ASUSから、AMDの最新APU「Ryzen AI 9 HX 370」を搭載するAI PC新モデル「Vivobook S 16 M5606WA-AI9321W」が登場した。処理能力50TOPSを誇るAIエンジンをプロセッサに内蔵することで、PC内で高速にAI処理をこなせる点が大きな特徴となっている。

  • ASUS 「Vivobook S 16 M5606WA-AI9321W」

「Copilot+ PC」の要件は満たすも、現時点でCopilot+ PCとはなっていない

Vivobook S 16 M5606WA-AI9321W(以下、M5606WA)の最大の特徴は、プロセッサとしてAMDの最新APU「Ryzen AI 9 HX 370」を搭載している点だ。

Ryzen AI 9 HX 370は、AMDが6月に発表した「Ryzen AI 300シリーズ」に属するAPU。Ryzen AI 300シリーズの詳細は、大原雄介氏のこちらの記事で詳しく解説されているのでそちらをご覧いただくとして、最大の特徴となるのが、処理能力「50TOPS」のNPU「XDNA2」を内蔵している点だ。従来のRyzenシリーズに搭載していたNPU「XNDA 1」は処理能力が10TOPSだったことを考えると、処理能力が5倍に強化されている。

これにより、従来のRyzenシリーズでは対応できなかった、マイクロソフトが提唱するAI PC「Copilot+ PC」の最小システム要件である、NPUの処理能力「40TOPS」をクリアしている。同時にM5606WAではメモリが標準で32GB、内蔵ストレージは標準1TBのSSDをそれぞれ搭載しており、Copilot+ PCの最小システム要件を問題なくクリアしている。

しかし、この原稿を執筆している8月頭の段階では、ASUSはM5606WAを明確にCopilot+ PC準拠とはしていない。また、Copilot+ PCで利用可能となるAI関連機能も、M5606WAでは利用できない状況だ。

  • Vivobook S 16 M5606WA-AI9321Wは、マイクロソフトが定める「Copilot+ PC」のシステム要件を満たしているものの、現時点では、Copilot+ PCとして認定されていない

M5606WAのハードウェアスペック的には、NPUも含めてCopilot+ PCのシステム要件を満たしているものの、なぜそういったことになっているのか。この点マイクロソフトに確認してみたところ、搭載APUのRyzen AI 300シリーズについて、現時点でCopilot+ PCで必要とされるパフォーマンスが問題なく発揮されるか検証中で、確認が取れた段階でCopilot+ PCとして認定されることになる、とのことだった。また、そのタイミングについても現時点では未定なのだという。

つまり、Ryzen AI 300シリーズを搭載し、Copilot+ PCのハードウェア要件を満たしているとしても、マイクロソフトの検証が終わらない限りCopilot+ PCとしては認められない、というわけだ。

ハードウェア要件を満たしているにも関わらずCopilot+ PCとして認められないというのは、なんとも奇妙な話だ。とはいえ、今後検証が完了すればCopilot+ PCとして認定され、Copilot+ PCのAI関連機能が利用できるようになるので、その点は心配無用と考えていいだろう。

このように、M5606WA現時点でCopilot+ PCではないかもしれないが、ひとつSnapdragon搭載のCopilot+ PCに対する優位点がある。それは、アプリの互換性問題が一切存在しない、という点だ。

Snapdragon搭載のCopilot+ PCでは、搭載プロセッサーがArmプロセッサーベースということもあって、x86/x64ベースのアプリは「Prism」というエミュレータを通して動作させるようになっているため、どうしても正常に動作しないアプリが存在する。

しかしRyzen AI 9 HX 370はそもそもx64ベースのプロセッサーなので、そういった互換性問題が発生することなく、既存アプリも基本的に問題なく利用できる。業務でx86/x64ベースの独自アプリを利用する必要がある場合など、互換性を気にせず利用できるという点は、大きな利点となるはずだ。

Vivobookシリーズ同様すっきりデザインの本体

M5606WAがCopilot+ PCかどうかについてはひとまず置いておき、ここからは通常のノートPCとしてM5606WAを見ていくことにする。

本体デザインは、Vivobookシリーズらしいシンプルなものとなっている。今回の試用機はカラーがブラックだったため、非常に重厚な印象もあるが、天板にASUS Vivobookのロゴがある以外に目立つ装飾は一切ない。また、直線的なデザインを採用していることもあって、全体的にすっきりとした印象を受ける。

サイズは353.6×246.9×13.9~15.9mm。ディスプレイサイズが16型ということもあって、フットプリントは比較的大きいが、ディスプレイ周囲4辺とも狭額ベゼル仕様となっているため、16型ノートPCとして考えるとなかなかコンパクト。そしてなにより高さが13.9~15.9mmと16mmを切る薄さを実現している点も大きな魅力だ。

