エレコムから2023年11月に登場したトラックボール新シリーズ「IST」(イスト)。トレンドのエルゴノミクス形状を採用するとともに、より滑らかな操作性を追求したということで、特に親指操作タイプでは珍しいベアリング搭載モデルがトラックボール愛好家の注目を集めています。
ボールの支持に人工ルビーを用いたモデルが先行して11月に発売され、本命のベアリングモデルは品質向上のための設計変更により発売が延期されていましたが、3月末にいよいよ発売されました。
今回はBluetooth版の人工ルビーモデル(M-IT10BRBK:実売価格7,480円)と交換用のベアリングユニット(M-BS10:実売価格2,380円)をお借りして、人工ルビー/ベアリングの両方で使い心地を試してみました。
エルゴ形状だけど大きすぎない、日本メーカーらしい良バランス
トラックボールというと10年ほど前までは時代の流れとともに消えてしまいそうなほど細々と生き残っているマイナーな存在でしたが、2017年にロジクールがフラッグシップモデル「MX」シリーズの一員として「MX ERGO」を発売したこと、コロナ禍のリモートワーク特需で仕事のためのデバイスを自ら選ぶ人が増えたタイミングで「マウスより手首や腕への負担が少なく疲れにくい」という長所が再注目されたことなどが追い風となり、近年勢いを増しているジャンルです。
エレコムは特に精力的に製品展開を続けているメーカーのひとつで、ISTシリーズのほかには、親指操作タイプの高級機「EX-G PRO」、人差し指操作タイプの「DEFT PRO」、52mm径の大型ボールを採用した人差し指・中指操作タイプの「HUGE」があります。変わり種で言えば、先代のEX-Gトラックボールには左手用モデル(M-XT4DRBK)までありました。
ここに来て親指操作タイプの主力を新シリーズに切り替えた意味はやはり、今のトラックボール界の勢いは「エルゴノミックデバイスとしての評価」を前提としているからでしょう。
かつては、親指操作タイプのトラックボールは「トラックボールという未知のデバイスのなかでは、使い慣れたマウスに近い形状で取っ付きやすい」という意味での親しみやすさがあったと思います。しかし、今の新規層の傾向を考えると、SNSや動画などでトラックボールの認知がぐっと広まったうえに、そもそも“普通のマウス”の利用経験がなくノートパソコンの内蔵タッチパッドからトラックボールに直でステップアップしてくるケースも多いのではないでしょうか。つまりはマウスっぽさにとらわれなくても、「変わったカタチだけど使いやすい」というアプローチが受け入れられる環境になってきていると言えます。
あらためてISTトラックボールを観察してみると、クリックボタンなどがある面を大きく右に傾けて自然な角度で負担なく手を添えられるようになっており、近年の親指操作タイプのトラックボールではよく見られるエルゴノミクス形状です。ロジクールの普及モデル「ERGO M575」と比べると大胆に傾斜を付けてあり、MX ERGOなどに近い角度です。
筆者はトラックボール歴13年ほどで普段はM575を使っていますが、過去にはMX ERGOやもっと極端な形状の「Kensington Pro Fit Ergo Vertical」を使っていた時期もあります。しかし、いずれも結局使わなくなり「どうも最近流行りのエルゴ系は合わないなぁ……」とクセの少ないM570やM575に落ち着いていました。
その理由としては、「手首を立てると楽」という効果自体はたしかに実感できたものの、全体的なサイズ感がしっくり来なくて逆に疲れたりおっくうに感じてしまったということが挙げられます。
基本的にマウスのように動かす必要がないとはいえ机の上でちょっとスペースを空けたりポジションを調整するためにつかんで移動させることは多いですし、あまり極端に背の高いものだとキーボードとの間で右手を行き来させる際に不都合を感じます。そして、手を横から添えるようにして使う形状のデバイスでは、普通のマウスのように上から手を置くよりも使い方でカバーしづらい分、ボタンやボールの位置関係が手に合わないと負担になります。
その点では、ISTトラックボールは「手首を楽な角度に起こせる形状」と「収まりの良いサイズ」をうまく両立できており、快適に使えました。背が高くしっかりと角度が付けられている割に、幅は狭く前後方向にも短めで、手が小さめな人でも馴染みやすいと思います。
エレコムはEX-Gシリーズのマウス形状に医師の助言を取り入れるなど人間工学に基づいたデバイス作りを続けてきたメーカーで、このあたりはお手の物なのでしょう。また、トラックボールに力を入れているメーカーのなかでは数少ない日本メーカーということもあり、日本人の手に馴染むエルゴノミックトラックボールに仕上がっています。
人工ルビーとベアリング、どちらを選ぶ?
