ソフトバンクのR&D部門「先端技術研究所」による技術展「ギジュツノチカラ ADVANCED TECH SHOW 2023」が3月22日に開幕しました。23日までの2日間、東京ポートシティ竹芝 ポートホールでのブース展示とオンライン配信ありのトークセッションが行われ、いずれも無料で参加できます。

展示テーマは「次世代ネットワーク」「HAPS」「次世代電池」「自動運転」「次世代コンテンツ」「量子技術」の6ジャンル。本丸である通信事業の次世代技術から未知の分野まで、幅広い技術領域の取り組みが一堂に会した展示内容をレポートします。

  • ソフトバンクの技術展「ギジュツノチカラ ADVANCED TECH SHOW 2023」が開かれた。写真はソフトバンク先端技術研究所 所長 湧川 隆次氏

    ソフトバンクの技術展「ギジュツノチカラ ADVANCED TECH SHOW 2023」が開かれた。写真はソフトバンク先端技術研究所 所長 湧川 隆次氏

R&D部門「先端技術研究所」設立後初のイベント

ソフトバンク先端技術研究所は、2022年4月に設立されたばかりの新たなR&D部門。Beyond 5G/6Gや自動運転などの先端技術に関する研究開発を進めてきた部署をCEO直轄の組織として再編したという成り立ちです。

個々に見ればそれ以前からメディアに露出していた取り組みもありますが、研究所設立から約1年、このように分野を問わず「ソフトバンクがいま未来に向けて取り組んでいること」を俯瞰的に見通せる大きなイベントが開催されるのは初。

  • 今回のテーマは「次世代ネットワーク」「HAPS」「次世代電池」「自動運転」「次世代コンテンツ」「量子技術」と幅広い

    今回のテーマは「次世代ネットワーク」「HAPS」「次世代電池」「自動運転」「次世代コンテンツ」「量子技術」と幅広い

オープニングセレモニーに登壇した湧川 隆次氏(ソフトバンク先端技術研究所 所長)は、「ソフトバンクという会社をイメージした時に、多くのみなさんは技術的な面よりもどちらかというと営業が強い会社、あるいは最近だとビジョンファンドのような投資を思い浮かべる方が多いのではないか」と少しドキッとするようなコメントをしつつ、「一方で、これまでもさまざまな技術への挑戦を重ねてきた」と、世界的にも早期に着手したTD-LTEの展開や、5G時代に入って注目度が急上昇しているFWA(Fixed Wireless Access=固定無線アクセスシステム)の先行事例であるSoftBank Airなどを例に挙げ、技術面でも確かな強みを持っていることをアピールしました。

他キャリアのR&D部門では基礎研究に近い学術的な取り組みを含むケースもありますが、ソフトバンクでは研究開発体制を強化しつつも、あくまで事業会社として実際のサービスに直結する問題志向の応用研究に徹する方針。その上でいま取り組んでいるのが先述の6つのテーマということで、近い将来のサービスや暮らしの進化を想像しやすいのではないでしょうか。

  • ソフトバンクは先進技術をいち早くサービスに昇華してきたと湧川氏は語る

    ソフトバンクは先進技術をいち早くサービスに昇華してきたと湧川氏は語る

  • 研究所の立ち上げにあたっても、3年程度の短期型で研究サイクルを回し、あくまで事業開発に直結する応用研究に徹するという目的意識を持っている

    研究所の立ち上げにあたっても、3年程度の短期型で研究サイクルを回し、あくまで事業開発に直結する応用研究に徹するという目的意識を持っている

次世代ネットワーク:テラヘルツ、光無線通信など

次世代通信技術に関するブースでは複数の取り組みが紹介されていましたが、比較的身近なところからいくと、現行の5Gなどのモバイルネットワークをより良くしていくための取り組みとして、コアネットワークの仮想化に言及されていました。

エンドユーザーが手にする端末から基地局までの無線区間でなく、その先にある携帯電話網の根幹となるコアネットワークを改革していくという話題は近年耳にする機会が増えました。代表例としてはやはり楽天モバイルが参入当初から仮想化技術をアドバンテージとして前面に押し出し続けていますし、ドコモやKDDIも取り入れようとしているところです。

楽天の例で言えば「専用機器によるネットワーク構成よりも低コスト」という点を強調される機会が多かったのですが、ソフトバンクの今回の発表ではそこではなく、「仮想化をうまく進めていけば通信障害対策にもなる」という視点のメッセージとなっていたのが新鮮かつ印象的でした。

どういうことなのかというと、近年発生した大規模通信障害では「輻輳(ふくそう)」という言葉がキーワードになっています。現代のモバイルネットワークの障害は「ネットワークのここが壊れたけれど、再起動や機器切り替えで復旧しました」では終わらず、むしろそこから後の段階で事態が深刻になりやすいのです。

かんたんに言えば、スマートフォンやIoT機器の普及によってモバイルネットワークと常につながる前提で動く端末が増えたため、発端となったトラブルが解消した直後に再接続要求が殺到し、コアで大渋滞が起きて影響が長引きやすいという問題を抱えています。

