有線イヤホンのような高音質を完全ワイヤレスイヤホンで

登場当初は、スマートフォンとの接続も左右ユニット間も無線通信の「完全ワイヤレス」というだけで価値があったTWS(True Wireless Stereo)イヤホンだが、それはいまや当たり前。エントリークラスの機種も周囲の雑音を低減させるアクティブノイズキャンセリング(ANC)機能を備えるようになり、TWS+ANCイヤホンが最近の売れ筋だ。

では、ハイエンドTWSイヤホンは何で勝負するか。ANCは必須として、エントリークラスを圧倒する確かな効果がなければならない。イヤホンのレゾンデートルたる「音」も然り、ドライバー径やエアコントロールの工夫といった定量評価はもちろんのこと、音質という定性評価も高くありたいもの。ハイエンドモデルらしい外観・質感も重要だ。

Technics(テクニクス)の「EAH-AZ80」は、その難題に真正面から取り組むTWSイヤホンだ。2014年に復活を遂げたTechnicsという金看板を背負い、有線イヤホンのような高音質をTWSイヤホンで実現すべく開発がスタート。もちろんANCにも対応、独自の通話品質向上技術を盛り込むなど機能面の充実が図られており、総合力という点でもポータブルオーディオファンからの期待は大きい。

  • TechnicsブランドのフラッグシップTWSイヤホン「EAH-AZ80」(2023年7月時点の実勢価格は36,630円前後)

ハイブリッドANCと高音質設計

EAH-AZ80の第一印象は「抑制」だ。今回お借りした製品がシルバーモデルということもあるだろうが、シルキーな光沢を放つアルミ素材の充電ケースには落ち着いた雰囲気がある。イヤホン本体のタッチセンサー部は、電波の関係か樹脂製ではあるものの、シルバー地に同心円状に細かな線状の模様を付けたサーキュラー加工が施されている。ハイエンドオーディオコンポを思わせる抑制のきいた意匠がいい。

  • タッチセンサー部にサーキュラー加工が施されるなど、一見して質感の高さがわかる

  • アルミ素材を使用した充電ケース。天面にはヘアライン加工が施され、Technicsロゴが刻印されている

イヤホン本体をつまみ上げると、ハウジング部の独特なフォルムに気付く。ANC対応のTWSイヤホンといえばカナル型、耳穴付近の皮膚との密着度を高く保てる形状だが、EAH-AZ80ではそのカナル型を発展させた「コンチャフィット形状」を採用しているのだ。やや突き出た部分が耳穴付近のくぼみにうまくハマることで、一般的なカナル型以上の密着度を狙おうというのだろう。イヤーピースも7サイズを用意、フィット感向上への並々ならぬ意気込みが伺える。

ANCはフィードフォワード+フィードバックのハイブリッド型。しかも前者はデジタル演算を利用したもので、後者は遅延を防ぐべくアナログ制御――というデジタルとアナログの合わせ技だ。前述したフィット感の追求は、パッシブノイズキャンセリング(遮音性向上により耳へのノイズ侵入を防ぐ)のためであるはずで、「ノイズ低減のための総合力」がどれほどのものか興味をそそられる。

  • EAH-AZ80のフィット感は上々だ。重さは片側約7g。イヤホン本体の再生時間(バッテリー駆動時間、ANCオン)は、AACで約7時間、SBCで約6.5時間、LDACで約4.5時間。充電ケースと組み合わせた場合(ANCオン)、AACで約24時間、SBCで約23時間、LDACで約16時間。15分間の急速充電で約70分(ANCオン/AAC)の再生が可能

音質面では、φ10mmのアルミ振動板に注目だ。剛性が高いアルミ振動板、しかも10mm径、その周囲を柔らかいエッジで支える構造(フリーエッジ構造)は、理屈のうえでは付帯感・歪感の少ない素直な音を奏でるはず。そしてドライバー前段のハーモナイザー、ドライバー後段のアコースティックコントロールチャンバー、EQ回路をシンプルな動作にするダイレクトモードと、各種の音質対策がどのような効果を生み出すのか。試聴への意欲が湧くというものだ。

自分の声をクリアな状態で相手に届ける「JustMyVoice」にも要注目。ビームフォーミングや音声解析を組み合わせたこの技術、実はかなり強力。前代の「EAH-AZ60」で試したときには、かなり騒がしい場所で話しても聞き返されなかったほどだ。TWSイヤホンに音声通話機能を期待する向きは、ぜひチェックしてほしい。

  • EAH-AZ80の本体カラーには、シルバーのほかブラックがある(全2色)

