KDDIが携帯電話のネットワークに活用するなどして注目が高まっている、米Space Exploration Technologies(スペースX)の衛星ブロードバンドサービス「Starlink」。そのKDDIがStarlinkのさらなる活用に向けた取り組みを公表し、海上での利用や衛星間通信によるエリア拡大など新たな取り組みを打ち出すなどして関心を高めているが、全く盛り上がらない5Gとの違いはどこにあるのだろうか。

海上でも使えるようになったStarlink

実業家のイーロン・マスク氏が率いるスペースXの衛星ブロードバンドサービス「Starlink」。2022年に国内でもサービスを開始したことから日本でも大きな注目を集めたが、2022年12月には同社と提携しているKDDIが、Starlinkをau携帯電話のバックホール回線に活用する取り組みを開始。光ファイバーの敷設が難しい離島などのカバーに活用するなどして利用の幅を広めている。

そのKDDIは2022年10月に国内で唯一の「認定Starlinkインテグレーター」を取得、自社だけでなく企業や自治体などに向けてもStarlinkのネットワークを提供し、さまざまな利活用を進めてきた。そこで同社は2023年7月18日にStarlinkに関する説明会を実施し、これまでの取り組みを紹介するとともに新たな取り組みの発表も実施している。

その新たな取り組みの1つとして紹介されたのが海上向けのサービス提供である。これは主として船舶などに向けたサービスであり、Starlinkの船舶用アンテナを船に取り付けることで、海上でもブロードバンド通信が利用できるものになる。

  • 盛り上がらない5Gを尻目に注目高まる「Starlink」、その理由は

    KDDIは2023年7月18日にStarlinkの新たな取り組みに関する説明会を実施。新たに海上向けのサービスを提供することを明らかにしている

これまでも静止軌道衛星を用いた海上向けの通信サービスは提供されていたが、通信速度が遅く値段も高いことから搭載できる船舶も限られていた。だが低軌道衛星を用いてより低価格、かつ高速通信が可能なStarlinkであれば、より多くの船舶で通信サービスが利用できるようになる。

  • 船舶に取り付けるStarlinkのアンテナ。周囲に障害物があることが多い地上用のアンテナは衛星捕捉のため稼働するが、海上では周囲に障害物がないことから稼働はしないとのこと

それによって期待されているのが船上のDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。例えば多くの船舶でブロードバンド通信が使えるようになったことで、例えば長期間出港している漁船や調査船の乗組員、あるいは観光船の乗客などに向けてWi-Fiによるスマートフォンでの通信を提供できるようになる。

だがより期待されているのが漁船での利用であり、漁場の情報をリアルタイムに取得し、陸地とやり取りして分析することによってより精度の高い漁場の予測などにつなげられるようになる。現在は日本の領海内のみでの利用となるようだが、将来的には領海の外にまでエリアを広げ、遠洋漁業で活用されることにも期待がなされているという。

  • Starlinkの活用で船舶の上でもインターネットが利用できることから、従来確認が難しかった気象情報などさまざまな情報を確認しやすくなったのは大きなメリットだ

Starlinkにあって5Gにはない“次元を超えた性能”

また今回の発表では、Starlinkのネットワークを用いたKDDIのネットワークを5Gに対応させる取り組みも公表されている。もちろんStarlinkの通信速度には限界があることから、それをバックホール回線に用いた5Gネットワークは4Gと比べ通信速度が大幅にアップするとは考えにくい。あくまで5Gのエリアを広げる一環として活用されるようだ。

  • バックホールにStarlinkを用いたKDDIのネットワークを5Gに対応させることも発表。ただStarlinkの通信性能を考えれば、5Gの高い性能をフルに発揮できる訳ではない

そしてもう1つ、エリアを広げるという意味でより大きな発表となったのが「衛星間通信」である。実はStarlinkは地球上どこでも使える訳ではなく、衛星から通信の入り口となるアンテナと、その出口となる地上局の双方で通信できる必要があり、地上局が遠い離島などでは現状通信が利用できないのだ。

だがStarlinkは4800以上の低軌道衛星からなるコンステレーション、要は衛星群を用いており、それら1つ1つの衛星同士を光で直接つないで通信できる仕組みがあらかじめ備わっているという。それを活用することで、例えば沖縄の離島のアンテナから受けた通信を衛星同士の通信によってリレーし、北海道にある地上局に届けるようなことも可能になる。これが衛星通信の大まかな仕組みだ。

  • KDDIはスペースXとStarlinkの衛星間通信にも取り組んできたとのこと。衛星間通信によって通信をリレーし、遠方の地上局と通信することで従来エリア外だった離島などもカバーしやすくなるという

KDDIはスペースXと衛星間通信に関する技術検証を進めていたそうで、今回その目途が立ったことから、これを活用して従来Starlinkのサービス対象外となっていた沖縄エリアも、サービス対象に加えることが発表されている。ニーズの高い離島でよりStarlinkが活用しやすくなったことは、サービスの普及を進める上でも大きなメリットとなるだろう。

この他にもKDDIはStarlinkの活用事例をいくつか紹介。光ファイバーの敷設が困難な山小屋での通信手段確保や、一時的に多くの人が集まる屋外フェスで通信トラフィックを分散するためのWi-Fiネットワークとしての活用など、さまざまな活用事例の開拓が進んでいる様子が示されており、Starlinkに対する関心が非常に高く利活用も積極的に進められている様子がうかがえる。

しかもStarlinkの盛り上がりに着目しているのはKDDIだけではない。競合のソフトバンクも2023年7月13日、法人向けの「Starlink Business」を企業や自治体向けに提供することを発表しており、衛星ブロードバンドというStarlinkの特性を生かし同社の企業向けソリューションと組み合わせたサービス提供を進めていくものと考えられる。

そして現在、Starlinkの盛り上がりと非常に対照的な状況にあるのが5Gだ。5Gはサービス開始当初からスマートフォン向けの高速通信だけでなく、ビジネスでの利活用が期待されていた。だが日本では携帯各社の整備の遅れなどもあってビジネスでの利活用が全くと言っていいほど進んでおらず、その関心は日を追う毎に落ちている状況にある。

なぜ5Gを尻目にStarlinkの利活用に高い関心が寄せられているのかといえば、やはりひとえに従来の概念を覆すエリアカバーと通信速度を実現したからこそだろう。Starlinkの登場によってブロードバンド回線を引くのが難しいとされてきた場所に、アンテナ1つで低コスト、かつ容易にブロードバンド回線を引くことができる魅力は他にないものだ。

一方、現状の5Gは従来の4Gネットワークと比べそこまでの進化が見られないことから、活用も進まず関心も薄れているというのが正直な所ではないだろうか。5Gが再び関心を取り戻すには、やはり4Gでは代替ができない、次元を超えたネットワーク性能を実現する必要があるだろうし、そのためには投資に消極的になっている携帯各社の奮起が求められる所だ。