さらなる調査の結果、非線形光学効果の一種として知られる「誘導レイリー散乱」を考えることで、この振る舞いを説明できることが判明。一般的には、誘導レイリー散乱はほかの非線光学効果と比べて影響はそれほど大きく現れないが、半金属における赤外応答の場合は、光を照射することでプラズマ振動の共鳴周波数が変わることの影響を受けて、誘導レイリー散乱が増強されることが発見されたという。

また、量子力学的な微視的モデルによる理論計算でも、巨大な屈折率分散が再現されることが確認されたという。これまでにも類似の状況を想定した理論研究は行われていたが、この屈折率分散は予想されていなかったとする。

その要因は、従来の研究が電子の質量をゼロと近似していたことにあると考察された。Cd3As2が持つ現実的なバンド構造から計算することで、電子の有限の質量に由来する反磁性電流の寄与によって屈折率分散が生じるというメカニズムが解明されたほか、この微視的モデルから出発して、従来の非線形光学で知られる誘導レイリー散乱の現象論的モデルを導出することにも成功したという。

今回の研究では、半金属が巨大な屈折率分散を示す周波数において光吸収の抑制が同時に起き、極端に遅くなった光である「スローライト」が減衰することなくむしろ増幅されながら伝搬できる可能性が示された。

  • スローライト生成の概念図

    スローライト生成の概念図。ポンプ光が半金属中の電子にエネルギーを与えて結合することで、半金属中を通過する光子の伝搬速度が遅くなる様子が表されている (出所:東大 物性研Webサイト)

またスローライトを生成できる周波数帯域も、従来法と比べて大きな100GHz程度に達し、高速情報処理を実現する上で有利になることも確認された。ポンプ光源の単色性を高めることで、屈折率分散をさらに大きくすることも可能だという。このような大きな屈折率分散が生じる起源として電子の質量が有限であることの重要性も示されたため、Cd3As2に限らず、多くの半金属において同様の性質が現れることが期待されるとしている。

  • 今回の研究内容の模式図

    今回の研究内容の模式図。Cd3As2薄膜に対して周波数30THzの強いマルチテラヘルツポンプパルス(狭帯域ポンプ)を照射し、その際の複素応答関数の変化を12~45THz帯の周波数成分からなる広帯域プローブパルスによって計測 (出所:東大 物性研Webサイト)

加えて今回の研究は、一定の周期の光電場を与えて物質を制御するという点で、近年盛んに理論的研究が進められているフロッケエンジニアリングを、物質の応答という観点から実験的に観測したことにも相当していると研究チームでは説明しており、今回の研究によって、半金属が示す赤外域での巨大な非線形応答とその機能性についての新たな切り口が見出され、今後もさらに理解と応用先が広がることが期待されるとしている。

  • バンド構造の模式図

    Cd3As2のバンド構造の模式図。黒の曲線が交差する点の付近において電子は質量ゼロとして振る舞う。緑色は電子分布が示されている。周波数30THzのポンプパルスによって、バンド間遷移を引き起こすことができる (出所:東大 物性研Webサイト)