Appleが9月22日に、Apple Watch Series 9、Apple Watch Ultra 2を発売しました。また昨年登場したApple Watch SEについても、スポーツループとの組み合わせで「カーボンニュートラル」を達成する初めてのApple製品として肩を並べました。
今回の新製品で最も注目すべきポイントは、新モデルに内蔵された「S9」SiPです。近年、Apple Watchの処理性能そのものは小幅な進化にとどまっていたように思われましたが、S9については大きな進化を遂げています。
今回は“手首のコンピュータ”の新しいチップに込められた可能性について、掘り下げます。
そもそも、SiPとは?
Apple Watchは登場時から、「SiP」といわれる心臓部が与えられてきました。SiPは「System in Package」の略で、1つのパッケージの中に必要とされる機能をまとめる方法を指します。
iPhoneに採用されているAシリーズのチップは「SoC」(System on a Chip)と呼ばれ、必要な機能を1つのチップの上に載せる手法です。量産化で1つあたりのコストを下げる際に用いられますが、チップですべてを賄うため、開発が難しく、開発の期間も長期化するのが一般的です。
その点、SiPは構造上の制約が少なく、また平面だけでなく縦に重ねたり、パッケージ同士を重ねることもでき、より多くの機能を小さなスペースに盛り込むこともできるようになります。
Apple WatchにSiPが採用される背景は、最終的な製品のサイズに関係します。手首に収まるサイズにすべての機能を納める都合上、パッケージを採用した方が有利ということになります。
S9チップの進化
さて、2023年モデルのApple Watchに搭載されたS9 SiPは、集積度をさらに増しており、これまでよりも60%多いトランジスタを搭載したCPUと、8コア化され30%高速化したGPUを備え、さらに4コア化されたニューラルエンジンを搭載しました。
Apple Watch自体のサイズが変わっていないなかで集積度が増しているということは、より微細な製造プロセスによって作られていることを表します。取材を通じて、S9はA16 Bionicと同じ4nmプロセスによって作られていることが分かりました。
一般的に微細化は、同じサイズにより多くのトランジスタを納めることができ、高速化や省電力化といったメリットを生み出します。Appleによると、S9は、S8に比べて25%もの省電力性を実現したそうです。加えて、機械学習タスクもコア数が2倍になり、高速化を実現しました。
これらは、最新のwatchOS 10、あるいは今後のOSやアプリを実行する上での基盤となる性能となります。しかし、S9によって実現できるようになったことは、これだけではありません。
ディスプレイの明るさが向上
Apple Watch Series 9では、1,000ニトだった最大輝度を2,000ニトへ、Apple Watch Ultra 2では、2,000ニトだった最大輝度を3,000ニトへ、それぞれ明るさを増しています。同時に、集中モードが睡眠になっている時は、最小輝度を1ニトとし、夜寝ているときに睡眠を妨げない、刺激の少ない明るさを実現しています。
これには、何度か聞き返してしまうほどビックリしたのですが、S9を搭載したことによって、ディスプレイの最大輝度を大幅に向上できたというのです。実際、ディスプレイパネルなどのコンポーネントは変更を加えておらず、省電力性を高めることで、輝度の制限を緩めることができた、というカラクリになります。
Series 8や初代Ultraに搭載されていたS8に比べて、S9は25%省電力性が向上し、引き続き18時間のバッテリーライフを維持しています。ただ、常時点灯ディスプレイをオフにするなどの工夫をすることで、この時間は十分に引き延ばすことができます。
さらに省電力モードでは、Series 9でも36時間の連続使用時間を実現しており、旅行の際などに活用したいモードといえます。
特に便利な音声入力
S9が搭載され、ニューラルエンジンのコア数が倍に増えたことから、Apple Watch本体での機械学習処理が大幅に向上しています。
指先で操作を行うダブルタップも、複雑な動作条件の判断を機械学習処理を用いて実行することによって実現した機能です。この件については、Appleの担当者にインタビューした「“もう鼻先でタップする必要はありません”Apple Watch新ジェスチャー『ダブルタップ』開発者インタビュー」を参照いただければと思います。
デバイス上での処理で、個人的に最も大きな恩恵を受けるのが音声認識です。例えば、Siriでワークアウトを開始したり、届いたメッセージに音声で返信したりする際、Apple Watchの音声認識を多用しています。
これまでは、iPhoneとの連携時やセルラー通信が可能な環境では、音声をサーバー側で認識していましたが、S9搭載モデルではデバイス上で音声の聞き取りや認識を行います。iOS 17で、小型軽量で認識精度の高い新しいモデル「Transformer」が日本語の音声認識にも採用されました。これがWatchの上でも実行され、音声認識が行われている、というイメージです。
Siriについては、端末上で処理できる内容、例えばワークアウトの開始やタイマー・アラームの設定については、命令をサーバー側で処理せず、端末上だけで実行までできるようになりました。通信環境が悪いところでリクエストが実行できない、といった不便がなくなるだけでなく、実行までのスピードも大幅に短縮されます。
そして文字入力についても、比較的長い文章であっても難なく認識してくれるようになり、スピードも早まりました。今までApple Watchで音声入力やSiriを使っていなかった人も、新製品で試してみると快適さに驚くのではないでしょうか。