デジタルの力を体験できたから、デジタル化への理解が進んだ
データを活用すれば、売上が増えることがわかったら、「もっとやってみよう」と考えるのは当然だろう。上原氏は、「商人は疑い深いもの。これまで付き合いのなかった業者がひょっこりきてレジを配っても、実証して結果を出さないと説得力がない。体験させなきゃ理解できないし、そこに金出せと言われても出さない」と、実証実験によって結果が出たことで、商店街のオーナーたちのデジタルに対する理解が進み、デジタル化に対し、やる気になったと語る。
また、上原氏は「商人は仕入れて売るという短いスパンでビジネスを行っているので、先行投資という考え方が根付いていません。ただ、われわれは『東京高円寺阿波おどり』などの施策を通じて、新しい文化を育てていけば人を集められることを肌で実感しているという素地はあった」と、同商店街ならではの事情も明かした。
実証実験で効果を出している企業の特徴を聞いてみたところ、「データをきちんと記録している」という答えが返ってきた。これまでにない作業が追加されると、正直、面倒だと思う人もいるだろう。しかし、「手間がかかるけど、やってみよう」と取り組んだ店舗では、データが蓄積して、それを分析した結果が出たことで、実証実験に取り組む意欲につながったようだ。
上原氏は、「最初から、詳細なマスタを登録しようとしてもうまくいかないでしょう。最初は小さく始めて、効果が出たらマスタを細かくしていく。そうすることで、利用を広げていくことができます」と語っていた。
次の目標は、地域のデジタルマネーとプレミアム商品券
さて、高円寺パル商店街では、実証実験第2弾として、今年2月から5月にかけて、デジタルスタンプラリーを開催した。デジタルスタンプラリーとは、専用アプリとビーコンを使った非接触型のスタンプラリーだ。参加者は専用アプリをスマートフォンやタブレットにダウンロードし、店舗はスタンプ付与専用のビーコンを設置した。
これまでは、紙の台紙を使ってスタンプラリーをやっていたが、課題があったという。上原氏によると、「紙のデータ分析など手作業で行っていたので大変だった」とのこと。
しかし、デジタルスタンプにするだけで、どの店舗のハンコがいつ、いくつ押されたかがすぐにわかるようになり、「集計がかなりラクになりました」と上原氏はいう。
そして、高円寺パル商店街のデジタル化はこれで終わりではない。上原氏は、今後の計画を次のように語る。
「前払いではない、パル商店街だけのデジタルマネーにも取り組みたいですね。レジを入れていない店舗もQRコードの決済ができるようにすれば、地域ポイントのような電子マネーが使えるようになります。前払い式の地域マネーを運用できるようになると、独自のプレミア商品券も利用できるようになります。地域でデジタルマネーや商品券を運用できるようになると、運用費と手数料を抑えられ、それをお客さんに還元できるようになります」
こうした計画について、「デジタルに慣れたら、数年でできるかもしれません。デジタルを始めなければ、いつまでたっても実現しません。だから、これからも下地を作っていきます」と、上原氏は語る。
高円寺パル商店街のデジタル化を成功に導いた「伴走型支援」
カシオの宣伝をするわけではないが、同社のサポートがあったからこそ、高円寺パル商店街の実証実験はうまくいったのではないだろうか。最近、いろいろなベンダーが「伴走型DX」を掲げているが、テクノロジーに詳しい人材を抱えていない企業がDXを推進するには。ベンダーのサポートは大なり小なり必要不可欠だろう。今回の取材で、それを改めて実感した。
上原氏も「単純に数値をまとめた分析結果を出しても、役に立ちません。また、店舗のオーナーがデータを見に行くというのも現実的ではありません。今回は、カシオさんが考えながら分析レポートを出してくれたので、効果が出たと思います」と話す。
カシオは今回無償でレジを配りサポートを行ったが、実証実験というフィールドを提供してもらったことで、レッジを得て、商店街向けサービスの開発に漕ぎづけた。
今年3月に、タブレットレジ「EZネットレジ」と、決済サービス「EZキャッシュレス」、商店街単位でDXを支援する「商店街EZパッケージプラン」が発表され、6月末より「商店街EZパッケージプラン」の提供が開始された。
高円寺パル商店街はコストをかけずにデジタル化に着手することができ、カシオは実証実験という場を得て、商店街が実際に抱える課題を解決できるソリューションの開発を実現し、双方にメリットがあった実証実験だったのではないだろうか。
中小企業基盤整備機構によると、日本の企業の99%は中小企業と言われている。つまり、中小企業のデジタル化を推し進めなければ、日本全体のデジタル力も上がらないといえよう。高円寺パル商店街のような取り組みが日本全国で広がることを期待したい。