“日本で最もサステナブルなスマートフォン”を目指したFCNTの新型スマートフォン「arrows N F-51C」が2月10日に発売されます。発売を間近に控えた7日、新機種と新生arrowsブランドに込めたメッセージを関係者らが語りました。
「早すぎる」製品を積極的に出してきたFCNTが今できること
富士通時代から数えて30年にわたり携帯端末事業を続けてきたFCNT。今では当たり前になった指紋認証のような生体認証技術をはじめとして、時には「早すぎた」と揶揄されることもあるほど、フィーチャーフォン時代から現在のarrowsスマートフォンに至るまで、積極的に新技術・新機能を取り込んできたイノベーションリーダーという側面もあるメーカーです。
そうした先進的な一面や、国内メーカーでは際立ってハイエンド志向が強かった大文字のARROWS時代(~2015年)のイメージからすると、「サステナブル」「エシカル」といった時流に沿ったテーマを掲げ、スマートフォンとして必ずしもハイスペックではないarrows Nのコンセプトは意外に感じた既存ユーザーも多いかもしれません。
しかし、FCNT プロダクト&サービス企画統括部の外谷氏は「当時は早すぎたと言われても、振り返れば当たり前になるものを作り上げてきた」「スマートフォンがコモディティ化してきて、なかなかイノベーションがない。次の30年に向けて、我々だからできることは何かと考えた」と語ります。
つまり、まだスマートフォンの開発・製造において環境意識が当たり前の大前提とまではなっていない今、そこを突き詰めて「サステナブルスマートフォン」を作るのは、これまでに起こしてきたイノベーションと同様にFCNTらしい取り組みだということです。
作る前から売った後まで、トータルで環境への配慮を徹底
arrows Nほど隅々まで意識を配った製品は少ないとはいえ、昨今のスマートフォンの新製品では環境保護やサステナビリティがアピールポイントとして挙げられることは珍しくありません。そのなかでFCNTならではの強みと言えるのは、グループ企業が保有する国内工場を製造拠点としている点です(注:arrows Weなど一部機種は他社同様に海外でODM生産)。サプライチェーンの隅々までコントロールが効くことや、小ロットでも柔軟に対応できるフットワークの軽さがサステナビリティの追求にもプラスにはたらきます。
arrows Nの開発にあたっては、まずEUのエコレーティングの仕組みを手本とした社内的な環境評価基準を整備。端末本体やパッケージに用いる素材の選定はもちろん、製造時に使う電力に再生可能エネルギーを利用したり、購入者向けのユーザーコミュニティ「La Member's」に環境意識を高める仕掛けを用意したりと、作る前から売った後まで、トータルパッケージで循環型社会を意識した作り込みがされています。
arrows Nの再生素材使用率は、端末全体としては約67%。これはあくまで平均値で、パーツごとに細かく見れば20~100%と幅があります。再生アルミ100%のフレームなど、大きな主要パーツの再生素材率の高さが全体を底上げしている部分もありますが、面積・体積の大きい外装部分だけではなく、細かなパーツまで再生プラスチックを可能な限り使っている点にも注目です。
ただ「環境に良い物を買った」では終わらせず、1台のスマートフォンをなるべく長く使える工夫も環境負荷を減らせるポイント。Qnovo社の充電技術を採用して充放電の繰り返しによるバッテリーの劣化を抑えたほか、OSアップデートを最大3回、セキュリティ更新は発売から最長4年間と、国産ミドルレンジスマートフォンとしては異例の長期サポートを行います。
また、伊藤忠商事と蘭Closing the Loop社の協力を得て提供される廃棄端末補償プログラムも目新しい取り組みです。これはarrows Nが1台販売されるごとに、電子廃棄物の不法投棄が深刻化しているアフリカにおいて、廃棄端末を1台、適正に回収・リサイクルするという試み。いわばカーボンニュートラルにおける排出権のように、新しいスマートフォンの購入と表裏一体なスマートフォンの適正処分をセットで考える“廃棄端末ニュートラル”な考え方です。
もちろん、環境関連の取り組みはarrows Nを発売したら終わりではありません。FCNTは2023年中に国内での製品製造に関する使用電力すべてを再生可能エネルギーに転換する計画で、これにより約43%のCO2排出量削減を見込みます。また、2025年にはarrows Nのようなコンセプトを持つ機種に限らず、全機種に環境配慮素材を採用します。
