1人1台のコンピュータ環境を導入する「GIGAスクール構想」。全国の小中学校では、すでにタブレット端末を用いた学習が進められています。ただ、端末は配備されたものの、うまく活用できずに持て余したり、どう使えばよいのか悩んでいる学校や自治体も少なくないといいます。
ICT教育の先進地として全国的に知られているのが熊本市。「紙の教科書やノートを置き換える」という単純な活用の段階はとっくに過ぎ、「児童や生徒同士が協働して学びを進める」「児童や生徒の才能を増幅させる」という方針でiPadを積極的に授業で活用。授業は先生が教えるもの、というインプット中心の授業ではなく、児童生徒がみずから学んで成果を共有しあうアウトプット中心の授業に転換し、目覚ましい成果を上げていました。
4人の班でiPadを見せ合いながら課題をKeynoteで仕上げていく
まず、熊本城近くにある藤園中学校の理科の授業を見学しました。今回の課題は「植物のからだのつくりとはたらき」で、植物の光合成や呼吸などの仕組みを学びます。最初の復習で利用したのが「Plantale」アプリで、Apple TV経由で教室の大型ディスプレイに接続すると鉢植え植物の姿がARで出現。茎や葉の様子が大写しで表示され、根から吸い上げた水や養分の流れが可視化できたりと、教科書や顕微鏡だけでは不可能な直感的な学習ができていました。
続いて、これまで学習した内容をiPadでまとめる作業に取りかかります。iPadのKeynoteを用い、顕微鏡で撮影した写真を交えながら葉のつくりを解説するスライドや、二酸化炭素や酸素、養分などの物質の流れをアニメーションで解説するスライドを作成していました。作業は4人の班に分かれ、作成途中のスライドを見せ合いながら議論を交わし、仕上げを進めていきます。班のメンバーと意見交換しながら進めることで新たな気づきが得られやすく、みずから学び取る力も養えると感じました。
児童が見せ方や内容を考え、役割分担をして動画を撮影
次に訪問したのが、郊外にある楡木(にれのき)小学校。5年生の国語の授業で取り組んでいたのが「敬語の使い方」。謙譲語と尊敬語の違いを学習した前回に続き、今回は相手や場面に応じた正しい敬語の使い方を伝える動画をiPadで作成するという課題です。先生から指示されたのは「分かりやすい」「おもしろい、楽しい」「正しい」の3つのポイントだけで、見せ方や内容はすべて児童に任されました。
先生の「はじめ!」のかけ声で3人ずつの班に分かれた児童たち。しばらく班で話し合っていたと思ったら教室を飛び出して撮影を始め、撮り終えた動画を再生してここが分かりづらかったね、と話し合うやいなや再び撮影に…と、先生に指示されることなくみずからトライ&エラーを繰り返して仕上げていました。面白くて分かりやすい動画にすべく、劇仕立てにする班、○×クイズにする班、ニュース番組風にする班など、どの班もアイデアを凝らしていました。班の人数が3人と少なく、誰もが出演や撮影、“カンペ”用の字幕作成など何かしらの担当を持っており、何もしなかったり手持ちぶさたになる児童がいないのは好ましいと感じました。
授業の最後には、先生が力作だと感じた班の作品を「ロイロノート」のアプリを用いて教室の大型ディスプレイに表示し、どのような工夫がよかったかをクラスの全員に説明。授業の最後には、今回の課題を終えての自分の気持ちをミー文字の絵文字で作成する取り組みもなされており、ユニークだと感じました。
授業中に気づいたのが、外付けキーボードを使って文字入力をしている生徒がいたこと。熊本市では、全小学校の3年生以上に1人1台の有線キーボードを配備。朝の授業前の「のびっこタイム」を利用してタイピングを練習しているほか、授業中も状況に応じて利用しています。昨今、レポートなど長文の作成も画面のフリック入力だけでこなし、社会人になってパソコンのキーボードになじめない若者も多いと聞くなか、小学生からキーボード入力を身につけられるのは好ましいと感じます。
iPad活用の先進校のノウハウを市内の学校で共有する体制を用意
中学校と小学校でそれぞれ1時間の授業を見学しただけでも、児童生徒が協力してiPadを活用し、自主的に授業に臨んでいる姿が印象的に感じました。iPadを効果的に活用できている工夫は何なのか、仕掛け人ともいえる熊本市の担当者に話を聞きました。
2018年、一部の学校にiPadを先行導入した熊本市がまず決めたのが、「授業は先生から教えてもらうもの」というこれまでの考えを改め、「授業は児童生徒がみずから学び取るもの」という方針にしたこと。問題発見や解決の能力を養い、さまざまな課題に対応できる子どもに育てるのが目的としています。
その方針に沿って授業を進めていくうちに、iPadを紙の教科書やノートを置き換えるものとして使う単純な活用は早々に減ったそう。現在は、クラウドなどのテクノロジーを活用して児童や生徒同士が協働して学びを進めたり、多彩なアプリを用いて児童や生徒の才能を増幅させる道具として使うなど、高度に活用するようになっています。
熊本市のiPad活用で特筆できるのが、産官学が連携してICT教育の底上げに動いていること。特に重要な役割を担っているのが、小中学校の教職員の研修や支援を行う熊本市教育センターです。GIGAスクールに合わせてiPadを全小中学校に配備した熊本市ですが、今回取材した藤園中学校や楡木小学校のように効果的に活用できている学校や先生がいる一方で、まだまだのところもあるといいます。そこで教育センターは、活用に成功している学校や先生への聞き取りや授業見学を実施し、研修や授業支援を通してほかの学校や先生に知識やノウハウを共有し、市の学校全体で活用スキルを底上げするための橋渡しをしています。
現場を担当する小中学生の先生は「iPadを導入したメリットはさまざま」と口々に語りますが、特に好ましいと感じていたのが、子どもたちが秘めている表情や可能性に気づけたこと。「授業を進めていて、この子がこんな表情をするんだ、と驚くことが増えました。引っ込み思案だった子が進んで自分の意見を進んで発表したり、新しいことに挑戦することが増えたとも感じます。集中力が途切れがちな子どもも、iPadを前にすると驚くほど真剣に授業に取り組んでくれますね」。
学校にタブレット端末を導入するとなると、「遊びの道具をわざわざ学校に導入するのか」と否定的な意見を出す保護者もいます。しかし、熊本市がiPadの導入を決めた際は、変化を期待する肯定的な声がほとんどだったそう。産学官や家庭を巻き込んで、児童生徒の才能を増幅させる道具として活躍しているiPad。熊本市の取り組みは、タブレット端末の効果的な活用に悩む全国の自治体が参考にしてほしいと感じました。