2023年9月のAppleイベントでは、例年通り最新モデルとなるiPhoneとApple Watchが発表された。数あるニュースの中で、筆者が最も注目し、また驚かされたのが、Apple初のカーボンニュートラル製品となったApple Watchだ。
最新モデルであるApple Watch Series 9とApple Watch Ultra 2だけでなく、2022年に登場したApple Watch SEについても、新素材を採用したスポーツループなどを選ぶことで、100%カーボンニュートラル製品となる。もともと、SEは100%再生アルミニウムでケースが作られているためだ。
Apple Watchのカーボンニュートラル化にまつわるストーリーからは、日本企業や消費者が学ぶべきことが非常に多い。
Appleは2020年までに、オフィスや直営店、データセンターなどで使う電力の100%再生可能エネルギー化を前倒しで達成し、その次は2030年までにすべてのサプライヤーの100%再生可能エネルギー転換と、すべての製品のカーボンニュートラル化を達成すべく、その取り組みを強めてきた。
2023年のApple Watchシリーズは、Apple製品の中で、初めてカーボンニュートラルを達成した商品として、2030年の目標に向けた着実な1歩となった。
どのようにカーボンニュートラルを達成したか?
Appleが、Apple Watchのカーボンニュートラル化で着目したのは「製造」「輸送」、そして「電力」だった。
製造については、再生材を30%以上使うことで、新たな資源を用いるよりも温室効果ガスの排出を削減する取り組みをしている。加えてApple Watchについては、サプライヤーの再生可能エネルギーによる製造を達成し、カーボンニュートラル化。輸送についても、50%以上を環境負荷がより低い海上輸送とし、航空輸送によるCO2排出を削減している。
このような工夫で78%のCO2排出量を削減し、残った排出量は1つあたり8kgとなった。CO2の8kgは、Tシャツを1枚製造する際にかかるCO2排出量に相当する。この残りの部分を、良質なカーボンクレジットを購入することで相殺し、カーボンニュートラルの実現に至ったのだ。
ここまでなら、Appleとパートナー企業の努力で達成してるストーリーに聞こえる。しかし、実際はそれだけではない。
Appleは、Apple Watchをユーザーが使用する際に消費する電力についても、カーボンニュートラルにすべく、クレジットを購入している。その年間の規模については数字を明かさなかったが、Apple Watchで使われる電力と、グリッド(電力網)で流れる再生可能エネルギーの割合などを考慮し、カーボンクレジット購入に資金を拠出しているのだ。
これは言うなれば、自動車メーカーがカーボンニュートラルで自動車を製造し、その車が走るためのガソリン燃焼に伴う二酸化炭素排出までカーボンニュートラルにするということだ。
ここまで踏み込んだ対策を行った点は、大きな驚きだった。
最後まで面倒を見る覚悟とアイデア
例えば、電力調達にしても、グリッドを流れる電気が再生可能エネルギーになればなるほど、Appleが顧客が使う電力のためのカーボンクレジット購入額が減少することを意味する。つまり、社会が循環型になり、二酸化炭素排出の負荷が減れば減るほど、Apple自身の負担も減っていく仕組みを作った。それだけ、持続可能な社会の追求と実現が、その社会でビジネスを行うAppleの持続性と直結しているという意思表示になっているといえる。
それにしても、Appleは顧客が使う電力のカーボンオフセットというアイデアに至ったのかも興味深い。それは、企業としてできることに限りがあることの裏返しともいえるが、そもそも顧客の電力まで面倒を見ようというアイデアに至った部分が面白いのだ。
Appleは、2022年9月にリリースしたiOS 16の機能に、米国限定ではあるが「Clean Energy Saving」という機能を加えた。米国の地域ごとに、グリッドに流れている電力がクリーンエネルギー主体になっている時間帯を把握し、できるだけその時間にiPhoneを充電するように制御すれば、iPhoneを充電する電力のカーボンニュートラルを実現できるのではないか?