arrows Nはドコモ限定販売の機種となり、スペックを詰める段階から一般的なキャリア向けスマートフォンの納入プロセスよりもドコモ側が深く関わっているとのこと。ドコモにとっても、2021年9月に発表した「2030年カーボンニュートラル宣言」、ユーザーやパートナー企業とともに取り組む「カボニュー」など、カーボンニュートラルに向けた取り組みを年々加速しているなか、arrows Nのようなコンセプトの端末をラインナップにぜひ加えておきたい思惑が見えます。
エシカルなだけではモノは売れない。ファンを裏切らない作り込み
arrows Nがサステナブルを意識した製品として世に送り出されるまでには、FCNTだけの力ではなく、実際にエンドユーザーに向けて販売するNTTドコモや先述のClosing the Loop社など国内外の多くの企業が関わっています。
製品説明会には、チップセットを供給するQualcommや再生プラスチック材料を供給するSABIC、「Photoshop Express」などをプリインストールするAdobeなど、多くの企業からメッセージが寄せられました。
arrows Nに関わる人々の言葉の中でも、特に筆者の印象に強く残ったのはGab 代表取締役社長を務めるZ世代の起業家、山内氏がトークセッションでざっくばらんに語ってくれた「(生活者は)『エシカルだから』というだけではモノを買わない」という一言。
セリフだけを見ると当たり前と思われるかもしれませんが、前提として、Gabはフォロワー4万人のInstagramアカウント「エシカルな暮らし」を起点に、エシカルアイテムに特化したECサイトと常設店舗を運営しているスタートアップ企業です。そんな極めて環境意識を高く持った特殊な客層を抱えていても、やはりエシカルなだけでは購買に直結しないのか、というのは衝撃的でした。
そもそも環境配慮や倫理的消費を第一に考えて作られたブランドの商品であってもそれだけでは買ってもらえないとすれば、すでに10年以上の歴史がありブランドイメージが定着しているarrowsブランドではなおさら「エシカルだから」だけでは通用しないことは想像に難くありません。言い換えれば、環境配慮のために製品としての魅力がスポイルされてしまっては選ばれないでしょう。
arrows Nにおいてもその点は抜かりなく、従来のarrowsシリーズの延長線上にある新機種としてのニーズには背を向けていません。たとえば再生素材の採用ひとつとっても、その裏では歴代機種で定評のある堅牢性・耐久性を犠牲にしないための入念な評価・検証が行われています。
また、復活を望む声が根強いという虹彩認証(2015年の「ARROWS NX F-04G」から数機種に搭載)については諸般の事情で断念されたものの、「まずは虹彩認証搭載モデルに近い使い勝手だけでも」という思いから、arrows Nは指紋認証に加えて顔認証にも対応。まずは端末を見てロック解除するという使い勝手を虹彩認証の感覚に近付けました。
フィーチャーフォン時代からセキュリティに強い“F”らしく、「アプリダブルロック」という機能も搭載。特定のアプリに対して、顔認証と指紋認証の両方をクリアしないと開かない厳重なロックをかけられるという、顔認証/指紋認証のW生体認証を活かした機能です。
環境を言い訳にしないのは外観のデザインも同様です。FCNTの荒井氏は「環境に配慮したスマートフォンだからといって、たとえば大きくてもいいとか、ゴツゴツしていてもいいとか、そういうことではないんだろうなとまず最初に考えた」「富士通時代からの多くのお客様からの期待を裏切らないような形のスマートフォンに仕上げることに気を配り、普通のスマートフォンと遜色ないようCMF(=色・素材・質感)の美しさにもこだわってデザインした」とコメント。
実機を手に取った印象としても再生素材を多用したことによる質感の低下などは見受けられず、前もってエコ志向のコンセプトを知らなければ、ごく普通のスマートフォンとして受け入れられるだろうと感じました。
品質面では変わらないこだわりを持つ一方で、「2年3年4年と使っていただいた時に『もうこのデザインは古いよね』と思われてしまわないように」(荒井氏)と、長く使ってもらいたい端末であることを意識したデザインでもあり、飽きのこないシンプルなものに仕上げられている印象でした。
Snapdragon 695 5G採用で約10万円は高い?