そこでコアネットワークを適切に仮想化し、クラウドサービスのスケーラビリティをうまく活かせるようになれば、たとえば大型セール時などに瞬間的に大量のアクセスが発生しても難なくさばいているECサイトなどのように、通信障害からの復旧フェーズでの輻輳を避けられるのではないかという技術検討がされています。

  • コアネットワークの改革はユーザー視点では見えにくい部分だが、通信障害発生時の動きなど社会インフラとしての解決につながる可能性がある

    コアネットワークの改革はユーザー視点では見えにくい部分だが、通信障害発生時の動きなど社会インフラとしての解決につながる可能性がある

よりインパクトのある次世代無線通信技術としては、テラヘルツ通信や光無線通信に関するデモ展示も見られました。

テラヘルツ通信については、5Gが始まって4G以前の無線通信では使われてこなかった高周波数帯の「ミリ波」が使われ出したように、2030年代の6Gではさらに上の周波数を使うことを想定した研究です。ミリ波の5Gで理論上は20Gbpsの通信ができるというように、無線通信を格段に高速化するには帯域を広げる必要があり、そのためには高周波数帯の活用が欠かせないということです。今回の展示では日本初となる「テラヘルツ追従デモ」(子機の位置を変えながらのテラヘルツ通信の実演)が披露されました。

光無線通信は大気の状態などの影響を受けやすくテラヘルツ以上に通信の維持が困難ではあるものの、既存の電波による通信の影響を受けずに展開できることや、よりセキュアな通信が実現できるなどのメリットが期待される分野です。ソフトバンクでは光無線通信の接続維持の難しさに対するアプローチのひとつとして、1対1の通信でなく複数の地点を結ぶメッシュネットワークを構築し、アベイラビリティ(可用性)に応じてリアルタイムに接続経路を切り替えるような技術を検証しています。

  • テラヘルツ通信のデモ。手前にある子機を水平方向に移動できる状態となっており、奥の「テラヘルツデモ」と書かれたLED表示の背景色(青/赤/黒)で接続状況がわかる

    テラヘルツ通信のデモ。手前にある子機を水平方向に移動できる状態となっており、奥の「テラヘルツデモ」と書かれたLED表示の背景色(青/赤/黒)で接続状況がわかる。やはり高周波数ゆえに既存の無線通信と比べると遮蔽物には弱く、子機移動時には親機(基地局)の細かな追従が必要なように見受けられた

HAPS:「空飛ぶ基地局」実現に向けた取り組み

2017年に設立されたソフトバンク子会社のHAPSモバイルでは、高高度擬似衛星(HAPS)を用いた通信プラットフォームの実現に向けた開発が進められています。基地局を搭載した大型無人航空機を成層圏に飛ばすことではるか上空から広域をカバーでき、地理的制約を受けない新たなアプローチの通信インフラとして期待されるものです。

米SpaceXによる衛星インターネットサービス「Starlink」が日本でも利用できるようになったり、楽天が出資するAST SpaceMobileが人工衛星とスマートフォンの直接通信を目指していたりと、この数年の間に衛星通信が少しずつ身近になりつつあります。一方で、数千機規模の衛星コンステレーションと比較すれば展開・運用コストを抑えられること、通信距離やカバー範囲の違いからユーザー端末との直接通信の実現性が比較的高いことなど、HAPSのアドバンテージは失われていないでしょう。

今回の出展では、フライトテストの実績などのパネル展示のほか、機体を構成するコンポーネントに詰まった技術を紹介。周回飛行する無人航空機からアンテナを一定の向きにし続けるために必要な「360度回転し続けられるコネクタ」など、なかなか思い至らない“縁の下の力持ち”的存在にフォーカスされていました。

  • HAPSモバイルの無人航空機「Sunglider」の模型

    HAPSモバイルの無人航空機「Sunglider」の模型。巨大な翼だけが飛んでいるような独特の姿で、実機は翼長78mとジャンボジェットの全長よりも幅のある巨大な機体だ。電池駆動で数カ月にわたって飛び続けられる

次世代電池:ドローンなどに必要な「超軽量電池」

通信分野からは遠く、ソフトバンクが取り組む分野としては少し意外な印象もある「電池」。とは言っても、スマートフォンなどの携帯端末のために開発しているわけではありません。

次世代電池の研究開発に乗り出す理由は、5Gなど無線通信のユースケースに絡む機会も多いドローンや、先述のHAPSのための無人航空機などで軽量な電池を必要としているため。

既存のリチウムイオン電池の高性能化はすでに限界に近いとされており、リチウム金属電池など材料レベルでの改良に取り組んでいます。ドローン用次世代バッテリーパック(リチウム金属電池)の試作品では、既存バッテリーパック(リチウムポリマー電池)との比較で重量エネルギー密度を78%向上。連続飛行時間が約1.7倍(ホバリング時)に伸び、軽量でエネルギー密度の高いバッテリーの実現がドローンの運用に与えるインパクトの大きさを示しました。

また、軽量化とは別の角度で、コストダウンや安定供給に寄与する有機正極を用いたレアメタルフリー電池の研究開発にも取り組みます。

  • 超軽量電池の試作品。左から3個目の銀色のシートに包まれたバッテリーパックはHAPSの機体に搭載するために成層圏での飛行に耐えうる低温対策を施したもの

    超軽量電池の試作品。左から3個目の銀色のシートに包まれたバッテリーパックはHAPSの機体に搭載するために成層圏での飛行に耐えうる低温対策を施したもの

自動運転:遠隔監視を効率化しないと、割高になる!?

