NTT東日本およびNTT東日本グループ企業であるNTT DXパートナーは8月23日、両社が手掛けるスリープテック事業の取り組みの一環として運営する企業間コミュニティ「ZAKONE」が設立1周年を迎える9月3日の「秋の睡眠の日」を前に、記者発表会を開催した。

睡眠が不足すると高まる3つのリスク

記者発表会ではまず、オープニングセッションとして、矢野経済研究所 主任研究員の笠木靖弘氏が登壇し、「スリープテック市場のトレンドと今後の方向性について」をテーマに講演を行った。

  • 矢野経済研究所 主任研究員の笠木靖弘氏

笠木氏は、日本における睡眠の現状について、「日本は世界で最も睡眠時間が短いことで知られている」と指摘。さらに、女性の方が睡眠時間が短いことが示されているという。一般的に、成人は7~9時間程度の睡眠が求められるが、各年代ともに7時間未満が半数を超え、特に40代、50代の睡眠時間が短くなっている。

年次別に見ても、5~6時間に満たない睡眠時間が足りない層が、年次を追うごとに増加。コロナ禍以降、在宅時間が増えたことによる睡眠時間の増加も予想されるが、その一方で、生活リズムの大きな変化が、睡眠に悪影響を与えている可能性もあるという。

「睡眠に対する課題」について、約3割が特に問題がないと答えているが、逆に言うと、約7割が睡眠に対して何らかの課題を抱えていることになる。中でも「日中、眠気を感じた」「夜間、睡眠途中に目が覚めて困った」という意見が多く、笠木氏は「“睡眠の質”に対する課題は多い」との見解を示した。

睡眠の役割は、「心」と「身体」の2つの健康を保つことであり、睡眠が不足すると「身体的リスク」「精神的リスク」「社会的リスク」といった3つのリスクを高めるという。

特に「精神的リスク」については、「精神疾患の発症リスクが高まるだけでなく、逆に疾患によって睡眠障害を併発する可能性がある」と笠木氏は説明した。睡眠不足によって何かしらの疾患を発症し、その疾患から睡眠障害になってさらに眠れなくなるという悪循環に陥らないように、睡眠を十分にとることが、昨今の試みになっているとのことだ。

個人にとどまらず、企業にも影響を与える睡眠

睡眠の影響は、個人だけではなく、企業や組織に現れていることも指摘されており、慶應義塾大学の山本教授の研究では、睡眠の時間および質が、企業の利益率とプラスの相関関係があることが示されている。

そして、こうした睡眠に関するエビデンスが積み重なっていく中で、政府も睡眠時間の確保に向けての政策を進めており、その代表的な例として「勤務間インターバル制度」が挙げられる。

「勤務間インターバル制度」は、1日の勤務終了後、翌日の出社までに一定時間以上のインターバルを設けるというもの。同制度は現状では5%程度の企業でしか導入されておらず、2025年までに導入率を15%まで引き上げるという目標に向けて、支援や補助金の制度などが準備されている。

また厚生労働省では、2014年に策定した「睡眠指針」を約10年ぶりに改定するために、検討会が立ち上げられ、議論が進められているという。笠木氏は「これまで、睡眠や休息は個人レベルでの問題として捉えられてきたが、今後は法人や組織を単位として、睡眠を管理・マネジメントする必要性が高まっていくのではないか」との展望を示した。

法人まで広がるスリープテック市場

このような現状において、新たに市場を形成しているのが「スリープテック市場」だが、今のところ“スリープテック”という言葉に明確な定義はない。

矢野経済研究所は便宜上、マットレスや枕、ベッドのような既存の睡眠関連の製品に対して、AIなどのテクノロジーを導入することによって睡眠の状態を把握し、かつその改善を目指す製品・サービスと定義している。

同研究所は、2018年頃から市場が立ち上がっていると見ており、これまでは個人的な製品やサービスとして展開されることが多かったが、近年では法人向けのソリューションまで広がってきているという。

ここで睡眠に関する技術的な課題について整理しておきたい。笠木氏は、「睡眠が難しいのは、自己評価と客観的な評価が異なる場合があるところ」と指摘した。アンケートなどの回答を自己評価、脳波などを計測することを客観的な評価とした場合、特に嘘をついているわけではなくても、自己評価と客観的な評価が異なることが珍しくないという。

そして、客観的な評価のための“脳波”計測についても、対象者への負担が大きく、設備面的にも計測できる医療機関は限定的であり、データ取得後も、その解析に多大な労力がかかってしまうという課題が残る。

こうした課題を技術的な革新によって解消することから、スリープテックは注目されている。例えば、睡眠を脳波ではなく、体温や呼吸、体動などの生体データから計測するという取り組みが進められているほか、センサーが小型化したことにより、スマートフォンやウェアラブルデバイスによって、より簡単に睡眠を計測することが可能になってきている。

また、睡眠の解析もAIを使うことによって精度が向上したり、より速く解析できるようになってきたりしたことも大きなポイントだ。笠木氏は、「基礎研究の積み重ねや、社会的、政策的な要因が重なりあうことによって、スリープテック市場が本格的に形成され、将来的にも拡大していくのではないか」との見解を示した。