2023年5月30日、「arrows」シリーズのスマートフォンなどを手掛けるFCNTが民事再生法を申請したことが明らかになりました。同社は、富士通の携帯電話事業を引き継いだ老舗メーカーでもあり、「らくらくスマートフォン」など定番シリーズを持つことでも知られていただけに大きな驚きがありました。なぜ同社が経営破綻に至ったのか、その足跡を振り返りながら確認してみましょう。

老舗の携帯電話メーカーが突如経営破綻

2023年5月に入り、バルミューダ、京セラと、個人向けスマートフォン事業からの撤退を表明する企業が相次ぎましたが、月末となる5月30日には国内スマートフォンメーカー大手の一角を占めるFCNTが、撤退どころか民事再生法を申請し、事実上経営破綻したことが明らかとなり、大きな驚きをもたらしました。

  • スマートフォンの新機種「arrows N F-51T」を2月に発売したばかりのFCNTが、5月末に民事再生法を申請した

    2023年にNTTドコモ向けに「arrows N F-51T」を供給していたFCNTだが、5月末には民事再生法の申請という結末を迎えている

各種調査会社の情報によりますと、民事再生法を申請したのはFCNTと、その端末製造などを担っていたジャパン・イーエム・ソリューションズ、そして両社の持株会社となるREINOWAホールディングスの3社であり、3社の負債総額は1431億600万円。国内企業の経営破綻としては非常に大きな規模であると同時に、携帯電話業界に与える影響も非常に大きな出来事でもありました。

なぜならFCNTは、2016年の設立当初は「富士通コネクテッドテクノロジーズ」という名称であり、もともとは富士通の携帯電話事業をスピンアウトした企業。富士通は、1991年の「ムーバF」以降、およそ25年にわたって携帯電話の開発を手掛けてきた老舗であり、それを引き継いだFCNTは国内携帯電話メーカーの大手として長年存在感を発揮してきたからです。

なかでも、富士通の携帯電話の知名度を大きく向上させたのが、NTTドコモから販売された「F501i HYPER」でしょう。かつてNTTドコモが提供していた携帯電話向けインターネット接続サービス「iモード」に初めて対応した携帯電話であり、富士通の技術力の高さを示す端末として知られるようになりました。

  • 富士通時代に投入した「F501i HYPER」(左端)。初の「iモード」対応端末として大きな注目を集めた

その後も富士通は、シニア向けに特化した「らくらくホン」シリーズ(2代目以降)や、指紋認証に対応した「F505i」、キーボードが分離できる「F-04B」、Windowsを搭載した「F-07C」など、独自性の高い端末で他社との差異化を図り、もともとのつながりが深いNTTドコモと協力しながら業界での存在感を高めてきました。

  • 富士通は、技術力の高さを生かした独自色の強い携帯電話を多く投入してきたことでも知られており、2011年にはWindows 7を搭載したiモード対応端末「F-07C」も投入している

スマホで事業環境は激変、富士通からの独立に至る

その富士通の携帯電話事業に大きな変化が起きたのは2010年、東芝と携帯電話事業を統合し、「富士通東芝モバイルコミュニケーションズ」(後に富士通モバイルコミュニケーションズ)を設立したことです。当時の携帯電話業界は、アップルの「iPhone」の登場によるスマートフォンへの急速なシフトによりメーカーの事業再編が相次いだ時期でもあり、富士通はNTTドコモ向け、東芝はKDDI(au)やソフトバンクモバイル(現・ソフトバンク)向けに強みを持ち補完関係にあったことから、事業を統合するに至ったのです。

この事業統合により、富士通が得たのがスマートフォンの開発ノウハウです。東芝は早い時期から、海外を中心にマイクロソフト製のOSを用いたスマートフォンの開発を手掛けていたことから、事業統合でそのノウハウを吸収できたことが、スマートフォンの波に乗れず撤退に至ったパナソニックモバイルコミュニケーションズやNECモバイルコミュニケーションズとの差につながったといえるでしょう。

  • 富士通と携帯電話事業を統合した東芝は、古くからスマートフォンを開発していたことから、その技術を生かして日本初の「Windows Phone」搭載端末「IS12T」を投入するなど、富士通がスマートフォンへのシフトを切り抜ける上で重要な存在となった

とはいえ、富士通はそのスマートフォンで苦戦が続いたのも事実。富士通は、2011年に現在まで続く「arrows」(当初は大文字の「ARROWS」)ブランドを立ち上げてスマートフォンの強化を図り、エヌビディア(NVIDIA)製の高性能チップセットを採用するなど同社らしい独自性を打ち出したスマートフォンを相次いで投入したのですが、バッテリーの持ちや発熱などさまざまな面でユーザーから不満の声が多く挙がり、評価を落としてしまった感は否めません。