モビリティ関連では自動運転やトラック隊列走行、V2Xなどの取り組みがありますが、ここでは自動運転の話題をピックアップ。2023年4月の改正道路交通法施行によるレベル4(高度運転自動化)の解禁が迫っており、旬のテーマです。

レベル4の公道走行が解禁されると、限定された領域内であれば、人ではなくシステムが主体となってすべての運転操作を行う真の“自動運転”が可能になります。遠隔監視を前提に、車両自体にはドライバーを乗せない無人運用も可能です。

  • 竹芝エリアで実証実験を行う自動運転車。なお、現時点ではレベル4解禁前のためドライバーが乗車している

    竹芝エリアで実証実験を行う自動運転車。なお、現時点ではレベル4解禁前のためドライバーが乗車している

いよいよ自動運転を活用したサービスの社会実装が間近になるかと思いきや、実は現状の遠隔監視のやり方では、むしろ人が運転したほうが安いという本末転倒な結果になってしまうと言います。

遠隔監視者1人が自動運転車のカメラ映像を生で監視すると仮定した場合、同時に見張れるのは3台程度。これでは高価な車両や監視システムのコストを考えると有人運転にかないません。仮にバス・タクシーの20%が自動運転化したとすると、「1人3台」では車体価格を除く遠隔監視費(人件費/システム/ネットワーク)だけで年間総額1,080億円にのぼると同社は試算します。

  • 単純に人力でのカメラ映像の監視で対応できる程度の台数では、自動運転+遠隔監視にしても元は取れないという

    単純に人力でのカメラ映像の監視で対応できる程度の台数では、自動運転+遠隔監視にしても元は取れないという

そこで、基本的な映像の常時監視と異変検知はAI化し、対応すべき事項が発生した場合に限って人間の監視者にチケット(タスク)を割り振るようなシステムとすることで、大量の自動運転車を少人数で管理できるプラットフォームを構築。システムの設計には、携帯電話基地局の運用監視のノウハウも活かされているとのこと。

遠隔監視プラットフォームの技術検証として、ソフトバンク本社のある竹芝周辺で自動運転車を運行。実車2台(片方は手動運転車)とシミュレーター上の自動運転車8台の計10台を1人のオペレーターが遠隔監視するという内容で検証されています。

  • AI技術を組み合わせた遠隔監視プラットフォームにより、オペレーター1人あたりの監視台数を大幅に増やすことができる

    AI技術を組み合わせた遠隔監視プラットフォームにより、オペレーター1人あたりの監視台数を大幅に増やすことができる

次世代コンテンツ:多端末連動、ARなどを使ったイベント演出

次世代コンテンツのコーナーでは、5Gと映像配信やAR技術を組み合わせたアートやエンターテインメントのアイデアを展示。リアルイベントで会場に集うファンが各自のスマートフォンを使って楽しめるようになりそうな演出技術が披露されました。

通信回線や端末性能によるラグをうまく吸収して全員のスマートフォンを連動させてライトやアニメーションによる演出ができるという連動制御技術や、各自のスマートフォンの画面表示・操作と会場モニターの映像を組み合わせて的当てのような連動したコンテンツを作れるAR技術など、没入感のある演出の幅が広がりそうな内容です。

  • 多数の端末を連動させて光や映像による演出を行うには、個々のスペックや通信回線の差によるラグがどうしても生じる

    多数の端末を連動させて光や映像による演出を行うには、個々のスペックや通信回線の差によるラグがどうしても生じる。それを吸収する技術があれば、主催者側が用意した端末ではなく来場者各自のスマートフォンで参加できるような仕組みも作れるようになる

  • こちらは手元のスマートフォン上でアイテムを投げると、ARで連動した画面内に飛んでいくというデモ

    こちらは手元のスマートフォン上でアイテムを投げると、ARで連動した画面内に飛んでいくというデモ。観客のアクションがスクリーンの中の世界に影響するような演出ができそうだ

量子技術:量子コンピューター時代のセキュリティ対策

量子技術に関する展示は、量子コンピューターの開発や積極的な活用というよりは、そういった存在の実現が近付くなか、脅威としての量子コンピューターに着目した内容です。

詳細は割愛しますが、既存の広く使われている暗号化技術の多くが、暗号解読に必要なアルゴリズムの計算量を膨大にすることで解読困難にする「計算量的安全性」を土台としていることから、特に機密性の高い場面では量子コンピューターによる試行も想定した暗号化技術が必要になっていくという趣旨のパネル展示が行われています。

  • IBM製量子コンピューターの模型も展示された

    IBM製量子コンピューターの模型も展示された