在来線と新幹線でノイキャンの効きをチェック

検証はノイズキャンセリングからスタート。出張のタイミングと重なったため、在来線(地上/地下)に加えて新幹線でも試すことにした。どの帯域の音が減るか、あるいは減らないのか、周囲の音を一時的に取り込むアンビエントモードの効果はどうか――、気になるところだ。

  • ノイキャン性能のチェックは、在来線(地上/地下)と新幹線の車内で行った

まずは在来線(地上)から。駅のホームでEAH-AZ80を装着しANCをオンにすると、アナウンスの声とともに周囲のノイズレベルがすっと下がる。コンチャフィット形状のことを思い出し、EAH-AZ80を何度かひねるようにしてもう少し耳の奥へ挿し込むと、しっくりくる位置がわかる。今度は少しずらして隙間をつくると、耳に届くノイズの量が増える。そこが、パッシブノイズキャンセリングの効果を最大化するポイントというわけだ。

その最適な状態で20分ほど移動したが、電車の車輪あたりから生じる走行音は格段に低下する。さすがにレール継ぎ目の衝撃音は吸収しきれないが、「ガタンゴトン」は「カタンコトン」くらい控えめなレベルに。シャーッという風切り音も聞こえるものの、全体的なノイズレベルとしては格段に低下している。

そのまま地下鉄線へ乗り入れると、耳へ届く走行音のレベルは上がるが、ボリュームを上げなくても音楽をそのまま聴き続けられるレベル。ちなみに、アプリでANCの効果レベルを調整したが、あまり強くしすぎると周囲から隔絶されたような違和感が生じてしまう。個人的には90%あたりが適当と感じたが、個人差が大きい部分なので自分に合う強度に調整するといいだろう。

  • Technics製品共通の設定/管理アプリ「Technics Audio Connect」

  • ANCの効果を高めるための細かい設定方法をアプリが教えてくれる

  • ノイズキャンセリングを最適化する機能もアプリに用意されている

新幹線はグリーン車を選んだこともあり、基本的なノイズレベルの部分で在来線との条件差を感じたが、それでもANCの効果は大きい。ドクター・ロニー・スミスのライブアルバムを聴きながらの道中、彼のオルガンの音色はもちろん、在来線ではノイズに埋もれてしまいがちなベースの音もしっかり耳に届く。よりリラックスできるという点でも、ANCの効果は見逃せない。

ところで、ANCの効果レベルを90%以上に上げても、車内アナウンスはある程度聞こえる。周囲の人の会話も、トーンダウンはするが聞き取ることは可能だ。周囲の音、特に人間の声の帯域は低減しすぎるとそれはそれで問題があるため、少しトーンダウンするくらいが使いやすい。ほかもANCイヤホンも同じ傾向なことをあわせると、EAH-AZ80にも現実的なチューニングが施されているということなのだろう。

LDACで音質チェック

EAH-AZ80はBluetooth Audio(A2DP)に対応する端末であれば、イヤホンとしての機能を果たすが、本領を発揮するのはオーディオコーデックに「LDAC」を使用しているときだ。スマートフォンの場合、LDACに対応する端末といえばAndroidになるが、ただペアリングしただけでは不十分。アプリ「Technics Audio Connect」をダウンロードのうえ、ペアリング後に接続モードを「音質優先」にして「ヘッドホンのLDAC」スイッチをオンにすることでLDACが有効となる。

  • LDACで聴くときには、事前にTechnics Audio Connectアプリで接続モードを変更しておくこと

そうしてLDACを有効にしたうえで、ライル・メイズの「Mirror of the Heart」を再生。彼の繊細なメロディーが楽しめるピアノ曲だが、これがSBCとLDACでは印象がまるで違う。ひとしきりSBCで試したあとLDACに切り替え聴いてみると、解像度と情報量は別次元。タッチの余韻と響き、音場感と定位感、いずれをとってもLDACが上だ。

コーデックをLDACにして試聴を続けると、アルミ振動板の、というより「アルミ振動板とそれを支えるフリーエッジ構造の」メリットが見えてくる。とにかく、粒立ちがいい。一音一音の際(きわ)が明瞭だから楽器もボーカルも立ち位置をつかみやすく、音場も広々とする。ひょっとすると、アコースティックコントロールチャンバーやハーモナイザーといった音響構造の効果のほうが大きいのかもしれないが、LDACの情報量がないと気付きにくいことからすると、見立てどおり振動板とエッジの設計が効果を発揮しているのだろう。

低価格化・汎用化が進むTWSイヤホンにあって、ハイエンドモデルとは何か? ANCの効きはその1つだろうし、音質もまた然り、どちらが欠けてもハイエンドモデルと胸を張れなくなるが、もう1つ「雰囲気」も必要な気がする。手にしたとき、耳につけたとき、ケースを開閉したとき――。EAH-AZ80は、その雰囲気を身にまとったTWSイヤホンだ。