そんなアイデアを、OSの機能として実装するほどに、Appleは製品の電力使用に関するカーボンニュートラルの実現に対して、熱心な取り組みをしていたのだ。
米国では「でんき予報」機能もHomeアプリに搭載
Clean Energy ChargingはiPhoneを自動制御するための機能だったが、これをHomeアプリと連動させ、Apple製品以外、あるいは人々の行動を、より環境負荷が少ない方向へと導く施策も始まった。
それが「Grid Forecast」(グリッド予報)。日本では電力会社が発表している「でんき予報」のような情報を、Apple製品で確認できるようになる。再生可能エネルギーがグリッドに流れている時間が分かるようにすることで、特に太陽光など蓄積が難しい電力を有効活用できるよう、人々の行動変容を呼びかける目的だ。
この機能はHomeアプリで提供されるため、Homeアプリが制御可能なHomeKitやThreadsのスマート家電を動かすタイミングを調整することで、より多くの再生可能エネルギーを余さず使えるようになる。
例えば、電気自動車の充電を、Grid Forecastの緑の時間帯(再生可能エネルギーがグリッドに流れている時間帯)に調整すれば、電気自動車の電力を再生可能エネルギーに転換できる。一番暑い時間帯にエアコンを動かしておいて、室温調整のための総電力を削減する自動制御に役立てたり、あるいは日々の洗濯・乾燥といった家事の時間を調整することにも可能だ。
2023年、Apple Watchを初のカーボンニュートラル製品として発表し、ユーザーが充電に使う電力までカーボンオフセットでニュートラル化したApple。人々の再生可能エネルギー使用が増えれば増えるほど、Appleのカーボンクレジット支出を減らせる。温室効果ガス削減の「仕組み」に自社内の経済性を連動させる取り組みであり、いかにしてカーボンニュートラルを素早く実現するか?という一つの手法として見出すことができる。
HERMESには一定の配慮も
Apple Watchと長年コラボレーションしてきたブランドとも、環境配慮の取り組みを進めている。
まず、Nikeモデルと組み合わせるNikeスポーツバンドは、過去のバンド素材や再利用資源を32%以上使用し、そのことをアピールするカラフルなフレークをデザインに昇華している。また、スポーツループでも廃材となった糸を68%以上も用い、モザイクのようなデザインを実現した。
一方、高級ファッションブランドのHERMESは複雑だ。Appleは、同社が扱うiPhone、Apple Watch、AirTagといったアクセサリでのレザー使用を、2023年から取りやめる決定をした。代わりに、Fine Woven(ファインウーブン)というファブリック系の素材を用いている。
ファッショナブルなレザーバンドが印象的だったApple Watch Hermesも、2023年モデルではレザー使用を取りやめ、ファブリック系の素材やラバー成形などのコレクションにアップデートすることになった。
Appleの規模でレザーを取り扱う場合、どうしても環境負荷、カーボンフットプリントが莫大となってしまう。これが、Appleのチャネルを通じたレザー製品の取り扱い中止の理由だ。
しかし、HERMESの販売チャネルでは、引き続きレザーのバンドなどの取り扱いを継続する。工房で少量、一つ一つ丁寧なプロセスを経て作られるHERMESのバンドについては、環境負荷を高めることなく製造を続けられるという。
2030年までの時間をどう使うか?
Appleが目標としている2030年までのカーボンニュートラル。今年のiPhoneを含めて、あと8回の新製品を出すうちに、この目標を達成しなければならない。思う以上に時間が少ないことに気付かされる。素材、チップ、電力、輸送など、環境負荷をいかに下げながら、しかしこれまで通り、あるいはこれまで以上の品質を保ち続けるか。針の穴に糸を通すようなチャレンジが今後も続くことになる。
「Appleだからできる」ではなく、むしろ実現が最も難しい規模の企業が取り組んでいると認識し、日本の多くの企業も含めて、さまざまアイデアを見つけ出さなければならない。繰り返しになるが、時間は思った以上に少なくなっている。