ワコムは9月28日、120Hzのリフレッシュレートに初めて対応した27型の液晶ペンタブレット製品「Wacom Cintiq Pro 27」(以下、Cintiq Pro 27)を発表。10月12日に発売します。
本体価格は48万1,800円で、設置に必要な別売の専用スタンドが7万2,380円(合計55万4,180円)。一般ユーザーが手を伸ばしやすいものではありませんが、プロフェッショナル向け製品らしく、クリエイターをうならせる特徴をいくつも備えます。
本稿では、同機の概要をチェックしたうえで、報道陣向けに開催された製品説明会にて語られた開発の裏側についてもお届けします。
なお、同会には、『雨を告げる漂流団地』(2022年)や「ペンギン・ハイウェイ」(2018年)のアニメーション映画作品を手がけたスタジオコロリドの石田祐康監督も登壇。同製品を試用したうえでのインプレッションを語りました。
Cintiq Pro 27の「立ち位置」をおさらい
最初に、ワコムが展開する液晶ペンタブレット(以下、液タブ)の製品ラインナップをおさらいしておきましょう。
ワコムの液晶タブには、プロ仕様の「Wacom Cintiq Pro」シリーズ、エントリーモデル「Wacom Cintiq」シリーズ、Cintiqよりもさらに価格やサイズを抑えた「Wacom One」があります。
そのほか、ペンタブレットとタブレットPCを融合し、単体で使える「Wacom MobileStudio Pro」シリーズも展開。画面を備えないペンタブレット(いわゆる板タブ)として「Wacom Intuos Pro/Intuos」「One by Wacom」なども販売しています。
今回発表された「Wacom Cintiq Pro 27」は、PCと接続して使う液タブの最上位シリーズ「Cintiq Pro(シンティック プロ)」の新モデル。従来は16型、24型、32型の3モデルが展開されていましたが、ここに新デザインの27型が加わることになります。
外観はスッキリ、リフレッシュレートや色表現も向上
Cintiq Pro 27は、画面サイズ26.9インチの液タブです。筐体デザインが大幅に刷新されており、従来モデルと比べても、ベゼルは全周約20mmとぐっと狭くなりました。大型製品でありながら、省スペースを意識した設計になっています。
外形寸法は、W637 x H428 x D357mmで、本体と標準スタンド(別売)を合わせた質量は16.2kg。現行のCintiq Pro 24(W681.6 x H428 x D404.5mm、26.7kg)と比べ、ひと回りコンパクトになり、10kgほど軽量化されました。
ディスプレイの仕様については、4K解像度のほか、ワコム製品初となる120Hzのリフレッシュレートに対応したことがポイント。色表現については10億7,372万色を表示可能で、HDRガンマでの表示もサポート。Pantone認証やPantone SkinTone認証を取得しています。なお、一般的な外部モニターなどと同じ感覚で、OSDによるディスプレイ上での設定変更操作も行えます。
タブレット両側面~背面にかけて、グリップ型の「ExpressKey」を左右に4つずつ、計8つを搭載。手を添えたときには親指で2ボタン、ほかの指では2ボタンが扱いやすい位置にあるなど、既存機種のように平面的ではなく、立体的な配置になっています。ボタンへの機能割り当ては、タブレットドライバ「ワコムセンター」で行えます(※このドライバのUIも刷新されています)。
背面のインターフェースは、映像ポートとしてUSB Type-C、HDMI、Mini DisplayPortを搭載。USBポートとしてUSB Type-C、USB Type-Aを搭載。別途電源ポートを備えます。
PCとの接続方法は、以下の3パターンから選んで設置できます。
- (1)DisplayPort Alt mode対応のUBS Type-Cケーブル
- (2)USB Type-Cケーブル(DisplayPort Alt mode非対応)と映像ケーブル(HDMI/DisplayPort to Mini DisplayPortケーブル)
- (3)USB Type-Aケーブルと映像ケーブル
本体のほかに同梱される機器は、後述する新しいペン「Wacom Pro Pen 3」、ペンのカスタムパーツ、替え芯、Wacom Pro Pen 3用ペントレイ、ケーブル類(USB Type-C to Cケーブル1.8m、DisplayPort to Mini DisplayPortケーブル1.8m、HDMIケーブル1.8m、USB Type-C to A変換ケーブル1.8m、電源ケーブル1.0m、ACアダプタ)、ケーブルバンドx2などです。