地味な話から入ってしまいましたが、最大の注目点はやはり支持ユニットの交換ギミックとベアリングの採用でしょう。
光学式トラックボールの大まかな仕組みとしては、指で転がして操作するボールの下にセンサーがあり、光の反射でボールの動きを読み取ってカーソルの動きに変えています。そして、軽い力でスムーズに動かせるように操作球を浮かせておく支持球というものがあって、親指操作タイプの場合はアルミナセラミックや人工ルビーで出来た小さな玉を使って3点で支えているのが一般的です。
ISTトラックボールでは、この支持部分を人工ルビーとベアリングの2種類から選べます。それも購入時に一度選んでおしまいではなく、着脱可能なユニット化されているため後から好みに応じて変えることも可能です。こんなニッチな部分にこだわったトラックボールは他に見たことがありません。
まずは一般的な人工ルビーの支持ユニットを装着した状態で使ってみると、そのままでも十分なめらかに動きます。親指操作タイプのトラックボールに多い直径34mmのボールではなく直径36mmと少し大きめのボールが使われていて、何度も指を往復させることなくワンアクションで広範囲のカーソル移動ができるのも好印象です。
本体・交換パーツのどちらにも付属している専用ツールを使って、8mm×7mmほどの小さなパーツを慎重に外し、ベアリングユニットに交換してみます。上から見て、3カ所ともベアリングが縦に回るように取り付けるのが正しい向きです。
交換前後のフィーリングの違いは、少し触ればすぐにはっきりと分かります。人工ルビー支持では若干ボールが擦れる、引きずるような感触がありましたが、ベアリングにするとただスムーズに回っていき、勢いを付けて転がした際の空転時間も長くなります。長距離のカーソル移動など大きな動きが楽になるので、大画面・高解像度のマルチモニター環境などでは特に効果的です。
その分、画像編集ソフトのスライダー操作など細かな操作をする際には「止め」に慣れが必要ですが、すでにトラックボールを使い慣れている人なら1時間も触れば違いに慣れるだろうという程度でした。
また、ベアリング支持には動きのなめらかさ以外にも隠れたメリットがあります。固定された小さな点で支える人工ルビー支持の場合は、使っていくうちに支持球の周りに汚れが溜まっていき回転の妨げになるため、こまめに操作球を外して支持球の周りを掃除する必要があります。ベアリングの場合はこの詰まりが起きにくく、メンテナンスの頻度を下げても快適な動作を保てるのも良いところです。
ミネベアミツミ製の高性能ベアリングを用いたベアリングユニットは、交換パーツ単体で実売2,000円台中盤。人工ルビーモデルとベアリングモデルの差額もやはり実売価格で2,000円ほどあります。
操作のフィーリングだけで言えばベアリングモデルを広くおすすめしたいところですが、音の問題には注意。なるべくボールから指を離さず操作する分には人工ルビーモデルとさほど変わりなく静かに使えますが、勢いを付けて大きく動かすとシャーッとベアリングの回る音がするので、静かなオフィスなどでは気をつかうかもしれません。
もっとも、好みや利用環境にあわせてカスタマイズできるのもISTの長所ですから、予算に余裕があれば「人工ルビーモデル+ベアリング交換ユニット」または「ベアリングモデル+人工ルビーユニット」の組み合わせで買って使い比べてみるのがベストでしょう。