  • Vivobookシリーズらしいシンプルですっきりとしたデザインが特徴

  • フラットな天板はVivobookのロゴはあるが、目立つ装飾は皆無。試用機はブラックだったこともあってシンプルながら重厚な印象

  • 本体正面

  • 左側面。高さは13.9~15.9mmと、16型ノートPCとしてはかなりの薄さだ

  • 背面

  • 右側面

  • 底面。フットプリントは353.6×246.9mm。ディスプレイが4辺狭額ベゼル仕様のためフットプリントもなかなかコンパクトだ

そして重量は、公称約1.5kg、実測では1,556gと、こちらも16型ノートPCとしてはかなり軽い。実際に手に持ってみても、サイズの影響もあってかなり軽く感じる。しかも衝撃や振動など、米国国防総省調達基準「MIL-STD 810H」準拠の堅牢性テストをクリアする優れた堅牢性も確保している。

M5606WAは、そもそもモバイルPCではないかもしれないが、この本体の薄さと軽さ、優れた堅牢性なら、モバイル用途にも問題なく対応できるだろう。

ポート類は、左側面にHDMI、USB 3.2 Gen1 Type-C×1、USB4×1、microSDカードスロット、3.5mmオーディオジャックを、右側面にUSB 3.2 Gen1 Type-A×2をそれぞれ用意。可能なら有線LANも用意してもらいたかったところだが、ポート類に関しては必要十分だ。

生体認証機能は、Windows Hello対応の顔認証カメラを搭載。指紋認証は非搭載だが、顔認証が搭載されているので大きな問題はないだろう。このカメラは207万画素のWebカメラとしても利用でき、カメラ自体を物理的に覆うプライバシーシャッターも備えている。

  • 重量は実測で1,556gと、16型ノートPCとしてはかなりの軽さ。堅牢性にも優れており、携帯利用も十分狙える

3,200×2,000ドット表示対応の16型有機ELディスプレイ搭載

ディスプレイは、3,200×2,000ドット表示対応の16型有機ELパネル「ASUS Lumina OLED」を採用している。有機ELディスプレイということで、申し分ない表示品質を備える。発色性能はDCI-P3カバー率100%の広色域表示に対応し、PANTONE認証も取得。コントラスト比も優れており、Display HDR True Black 600準拠のHDR表示に対応。

実際に写真や動画を表示してみても、鮮やかな発色はもちろん、明るい場所は色飛びすることなく、暗い場所はまるで漆黒かのような黒が再現され、非常に高品質な表示を確認できた。これなら、プロの映像クリエイターも全く不満がないはずだ。

また、120Hzの高リフレッシュレート表示にも対応し応答速度も0.2msと高速なため、動画を見たりゲームをプレイする場合でも、残像や入力と表示のラグが気になることはほとんどない。1点気になるのは、ディスプレイ表面が光沢仕様となっている部分。そのため、外光の映り込みは少々気になってしまうが、発色の鮮やかさは光沢パネルだからこそという部分もあるので、実際に家電量販店などの展示機で確認してみてもらいたい。

キーボードはVivobook Sシリーズ同等

キーボードは、Vivobookシリーズに搭載されているキーボードとほぼ同等のものとなっている。配列は日本語で、キーの間隔が開いたアイソレーションタイプ。本体サイズが大きいためテンキーも搭載している。主要キーのキーピッチは19mmフルピッチで、ストロークも2mほどの深さがある。キータッチは適度な硬さで、クリック感もしっかり感じられるので、打鍵感も良好だ。

ただ、他のVivobookシリーズのキーボードも同様だが、英語配列をベースとして一部キーを分割するなどして日本語化している。分割キーは隣のキーとの隙間が狭く、間違って押す可能性が高いこともあって、少々残念だ。とはいえ、慣れれば問題なくタッチタイプも可能だろう。

標準でキーボードバックライトを搭載しているが、このバックライトはフルカラーで発色を選べる点は面白い。ゲーミングキーボードのようにキーごとに発色を変えられるわけではないが、気分に合わせてバックライトの発色を変えられることで、PCにも個性を求める人にとって嬉しい部分となりそうだ。

  • もちろんCopilotキーも搭載している

  • 本体サイズが大きいためテンキーも備えており、快適な数字入力が可能

  • 英語キーボードを日本語化しているため、一部キーが分割搭載となっている点は残念

ポインティングデバイスは、クリックボタン一体型のタッチパッドを搭載。サイズが非常に大きく、ジェスチャー操作も非常にやりやすい。キーボードのホームポジションに合わせて搭載している点も、扱いやすい部分だ。この他、パッド左端の上下スライドでボリューム調節、右端の上下スライドでディスプレイの明るさ調節が行える点も便利だ。

  • 大型のポインティングデバイスはジェスチャー操作もやりやすい。また左右の端を上下にスライドさせるとディスプレイの明るさやボリューム調節か可能な点は便利

ASUS独自AIアプリ「StoryCube」を搭載

冒頭にも紹介したように、8月頭時点ではM5606WAは、ハードウェア要件は満たしているもののCopilot+ PCとして認定されていない。そのため、8月頭の時点でまだ実装されていない「リコール」はともかく、画像生成機能「コクリエイター」や「イメージクリエーター/リスタイル」、カメラで撮影した映像に効果を加える「Windows Studio エフェクト」など、Copilot+ PCで利用できるAI関連機能も利用できない状態となっている。