一点注意したいのは、Cintiq Pro 27にスタンドやアームが付属しないことです。実は、Cintiq Pro 27では内蔵スタンドが廃止されており、使うにはスタンドまたはアームが必要となります。専用スタンドとしては、角度調整や回転が可能な「Wacom Cintiq Pro 27 Stand」(7万2,380円)を別売品として販売します。
また、100x100mmのVESAマウントにも対応するので、対応するアーム類を別途用意して使うこともできます。Wacom Cintiq Pro 24/32向けの「Wacom Flex Arm」をCintiq Pro 27でも使えるようにするアダプター「Wacom Flex Arm Adapter」(22,000円、ワコムストア専売)も販売します。
ペン先がより見やすく、カスタマイズできるPro Pen 3
同梱される新型ペン「Wacom Pro Pen 3」(以下、Pro Pen 3)では、ディスプレイのリフレッシュレート向上に合わせて、ペン側のレポートレートが上がっており、線の軌跡をより正確に再現できるようになっています。
また、ペン先で芯の出る長さが約3mmになり、従来製品のそれ(2~2.5mm)よりシャープになりました。たわみを予防する工夫が施され、芯が回転しないようにも改良されています。こうした変更により、従来よりもペン先の視認性が向上したことも見逃せません。
ペンはパーツを交換することで、ユーザーの好みに合わせたカスタマイズが可能です。グリップ形状を「ストレート」または「フレア」で変更できたり、「ボタンプレート」によってサイドスイッチの有無を変更できたりします。また、重心を調整できるバランスウェイトも付属されています。
CEO・デザイナー・エンジニアが語る開発の裏側
製品説明会の冒頭では、代表取締役社長兼CEOの井出信考氏が登壇。ワコムでは、2021年11月に発売された「Wacom Cintiq Pro 16」の開発のときも、さまざまな部署から横断的にチームメンバーを集める試みが行われていましたが、今回のCintiq Pro 27の開発でも、同様の取り組みが行われていたことを語りました。
「3つほど新しい取り組みをしました。1つ目は、新しい商品企画チーム「ETC(Extended CORE Team)」を立ち上げたことです。営業やデザイン、コールセンターなど色々な部門から志ある人に集まってもらい、普段の顧客接点を活かして、どんな価値提供を行えるか考えられるようにしました。2つ目は、『ワコム工房』という考え方を導入したこと。従来は事業部門ごとに開発作業が枝分かれしていたのを、一つの暖簾(のれん)にまとめるように取り組みました。3つ目は、パートナーとともに共同で体験を開発したことです」(井出氏)
製品開発チームでデザインを担当した西澤直也氏(Director of Design, Technology and Experience)は、Cintiq Pro 27の開発秘話について、ペンやエクスプレスキーの変更について、どのような意図があったのかを、次のように語りました。
「クリエイターは環境保全や未来を考えることに重きを置いていることが多く、環境配慮も外せない要素です。そこでWacom Pro Pen 3は、複数の種類のペンを展開するのではなく、1つのペンがたくさんの形に変わるようにしました。細い鉛筆が好きなユーザーがいれば、太いペンが良いという人もいます。鉛筆を敢えて長くしたような、“後ろ重心”を好む人が一定数いることも分かりました。こうした需要に対応するために真鍮製のバランスウェイトを採用するに至りました。
また、エクスプレスキーは、従来平面的にレイアウトしてきましたが、機能割り当てを覚えづらいという課題もありました。Wacom Cintiq Pro 27では、それを立体的な形状に落とし込むことで、指の感覚で、どのボタンに何の機能をアサインしているかを体験によって分かりやすくしました」(西澤氏)
また、ソフトウェアエンジニアの加藤龍憲氏(Sr.Manager, Software Engineering)は、120Hzに対応させるうえでの苦労についても、以下のような旨を語りました。
「いかに気持ち良く描けるかにこだわって、リフレッシュレートを上げて追従を良くしました。一方で、高い周波数で駆動させることで、タッチに対するノイズも課題になります。これを解決するために、ペンを開発するチーム、タッチ操作のチーム、ディスプレイのチームなどが横断的に協力しました」(加藤氏)
石田監督、Pro Pen 3を絶賛!
