても利用できるため、地域によっては河川の水位や気温、風力など、様々な分野に利用している例もある。このように地域全体の情報化においても貢献できるのが、IIJスマート農業の強みと言えるわけだ。

  • IIJが開発した罠センサー。狩猟の分野においてもLoRaWANのネットワークは活用できる

IIJが取り組んでいる5つの事例

説明会ではIIJが取り組んでいる5つの事例が紹介された。過去に記事で紹介されたものもあるが、それぞれ簡単に紹介していこう。

1.愛媛県八幡浜市

愛媛県八幡浜市では、特産である「真穴みかん」の栽培において、地区全体をLoRaWANで覆い、土壌水分センサーを設置することで最適な灌水調整を行い、みかんの糖度管理を行っている。みかんは乾燥すると糖分が高くなり、水を与えると収量が増える。適度な甘さと収量のバランスが取れる「マイルドストレス」な状態を維持するのが目的だ。

  • 真穴地区に設置された土壌水分センサーと、地区全体をLPWAでカバーするイメージ図。電波の到達範囲が約1kmあるため、数台あればかなりの範囲をカバーできる上に、ランニングコストは極めて安い

まだ昨年度から始まったばかりの事業だが、すでに地元では日々着々と取られるデータに着目する農家も増えており、勘頼りだった農法から、データを駆使して高い水準での農業へとシフトする意識改革が行われているとのことだった。

2.北海道津別町

津別町の「JAつべつ」管内では、トラクターの自動操舵が普及しているが、携帯電波が届かない地域が多く、そこでは自動操舵が利用できないという問題があった。これを補正し、GNSS情報に加えて、高精度なRTK測位+インターネット(Ntrip)方式を実現するというもの。

  • GNSSとはGPSを含む衛星位置情報システム(日本の「かがやき」なども含まれる)のこと。RTK測位では、これを固定基準局の情報で補正することで、±3cmという極めて高い精度を実現する。ちょっと古い技術としては「DGPS」などに近い概念と言えるだろうか

LoRaWAN基地局はLTEの届くギリギリに設置し、そこからLoRaWANで中継してトラクターに固定基準局からの補正情報を送ることで、高精度な位置制御を行い、自動操舵を実現している。

さらに鳥獣罠検知や水位管理、作業者の安否確認などもLoRaWANを使ったネットワークで実現することで、人口減少下でも安心して作業できる町づくりを目指しているとのことだ。

3.宮城県登米市

2023年より、JAみやぎ登米のカントリーエレベーターにLoRaWANゲートウェイを設置した縁で、宮城県立登米総合産業高校への出前授業を実施している。同校は農業科、機械科、電気科、情報技術科、商業科、福祉科を擁し、産業スペシャリストの育成を目指している。

  • 登米総合産業高校において出張授業を行った。詳細はIIJ Engineers Blogの記事を参照していただきたい

出前授業では農業科を対象に、実際に水田センサーの体験や、データの見方、活用法の考案、ワークショップ形式での発表などが実施されている。まだ2年目ということもあり、IIJも学校側もお互いに手探り状態のようだが、将来の農業を担う若者への啓発は大変重要な事業である。

4.千葉県白井市

IIJのデータセンター(白井キャンパス)が置かれている千葉県白井市だが、梨の生産量日本一の千葉県の中でも梨の名産地として知られ、北に印旛沼を抱え、稲作も盛んな地域だ。しかし高齢化や離農といった問題も抱えている。

IIJとしては、東京の本社から近い地域で、実際に圃場で稲作を行い、課題や苦労を経験できる場所を求めていたが、白井市はこの条件に合致している。また市側も問題解決に向けて、スマート農業促進を目指しており、両者の思惑が合致したことで、市と協力してスマート農業の実証実験を実施している。

  • 白井市に約68haの圃場を借り、実証実験中。今年度はすでに収穫も済ませているとのこと

水田でのメタン抑制により得られたカーボンクレジット(温暖化ガスの排出量を売買する仕組み)は白井市のデータセンターでのCO2排出権にも活用し、カーボンクレジットの地産地消を目指していく。また、将来的には梨の路地栽培などにもスマート農業の取り組みを進めていきたいとのことだ。

5.神奈川県箱根町

箱根町の芦ノ湖では、IIJとNTT東日本、芦ノ湖漁業協同組合、フルノシステムズが共同で、無線通信を活用したデジタル監視・管理の実証実験が行われている。芦ノ湖は釣りの名所としても有名だが、広い芦ノ湖で釣り人の監視や、水温の情報などを、低消費電力通信技術(LPWA)を使って行うことになった。

  • 人力だけではカバーするのが難しい広い湖上でも、カメラによる自動認識で常時監視が可能になる。また水温も適宜取得され、釣り人はスマートフォンなどで確認できる

LPWA技術としては、LoRaWANに加えて「Wi-Fi HaLow」が使われる。Wi-Fi HaLowは「IEEE802.11ah」として規格化されたWi-Fiに属する技術で、920MHz帯を使う。通信距離はおよそ1km程度だが、100kbps~1Mbps程度と、映像も送信可能な通信速度が特徴(LoRaWANは最大でも数十kbps程度)。1時間に電波を飛ばしていいのが6分までという制限があるが、フレームレートやビットレートを大幅に落とすことで運用できる。

芦ノ湖では釣り人を監視するカメラにWi-Fi HaLowを、水温センサーにLoRaWANを使うというように、複数のLPWAが混在するネットワークでの運用となっている。また、基地局の電力は太陽光発電パネルを使って供給するため、日差しが十分取れる場所を確保するなど、運用面での知見も得られているようだ。

「農業」に留まらない「スマート農村」へ

今回の事例を見てもわかるように、スマート「農業」といいつつ、適用される分野は幅広い。高齢化や人材不足、環境変動による変化といった問題は、農業だけでなく漁業や畜産、林業など、いわゆる第一次産業全体に共通する問題だ。またスマートIoTのバックボーンとなるLPWAも、携帯網がカバーできない僻地や山間部などを情報化するのに役立つ。農村丸ごとの情報化による「スマート農村」化は、地域活性化にもつながるわけだ。

折しも今夏は米不足が問題になっていたが、食料自給率の維持は国の根幹を支える重要な問題。その解決のためにも、スマート農業事業の普及と成功を祈るばかりだ。