King & Princeが5月にサブスク配信を解禁したというニュースを目にし、キンプリ好きな筆者はさっそくチェックしてみた。Apple MusicやSpotify、Amazon Music、AWAといった各種音楽ストリーミングサービスでは、先行配信された新曲「halfmoon」「moooove!!」だけでなく、デビュー曲「シンデレラガール」を含む計63曲が一気に配信開始。ティアラ(キンプリファンの愛称)のみなさんだけでなく、ドラマや映画で耳にしたあの曲聴いてみたい、とキンプリに詳しくない人も満足できるラインナップになっている。
筆者はこれまでCDを購入してPCでリッピングし、iTunes経由でiPhoneに転送してキンプリの曲を聴いていたのだが、これからはその手間を省いてサブスクで簡単に曲が聴けるようになるので、非常にありがたいことだ。
しかし、Apple Musicのキンプリの曲を聴いていたら、なんとなく楽曲の聴こえ方がこれまで違うことに気付いた。サブスク配信にあたりリマスターされたのかと思い調べてみると、なんとApple Music限定で全曲がドルビーアトモス(Dolby Atmos)版として配信されているとのこと。キンプリはかつてユニバーサルミュージックとジャニーズ事務所(現・STARTO ENTERTAINMENT)が共同で立ち上げたレーベルの第一弾アーティストだっただけに、サブスク解禁にもかなり気合が入っているようだ。
今回、キンプリの楽曲がドルビーアトモス対応で配信された経緯などを取材したいと考えていたタイミングで、ユニバーサルミュージックジャパンからドルビーアトモス対応新スタジオの見学案内があったので、絶好の機会ということで参加してきた。
日米間でリアルタイムに楽曲を同時制作可能に
ユニバーサルミュージックジャパンの本社は、2018年に東京・神宮前へ移転。キンプリのCDデビュー発表もこの新社屋で行われたそうだ。今回見学した新スタジオ「Augusta Studio」(オーガスタスタジオ)は、米国にある世界有数の音楽スタジオ「Capitol Studios」(キャピトルスタジオ)と同じ再生環境を構築した国内唯一のレコーディングスタジオであり、この3月から一部で運用が始まっているそう。
同スタジオでは、世界進出を掲げCapitol Records(キャピトル・レコード)からデビューしたTravis Japanも楽曲の制作を行ったそうだ(国内ではユニバーサルミュージックジャパンからデビュー)。
音楽スタジオはスタジオごとに機材環境が異なり、同じ音源データでも低音の響き具合など聴こえ方が多少異なるのが一般的。しかし、この新スタジオはスタジオ内の15本のスピーカーや音響調整を米国のキャピトルスタジオに合わせ、同じ周波数特性を実現しているのが特徴だ。
また、収録した音源データをクオリティを保ったまま、日本と米国でほぼリアルタイムに送り合える通信技術も導入されており、日米のアーティストや音楽プロデューサーが互いのスタジオで“同じ音”を聴きながら楽曲制作を進めることができるという。昨今は日本のアーティストが海外のアーティストやプロデューサーと組んで海外進出することも増えているため、それをサポートすべくこのような環境が構築されたそうだ。
たとえば、海外で制作されたオケ(ボーカル以外の楽器で演奏された音源)をもとに日本でボーカル録音を行い、録ったばかりの歌声を乗せた楽曲を日米で同時に聴きながら、細かな調整をビデオ会議しながら詰めていく、といったことが可能になる。大勢のスタッフを引き連れて海外レコーディングに行く必要がなく、日本にいながら海外のクリエイターたちと共同作業ができるようになるのだ。技術の進化がアーティストの創作の幅を広げる好例といえよう。
立体音響化の波に対応する制作環境を日本にも
また、海外基準の音響設計やリアルタイム通信だけでなく、日本の新スタジオにはもうひとつ大きな特徴がある。それが最新の立体音響技術であるドルビーアトモスに対応した音楽スタジオである、という点だ。
近年ドルビーアトモスに対応した楽曲制作の流れが加速しており、米ビルボードの2023年の年間ヒットチャート上位100曲のうち、85%がドルビーアトモスに対応しているそうだ。アメリカではすでに新曲だけでなく、過去のヒット曲などもドルビーアトモス用に新たにミキシングされ直され、ストリーミング配信などで気軽に聴けるようになっている。
一方、日本はまだ対応率が35%程度となっており、海外に比べ普及が遅れている。日本ではCDがまだ根強く支持されているなど、音楽市場をとりまく日米の環境の違いといった理由もあるのだろう。
そもそも、立体音響に対応した楽曲を制作するためには、いままでの音楽スタジオと何が違ってくるのか?
