KDDIは8月30日、人工衛星とスマートフォンの直接通信サービスの提供に向けて、米スペースXとの業務提携を拡大した。2024年内のサービス開始を目指す。

  • auスマートフォンとStarlink衛星の直接通信サービスを2024年内に提供

    auスマートフォンとStarlink衛星の直接通信サービスを2024年内に提供

まずはテキストメッセージ(SMS)に限って提供し、順次、音声通話やデータ通信への対応も行う。基本プランに含むのか、あるいはオプションサービスとして提供するのかを含めて、料金や提供形態は検討中。メインブランドのauに限らず、UQ mobileやpovoの利用者も対象となる予定。

地上系ネットワークを補完、「空が見えればどこでもつながる」時代へ

スペースXの衛星ブロードバンド「Starlink」は2022年10月に日本でのサービスを開始した。個人・法人を問わず、従来の衛星通信サービスと比べればかなり低廉な料金で、上空を見通せる場所にディッシュ(アンテナ)の設置場所さえ確保できれば衛星経由の高速インターネット接続を利用できることから、光回線の敷設が難しい環境など、さまざまな用途で注目を集めている。

KDDIは、離島・山間部の携帯電話基地局や災害復旧用の車載型基地局のバックホール回線としてStarlinkの導入を進めている。そういった意味では、すでに既存の地上系ネットワークを補う役割を担っているのだが、今回の発表はさらに一歩進んで、ディッシュや地上の基地局を介さずに「スマホと衛星が直接つながる」ことを目指した取り組みとなる。

  • KDDI/スペースXの次世代衛星通信サービスのイメージ図

    KDDI/スペースXの次世代衛星通信サービスのイメージ図

構成としては、地上から約550kmの軌道上を周回するStarlink衛星が地上の携帯電話基地局と同じように振る舞い、KDDIに割り当てられた通常の携帯電話用の周波数帯のなかでスマートフォンと直接通信する。その先の部分では、KDDI山口衛星通信所などにあるStarlinkの地上局を経て、auのコアネットワークを経由してインターネットにつながる。ユーザー側の端末ではハードウェア・ソフトウェアともに特別な対応をせずとも、通常のau網と同じように衛星通信を利用できる。

基本的には従来通り地上の携帯電話基地局につながり、通常の電波が届かない場所、今までなら圏外になっていた場所でも、空が見えればStarlink衛星との直接通信で補われるというイメージだ。

  • スペースXの大型ロケット「スターシップ」。直接通信サービスの実現に必要な第2世代Starlink衛星の打ち上げにも関わる

    スペースXの大型ロケット「スターシップ」。直接通信サービスの実現に必要な第2世代Starlink衛星の打ち上げにも関わる

開始時期が2024年内とされる理由のひとつに、すでにStarlinkの衛星コンステレーションを構成している数千機の第1世代衛星ではなく、順次打ち上げ中の第2世代衛星を必要とする機能であることが挙げられる。第2世代衛星のうち、大型の「V2」タイプを効率良く展開していくには、開発中の完全再使用型120m級大型ロケット「スターシップ」の打ち上げ成功が欠かせない。ただし、スペースXの担当者によれば現行の「ファルコン9」で打ち上げ可能な「V2 Mini」タイプでも実現可能とのことで、必ずしもスターシップの開発の遅れが直接通信サービスの提供可否に直結するわけではないようだ。

一方で、提供時期を大きく左右するもうひとつの要素として、日本国内の電波関連法令の整備が挙げられる。現時点では、KDDIが運用する周波数帯のうちどのバンドを使ってStarlinkとの直接通信サービスを提供するかは明言されておらず、時期や内容はこれから電波行政がどのような結論を出すかによると考えられる。

スペースXとの関係強化で、モバイル通信への衛星活用はKDDIがリード

衛星とスマートフォンの直接通信サービスは、専用機器(ディッシュ)を用いたStarlinkの通常サービスとは異なり、スペースX自身が主体となって全世界でエンドユーザーに直接提供するわけではない。あくまで、各国の携帯キャリアとパートナーシップを結び、そのキャリアに割り当てられた周波数帯を使い、個別に提供していく。現時点ではアメリカのT-Mobileを筆頭に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スイスで現地キャリアとの提携が決まっており、アジアでは今回のKDDIとの提携が初の事例となる。

  • StarlinkのDirect to Cell(D2C)サービスは現時点で日本を含め6カ国で提供予定。KDDIがアジア初のパートナーとなる

    StarlinkのDirect to Cell(D2C)サービスは現時点で日本を含め6カ国で提供予定。KDDIがアジア初のパートナーとなる

KDDIが選ばれた背景として、両社は日本国内におけるStarlinkの展開・活用に関して早期からさまざまな角度で関係を深めてきたことが挙げられる。

先述のように特殊環境における携帯電話基地局のバックホール回線としてStarlinkを活用していることだけでなく、KDDIは「認定Starlinkインテグレーター」として企業・自治体向けの窓口も担っている。そして、Starlinkのサービス提供に欠かせない地上局の存在も大きい。

エンドユーザーの視点では「家のアンテナとStarlinkの衛星がつながっている」部分が目に入りやすいが、実際にはその先で「Starlinkの衛星から地上局を経てインターネットにつながる」もう1系統の衛星通信が行われている。国際展開しているStarlinkといえど、レイテンシーなどの兼ね合いからその出口となる地上局は1カ所ではなく、ある程度ユーザーと近い距離に地上局を配置する必要がある。

その地上局は、日本国内ではKDDI山口衛星通信所など数カ所に設けられている。無線局免許情報などをみればあくまでスペースXの関連会社の名義となってはいるが、ロケーションの確保や構築にあたってKDDIが貢献していることは想像に難くない。

人口カバー率はすでに各社ほぼ頭打ちとなるなか、レジャーや業務などで「人が住んではいないけれど通信が使われる場所」も含めた面積カバー率の向上や災害対策の文脈で、低軌道から広範囲をカバーするソリューションは近年、モバイルネットワーク関連の技術のなかでは非常に注目されている分野といえる。

  • 左:KDDI 代表取締役社長 CEO 高橋誠氏/右:スペースX SVP of Commercial Business Tom Ochinero氏

    左:KDDI 代表取締役社長 CEO 高橋誠氏/右:スペースX SVP of Commercial Business Tom Ochinero氏

国内他社の動向としては、楽天モバイルは米AST SpaceMobileと提携し出資もしており、KDDI/スペースXの事例のような低軌道衛星とスマートフォンの直接通信を目指している。後発キャリアゆえのカバレッジの弱点を補う意味でも期待感は高く、かねてより強くアピールされている。

また、ソフトバンクは低軌道衛星よりも低い高度を周回する無人航空機を用いて、同様に上空の基地局から広域をカバーする「HAPS」に力を入れている。地上約20kmの成層圏との通信となることから、衛星よりも低遅延・高速な地上網に近い通信品質を実現し得る点ではアドバンテージがある。

このように各社ともに力を入れている分野ではあるが、早期実現という点ではまずはKDDI/スペースXが一歩リードした状況といえる。

一方で、「我々はオープンな会社」(スペースX トム氏)と語る通り、KDDIと蜜月の関係を築きつつもあくまで独占提供というわけではない。実際、日本展開当初はKDDIのみを窓口としていたStarlinkの法人向けサービスも、後にソフトバンクが認定リセーラーとして加わっている(認定インテグレーターはKDDIのみ)。今後の動向も気になるところではあるが、まずはこのような直接通信サービスの早期実現に向けた法整備の完了が待たれる。