  • 富士通は「ARROWS」ブランドを立ち上げてAndroidスマートフォンに注力し、高速CPUを搭載するなど攻めの姿勢を貫いたが、品質面でユーザーからの評価を落としてしまった

その後も、富士通を巡る厳しい状況は続きます。携帯各社による激しいiPhone値引き競争の影響により、国内スマートフォン市場ではiPhoneが圧倒的なシェアを獲得したのに加え、その値引き競争を問題視した政府がスマートフォンの大幅値引きを相次いで規制。加えて、日本をはじめとした先進国ではスマートフォンの進化が徐々に停滞し、買い替えサイクルが長期化する一方、低価格に強みを持つ中国メーカーが相次いで台頭し、価格競争が激化したのです。

それゆえ、2015年前後に多くのメーカーが厳しい状況に追い込まれ、ソニーやHTCのように事業を縮小するケースが相次ぎました。富士通もその例外ではなく、2015年に採算性が悪化していたパソコンと携帯電話事業の分離を発表。その後、パソコン事業はレノボの資本が入って現在の富士通クライアントコンピューティングとなり、携帯電話事業は富士通コネクテッドテクノロジーズとして分社化したのち、2018年に投資ファンドのポラリス・キャピタル・グループに7割の株式を譲渡するに至っています。

富士通からの独立で規模が縮小した富士通コネクテッドテクノロジーズは、頑丈なボディで安心して使えることを特徴としたミドルクラスのスマートフォンや、シニア向けとして継続して高い支持を得ている「らくらくスマートフォン」などの得意分野に集中する、身の丈に合った戦略を取っていきました。実際、同社が投入したハイエンドモデルは、最初の5G対応モデル「arrows 5G」のみとなっています。

  • 富士通から独立してを規模縮小した以降は、ミドルクラスのスマートフォンを主力に据えつつ、「らくらくスマートフォン」などニッチ市場に特化した端末に注力して生き残りを図っていた

新たな事業が育つ前に事業環境が急変

さらに、2021年にはFCNTに社名を変更。同年には2万円台のローエンドモデル「arrows We」がヒットしたほか、2023年にも環境への配慮を前面に打ち出した「arrows N F-51T」を投入するなど、ごく最近までスマートフォンを継続的に投入していました。

  • 2021年に発売されたローエンドモデルの「arrows We」は、NTTドコモやソフトバンクだけでなく、およそ8年ぶりにKDDIのauブランドから販売されるなどしてヒット商品となった

ですがその一方で、FCNTもハードウエア事業だけでは今後生き残るのが厳しいと判断し、事業の多角化を進めている最中でもありました。実際同社は、らくらくスマートフォンの顧客基盤を生かして展開しているシニア向けのSNS「らくらくコミュニティ」の強化を図っていたほか、企業などがエリア限定で利用できる「ローカル5G」対応のデバイス開発を強化するなどして、産業向けソリューション事業の育成も進めていました。

  • FCNTは、ローカル5G向けの産業用端末の開発にも力を入れており、自社でローカル5Gを活用したソリューションの開発なども進めていた

ですが、コロナ禍の半導体不足を機として進んだ半導体の価格高騰に加え、2022年に円安が急速に進んだことで、それら事業が成長する前に事業環境が大幅に悪化してしまったのです。ほかに本業があるバルミューダや京セラはスマートフォン事業からの撤退という判断が可能でしたが、スマートフォンが主力事業だったFCNTはそれもできず、影響が直撃して経営破綻に至ったといえるでしょう。

気になるのはFCNTの今後です。先にも触れた通り、FCNTは最近までスマートフォンを投入しており、多くのユーザーが同社製端末を利用しているだけに、今後の端末販売やサポートの行方などが最も気になるところではないでしょうか。

FCNT側の発表によりますと、らくらくコミュニティなどのサービス事業は新たなスポンサーが決まっているようで、今後そちらに事業が承継されるとみられています。ですが、ソリューション事業のほか、端末の製造・販売や修理などのアフターサービスに関してはスポンサーの支援がなく、事業を停止する予定とのことです。

一方、NTTドコモやKDDIなどFCNT製端末を扱っている携帯電話会社は、販売やサポートを継続するとしています。各社はすでにFCNTから端末を購入して在庫を多く保有していることから、当面はその在庫を生かして携帯各社がサポートしていくのではないかと推測されます。

ただ、開発元のFCNTが事業を停止しているだけに、新たなスポンサーが見つからない限りOSやセキュリティのアップデートなどは対応できなくなる可能性が高いでしょう。突然の出来事だけに対応が難しい部分もあるでしょうが、せめて使用しているユーザーへの影響が最小限に抑えられることを願いたいところです。