発表会には、『雨を告げる漂流団地』(2022年)、『泣きたい私は猫をかぶる』(2020年)、『ペンギン・ハイウェイ』(2018年)などを手がけるスタジオコロリドのアニメーション監督、石田祐康(いしだひろやす)氏も登壇。実際の映画制作でワコム製の液タブを使ってきた人物であり、第一線で活躍するクリエイターとしての目線から、Cintiq Pro 27の使用感について、3週間ほど試用をしたうえで、次のように評価しました。
「一番気に入ったのは、新しいペンのPro Pen 3です。アニメ業界は紙と鉛筆の文化が強いので、ペンも細いほうが好きという人は多い。私も、Wacom Pro Pen Slimが出るまでは、(Pro Pen 2の)グリップを外して裸の状態で使っていました。また、ペンの先端がよく見えるように、鉛筆を削るような感じで魔改造して、壊してしまったこともありました(笑)。
Pro Pen 3は、Pro Pen Slimよりさらに細くなっていて、軽さも細さも鉛筆のような状態で描けたのが嬉しかったですね。バランスウェイトは使いませんでした。ペン先も長くなっていて、デッサンのように寝かせた書き方ができるのも良いですね。
アニメーションは短時間で多くの絵を描く仕事なので、ペンの動かし方が人一倍早いです。だから、120Hzの追従性の良さ、レスポンスの良さもありがたい。従来モデルの60Hzでも不満はなかったですけれど、一度こっちを使ってから戻ると、カクつきに気づいてしまうかもしれませんね」(石田監督)
「あと、27型という画面サイズがあれば、縦軸でレイヤーを確認して、横軸でタイムラインも確認できるのが嬉しいです。監督の仕事では、複数人の仕事の受け渡しで情報量が増えます。作画監督や演出など、おのおのの仕事を把握しながら、適切な絵をいれてくという作業をしなくてはならないので、大画面化の恩恵はありますね。
発色もよくて、キャラクターの肌の赤みなどが正確に判断できるようにも感じました。『雨を告げる漂流団地』では、1万ピクセル以上あるようなポスターのキービジュアル作成をしたのですが、制作時にCintiq Pro 27があったら良かったのにと思いました。
ただ、アニメ業界ではスタジオとして大量に道具を導入しなくてはならない特殊な事情があって、その用途ではすでに『Cintiq Pro 16』が標準化しているように思います。Cintiq Pro 27の特徴を踏襲した小型モデルが出てきたときには、一気に導入が進むかもしれませんね。もちろん、Cintiq Pro 27は大画面を活かせる漫画やイラストの制作にはすごく良いと思います」(石田監督)
閉会後、タッチアンドトライの時間にも石田監督は来場。Cintiq Pro 27のフィーリングをより一層つかむため、熱心にスケッチを描きこんでいました。
アニメ制作ではショートカットキーを多用するため、キーボードを常に液タブ上に置いているという石田監督。Cintiq Pro 27では拡張テーブルでキーボードを置くスペースを広げられますが、「できればもう少し下、画面にかぶるくらいの位置のほうが手の負担が少ないかもしれません」と、ワコムのスタッフに率直な使用感を伝えていました。
Cintiq Pro 27の全体的な感触を尋ねると、「これ以上(性能面で)何かしてほしいと言えないくらい」の出来であるとコメント。発表会でも絶賛していたペンの使用感の良さに加え、色再現度が高い一方で長時間見つめても疲れづらい設計のため、プロ向けの制作ツールとして活用できそうと話してくれました。