watchOS 9では「睡眠」機能がアップデートされ、睡眠の深さを示す「睡眠ステージ」が計測できるようになりました。Apple Watch Series 4以降で利用することができます(iOS 16を搭載したiPhoneとのペアリングが必要)。
しかし、ただ計測するだけではもったいない。せっかくデータがあるのなら睡眠の質改善に役立てたいところです。では、どのように活用すればいいのでしょうか? 日本唯一のアスリート専門睡眠パーソナルトレーナーとして多数の選手をサポートしているヒラノマリさんに教えてもらいました。
改善の第一歩は睡眠の「見える化」から
ヒラノさんがアスリートをサポートする上で、睡眠データの計測は非常に重要な項目です。自分自身で把握することができなかった睡眠の状態をデバイスによって「見える化」することで、体感や経験値で行われてきたことを客観的に評価できるからです。
見える化したデータを睡眠の改善に活用するには、睡眠そのものだけでなく、日中の生活との関連に着目することがポイントだとヒラノさんは言います。
「睡眠というと、寝る前の習慣が注目されがちですが、実は、朝起きてから寝るまでの1日の過ごし方、つまり運動・食事・活動量など、全てが睡眠を左右しています」(ヒラノさん、以下同)
睡眠を改善することは、1日の生活を改善することでもあるのです。では、自分自身で睡眠を改善するためのステップを順番に学んでいきましょう。
睡眠ステージとは? 設定と使い方
はじめに、睡眠ステージの計測方法をおさらいしましょう。
睡眠ステージを計測するには、iPhoneとApple Watchの「睡眠」集中モードをオンにする必要があります。手動でオンにすることもできますが、「睡眠スケジュール」を設定しておくと毎日決まった時刻に「睡眠」集中モードにすることができて便利です。
続けて、下記の設定を確認しておきましょう。
就寝準備とは、就寝時刻の前にiPhone/Apple Watchの画面を暗くし、余計な通知をオフにする機能です。寝る前の視覚への刺激を低減することに役立ちます。15分でもいいので試してみましょう。
以上で準備完了です。
4つの睡眠ステージ、意味と役割
設定を行った上でApple Watchを装着して就寝すると、下図のように睡眠ステージが記録されます。
睡眠ステージは、睡眠のレベルを「深い睡眠」「コア睡眠」「レム睡眠」「覚醒」の4つの段階で示しています。それぞれの特徴と役割を、ヒラノさんに教えてもらいました。
「レム睡眠」
一般的に眠りは「レム睡眠」「ノンレム睡眠」に分けられます。レム(REM)とは、Rapid Eye Movement(急速眼球運動、睡眠中に目がピクピク動くこと)で、夢を見る時間帯と言われています。眠りが浅いために従来は軽視されることもありましたが、実は重要な役割があることが近年わかってきました。レム睡眠中は脳内にストレスホルモンがなく、感情と記憶の整理ができると言われています。また、PTSDの治療では悪夢を見た方がメンタルの回復が早いという研究もあり、夢を見ることがストレス対策やメンタルケアにつながっていると考えられています。
「コア睡眠」
コア睡眠はノンレム睡眠のうち“浅いノンレム睡眠”の時間帯を示します。睡眠時間の約半分を占める、眠りの中心の時間帯です。運動技能やトレーニング効果を身体に定着させる役割があると言われています。
「深い睡眠」
ノンレム睡眠のうち“深いノンレム睡眠”の時間帯を示します。睡眠に入って最初の「深い睡眠」の時間帯に、一晩に分泌される成長ホルモンの70〜80%が出ていると言われます。成長ホルモンは身体の成長だけでなく、細胞修復、疲労回復、ケガの治癒など、総合的なフィジカルケアに必要な眠りです。
「覚醒」
眠りから醒めている時間帯です。朝方にうっすら起きると記憶していることもありますが、夜中などに無意識に覚醒し記憶に残っていないこともあります。こうした無意識の中途覚醒を認識することができます。
一般的に、睡眠中はレム睡眠とノンレム睡眠が90〜120分のサイクルで繰り返されます。両方のリズムと割合がが整っていることが“質の良い睡眠”の条件になります。
理想的な睡眠データとは?