これらAI機能は、Ryzen AI 300シリーズ搭載PCがCopilot+ PCとして認定された後に利用可能になるはずだが、現時点で利用できないのはかなり残念だ。とはいえ、今後も利用できないというわけではないため、大きく悲観する必要はないだろう。

それの代わりというわけではないものの、M5606WAにはASUS独自のAIアプリが搭載されている。それが「StoryCube」だ。StoryCubeは、Snapdragon X Elite搭載のCopilot+ PC「Vivobook S 15 S5507QA」にも搭載されている、AIで写真を管理するアプリだ。AIで写っている人物やシチュエーションを解析し、自動で分類してくるというもので、膨大な写真も簡単に管理できる。

現時点でStoryCubeは、AI処理にRyzen AI 9 HX 370のNPUを利用していないようだ。ASUSはAIをより身近に活用してもらいたいとの考えから、独自AIアプリを用意しているそうで、NPUを活用したAIアプリについても積極的に展開する計画とのことだ。現在AIといえば生成AIが特にもてはやされているが、それ以外にもAIが活躍する場面は多く、独自AIアプリなど積極的なAI活用でユーザーの利便性向上を目指しているASUSの姿勢は好印象だ。

  • ASUS独自のAI写真管理アプリ「StoryCube」をプリインストール

  • 写真を保存したフォルダを指定しておけば、写真を解析して人物やシチュエーションなどで自動で分類し整理してくれる

Ryzen AI 9 HX 370のパフォーマンスはかなり優れる

では、ベンチマークテストの結果を見ていこう。まずはじめにPCMark 10の結果だが、なかなかの高スコアが得られた。Core Ultra搭載PCはもちろん、第13世代Core i7搭載PCの結果などと比較しても優れたスコアが得られていることから、Ryzen AI 9 HX 370の性能の高さがよくわかる。

  • PCMark 10の結果は競合プロセッサのスコアを大きく凌駕しており、Ryzen AI 9 HX 370が優れた性能を発揮することがよくわかる

同様にCINEBENCH R23の結果もCore Ultra搭載PCの結果を大きく凌駕しており、Ryzen AI 9 HX 370の処理能力の高さがよくわかる。12コア24スレッド処理対応ということで、マルチスレッド処理能力が優れるのはもちろんだが、シングルコア性能も申し分なく、映像処理などの高負荷な作業を行う場合でもパフォーマンスで不満を感じることはなさそうだ。

  • CINEBENCH R23の結果も非常に優れており、処理の重い作業も軽々こなせるだろう

そして、3DMarkの結果もかなりの高スコアだった。Ryzenシリーズは、そもそも優れた描画性能を備えるグラフィックス機能を統合している点が大きな魅力だが、Ryzen AI 300シリーズでは「RDNA 3.5」世代の「Radeon 800M」シリーズを統合し、描画能力をさらに強化している。3DMarkの結果が優れていたのはそのためだが、これだけのスコアなら3Dゲームも十分快適にプレイできるはずで、大きな魅力となるだろう。

  • 3DMark Night Raidの結果

  • 3DMark Time Spyの結果

もともとRyzenシリーズの内蔵グラフィックス機能は優れた描画能力に定評があるが、Ryzen AI 9 HX 370は進化したグラフィックス機能を内蔵しており、3D描画性能も申し分ない。

最後にバッテリー駆動時間だ。M5606WAの公称の駆動時間は、動画再生時で約7.2時間、アイドル時で約11時間(JEITA測定法3.0での数字)となっている。そして、PCMark 10に用意されているバッテリーテスト「PCMark 10 Battery Profile」の「Modern Office」を利用し、ディスプレイ輝度50%、キーボードバックライトオフの状態で検証してみたところ、10時間46分を記録した。

そもそもモバイル用途を想定した製品ではないが、これだけ長時間駆動が可能ということなら、モバイル用途での活用も全く不安がない。

  • バッテリー駆動時間も「PCMark 10 Battery Profile」の「Modern Office」で10時間46分となかなかの長時間駆動を確認できた。これならモバイル用途にも十分対応可能だろう

本領発揮はCopilot+ PCの認可が得られてからか

今回見てきたようにM5606WAは、Copilot+ PCのシステム要件を満たしているにもかかわらず、現時点ではCopilot+ PCとして認可されておらず、Copilot+ PCのAI機能が利用できないという、ちょっと残念な状況となっている。先にも書いたように、これはマイクロソフト側の問題で、どうしても納得いかないのも事実だ。

もちろん、M5606WAがCopilot+ PCに準拠するスペックを備えているのは間違いなく、将来的にはCopilot+ PCとして認可されることになる。そのタイミングは現時点では不明だが、M5606WAの本領が発揮できるようになるのは、それ以降になると考えていいだろう。

ただ、現時点でCopilot+ PCのAI機能が利用できないとしても、Ryzen AI 9 HX 370の優れた処理能力は大きな魅力だ。高画質有機ELディスプレイの搭載も合わせ、ビジネスやホビー、マルチメディア処理など、幅広い用途に柔軟に対応できるノートPCと言える。将来性も合わせて、広くお勧めできる製品だ。