最後に、arrows N発表後の反響、特に新機種を待っている過去のarrowsユーザーたちにどう受け止められたかという点において、スペックと価格の話題を避けては通れません。
まず、arrowsシリーズがかつてのハイエンド路線から身を引いたのは今回に始まったことではなく直近数世代の流れですが、1世代前が海外ODM生産のエントリーモデル「arrows We」(2021年12月発売)、その前がミドルハイレンジの「arrows NX9 F-52A」(2020年12月発売)ということで、買い替えサイクルなどを考えてもNX9と同クラス以上の機種を待っていたユーザーも多かったようです。
arrows N F-51Cのスペックを決めた理由は明言を避けられたものの、そもそも数年前にハイエンドからミドルレンジにかじを切った経緯は市場のニーズの変化です。かつてほど常に最新最高のスペックを求める人、あるいは割引施策も含めた懐事情を加味して実際に買える人が少なくなり、日本国内におけるハイエンドスマートフォンの市場規模は非常に小さくなってしまいました。販売台数や開発コストを考えて、ハイエンドを作るのは厳しいという状況は変わっていないのでしょう。
ハイエンドとは行かないまでも、NX9のようなミドルハイレンジにもできなかった(Snapdragon 7シリーズなどを搭載できなかった)のだろうかとも思うところですが、もうひとつの流れとして世界情勢の変化によって続いている部材調達の問題もあります。
部材調達が苦しいのはどの製品も同じですが、特にarrows Nはコンセプト的に短期間で売り切る製品ではなくロングライフで考える必要があり、FCNTとQualcommの間では継続的な安定供給を見据えながらチップ選定の話し合いが行われたといいます。
比較的確保しやすく長期的な供給の不安も少ない、それでいて世代的にさほど古くもなく十分なパフォーマンスを持つチップとなると、Snapdragon 695 5Gに白羽の矢が立ったのも納得です。他社でも2022年のミドルレンジモデルの多くに採用されていますし、なかにはSnapdragon 480 5GやSnapdragon 690 5Gの調達難から、途中でマイナーチェンジをして695に切り替えた機種もあるほど。このあたりの事情は我々の目には見えない部分も多く推測の域を出ませんが、長く売るつもりの端末にも安心して採用できるプラットフォームなのではないでしょうか。
これに関連して、Snapdragon 695 5Gを採用するミドルレンジ相当のスペックの割に、98,780円(ドコモオンラインショップ価格)というハイエンド機に迫る価格設定を疑問に思う声も多いようです。ネットの反応を見れば「サステナブルという観点からバッテリーやソフトウェアは長持ちする仕様を目指しているのに、2年で返却するいつでもカエドキプログラム(残価設定型割引)が前提なのはおかしい」という旨の鋭い指摘もあります。
メーカー関係者もこれらの声は認識しているものの、あくまで「メーカーは作った端末をキャリアに納入し、キャリアが自社の商品としてエンドユーザーに販売する」というビジネスモデルである以上、ここはあくまでキャリアの領分であり、意見する立場にはないということでノーコメント。難しい問題ではありますが、実際にarrows Nのような機種をきっかけに買い替えサイクルの長期化など意識の変化が進むようであれば、いずれ「2年で返却」の枠組みを見直すべきタイミングは訪れると考えます。
補足として、確かにSoCだけに注目すると割高には見えますが、8GBの動作メモリ(RAM)など他の部分は必ずしもミドルレンジど真ん中の性能に留まってはいませんし、歴代最高スペックとなる1/1.5インチ約5,030万画素のカメラ、そしてお家芸のセキュリティ機能やタフネス性能も評価したいところです。
トータルで見ればミドルハイレンジ相当と受け取ることはでき、ネックとされるSnapdragon 695 5Gも、arrows NX9に搭載されていたSnapdragon 765G 5Gとの比較ではモデム性能を除けばほぼ上回っており、既存ユーザーの買い替え先としては十分検討し得るのではないでしょうか。