このデータから、睡眠の“質”はどのように判断すればいいのでしょうか。ポイントは睡眠ステージの割合(%)にあります。個人差はありますが、ヒラノさんが示す「黄金比」は次のとおりです。
「ヘルスケア」で睡眠の記録を見ると、それぞれの時間とパーセンテージがわかります。
ここで重要なのは「睡眠を点数で評価しない」ことだとヒラノさんは言います。
「人それぞれに生活サイクルやライフスタイルが異なり、適した睡眠の時間・質も異なります。睡眠計測デバイスやアプリの基準で算出されるスコアだけで、一概に良し悪しを判断することはお勧めしません。睡眠の改善に必要なのは他者や一般的な基準との比較ではなく、過去の自分と比べることです。1週間前、1カ月前の自分と比べて今がどうなのかを大切にしてください」
具体的には、下記のような点に注目してみましょう。
1)週単位でマネジメントする
毎日理想的な睡眠時間を取れなくても、1週間単位でバランスが取れていればOK。
2)まず1カ月は続けてみる
週単位で振り返りながら1カ月ほど継続すると、毎日の行動や習慣との関連など、自分の睡眠に影響している要素がわかってきます。
3)より長いスパンで観察する
3カ月、半年と続けると、季節要因や仕事の繁忙期などとの関連も見えてきます。長く続ければより多くのことがわかります。
睡眠の質を改善するには?
睡眠データの見方がわかったら、改善策に取り組んでみましょう。睡眠中の自分に働きかけることはできませんが、起きている時間の過ごし方によって睡眠の質を変えていくことが可能です。
1)体内時計を安定させよう
体内時計は1日のホルモン分泌のタイミングや体温コントロールといった身体の大切な機能に関わっていて、健康維持のために非常に重要であることがさまざまな研究からわかっています。体内時計を安定させるには、毎日決まった時刻に寝て、決まった時刻に起きることが一番のポイント。簡単なようですが、自分の意思で継続するのはなかなか大変です。
これに役立つのが、最初にご紹介した「睡眠スケジュール」です。設定した就寝時刻15分〜3時間前(カスタマイズ可能)になるとiPhone/Apple Watchの画面が暗くなり、寝る時刻であることを意識できます。単純なようですが意外に効果があるので、ついスマホを見過ぎて夜更かししがちな方はぜひ試してみてください。
2)日中の生活との関連を見直す
睡眠ステージの比率が良くない時に見直したいのが、日中時間帯の活動の状況です。アクティビティリングで計測する活動量や、活動した時間帯、スタンドの回数などに変化はないでしょうか? 活動量が減っていたら積極的に歩いたり、座っている時間が長ければ立ち上がってストレッチをするなど、リングの状況に合わせて対策を講じるのがお勧めです。
食事の内容、入浴の時間帯、寝室の環境など、睡眠に影響する要因は他にもいろいろありますが、すべてを一度に考えるのは逆にストレスになりかねません。まずは管理しやすい運動習慣から見直してみましょう。
3)心拍や呼吸の状態を見直す
心拍数や呼吸数も睡眠の質に大きく影響する要素です。心拍・呼吸が上がっている時は、交感神経が活発であるために睡眠の質が下がっている可能性があります。ただし、心拍・呼吸の数値は年齢・体格・運動習慣などによって個人差が大きいため、標準的な値よりも自分のアベレージに対する変化を観察することがポイントです。
睡眠データの詳細画面を開くと、「比較」タブで心拍数や呼吸数を見ることができます。週/月ごとの変化をチェックして、アベレージから外れていることがわかったら、就寝前に副交感神経の働きを高めるマインドフルネスやヨガなどを行うことが効果的です。
「睡眠は人生のギフト」ヒラノさんから睡眠に悩む人へ
米フィリップスが世界13カ国の成人13,000人に実施した調査(2021年)によると、日本人の睡眠時間は調査した国の中で最も少なく、睡眠に対する満足度も29%と最も低くなっています。
しかし、どうすればより良い睡眠が得られるのか、その方法は人それぞれです。
「一言に睡眠といっても、環境・香り・衣類などの外的要素、運動量や生活リズムなどの内的要素等、さまざまな要素が関係しています。睡眠改善に大切なのは、その中で自分の苦手分野を把握することです。受験勉強と同じように、目標は同じ合格でも、そこへ至るストーリーは一人ひとり異なります。睡眠改善に必要なストーリも人それぞれなのです」
Apple Watchのようなデバイスは、こうした苦手分野の把握に役立ちます。これを糸口として、自分なりの睡眠改善に取り組んでほしいとヒラノさんは言います。
「睡眠は、食事や運動などと比べると忙しい時にまず削ってしまいがちな時間です。でも、私は睡眠は人生のギフトだと思っています。私自身、睡眠の質が上がることで人生のステージも上がると実感したことが、今の仕事につながっています。小さなところから改善に取り組んで、みなさんにもそれを感じていただけたらうれしいです」