一般的な楽曲は、左右2チャンネルのスピーカーもしくはイヤホンやヘッドホンで聴かれることを想定したステレオ音声になっており、制作スタジオのスピーカーも左右のふたつあれば十分だった。一方で立体音響は左右に加え、前後・上方などにもスピーカーがあることを想定しており、ユニバーサルの新スタジオでは最大9.1.4chの立体音響に対応した計15本(フロント×3、サイド×4、リア×2、天井×4、サブウーファー×2)のスピーカーによる再生環境を備えている。これにより360度に自由に音を配置でき、立体音響に対応した楽曲の制作も可能になる。
このスピーカーは先に説明したように、米国キャピトルスタジオの音響設計に準拠したもの。フロント3つのスピーカーはキャピトルスタジオのものとまったく同じものを、それ以外のスピーカーは同シリーズのものを採用しているそうだ。ちなみにすべて英PMC製となっている。
聴き比べれば“一聴瞭然” 圧倒的な広がりと没入感に感動
さっそく、この素晴らしい音響設備でユニバーサルミュージックの楽曲を聴いた。違いを実感するため、ステレオ版とドルビーアトモス版の両方を聴き比べている。
まず聴かせてもらったのが、海外アーティストのティエスト & セブン(Tiësto & Sevenn)のEDM曲「BOOM」。ステレオ版は重低音とともに目の前にクラブの景色が広がるような印象だったが、ドルビーアトモス版ではさまざまな音が前後左右に動きまわり、頭上からも音が降り注いでくる。まるで本物のクラブ空間に瞬間移動してきたような気分だ。立体音響とはどのようなものなのかが、とてもわかりやすく作られている。
続いて、キンプリの「ツキヨミ」を聴かせてもらう。聴き慣れたステレオ版に比べドルビーアトモス版のほうが空間が広く感じられ、音の分離がハッキリしてひとりひとりの歌声が聴き分けやすくなっている。5人が入れ替わりながらメインのメロディを歌いつつ、そこにコーラスが繊細に重なっていき、5人がステージでパフォーマンスしている様子が目に見えるような感覚を味わえる。それほど5人の声の存在感がリアルで、キンプリってこんなすごい曲を歌ってたんだ……と改めてそのクオリティの高さに驚かされてしまった。
何度も聴いてきた楽曲も新鮮な驚きをもって楽しむことができたので、これまでCD音源しか聴いたことがない人は、ぜひApple Musicでドルビーアトモス版も聴き比べてほしい。
このドルビーアトモス版については、Apple Music内のラジオ番組「J-Pop Now Radio」でキンプリの2人が実際に聴いた感想なども語っているので、あわせてチェックするとよいだろう。
このほか、宇多田ヒカルの「Automatic」や、ジャズ・クラシックの楽曲なども試聴したが、いずれも音の広がりが自然で別次元のクオリティに仕上がっていると感じた。音楽視聴時にステレオかドルビーアトモスか選べるのなら、ドルビーアトモス一択だ。
なお、ドルビーアトモスなどの立体音響を楽しむ方法は、現在は音楽ストリーミング配信やネット動画サービス、もしくはブルーレイディスクに限られており、再生機器もそれらに対応している必要がある。Apple Musicで空間オーディオを楽しむためには、AirPodsやBeatsのイヤホンなどの空間オーディオ対応機器を用意する必要があり、誰もが気軽に楽しめる環境にあるとはまだ言いにくい。しかし通常のステレオ再生の違いは明白で、いずれ対応サービスや機器も増えていくだろう。
音楽シーンは立体音響で次の次元へ
今回、ユニバーサルミュージックジャパンの新スタジオを見学して、なぜキンプリがサブスク配信にあたりドルビーアトモス版を制作したのか、その理由が垣間見えた気がした。世界的に主流になりつつある立体音響への対応は日本のミュージックシーンにとっても急務であり、日本の音楽が海外進出を果たすためにも欠かせない要素となっている。ユニバーサルのように世界規模で展開している企業なら、なおさらだろう。
また、新たに制作される曲だけでなく、過去の楽曲もミックスダウンをやり直すことで立体音源に対応できることがわかり、その違いも非常にわかりやすかったので、ハイレゾ音源以上に一般に受け入れられるポテンシャルがありそうだ。
再生環境のアップデートが必要ではあるものの、ドルビーアトモスが新しいスタンダードになる日も近いかもしれない。まずはキンプリファンは、Apple Musicでドルビーアトモス版を聴いてみることをオススメしたい。