家電や電気設備のイメージが強いパナソニック。実はガス設備でも高いシェアを誇っている。これは1978年に、パナソニックの創業者である故・松下幸之助氏が都市ガス事業者から相談を受け、電気のブレーカーのような安全機能を持つガス安全メーター向けコントローラなどのデバイス開発を依頼されたことがきっかけだ。
それまでのガスメーターは計測するだけの機器だったが、異常が発生したときなどにガスの供給を止める機能をプラスすることで、安全性を確保した。そして1983年、ガスマイコンメーターの第1号機「マイセーフ」を開発。1986年には全国の都市ガス事業者やLPガス事業者に広がり、これまでの累計出荷台数は約1.7億台にもなる。
安全機能を搭載したガスメーターは珍しいことから、日本のみならず、世界各国に広がっているという。
ガス安全メーター向けデバイスやエネファームといった家庭用燃料電池の機器の製造・開発を行っているのが、パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 スマートエネルギーシステム事業部(以下、パナソニックEW社)だ。今回、同社が手がけるガス事業者向けのメーターデバイス事業について説明会を取材した。
LPガス事業者の課題を解決するIoT化には多くの課題が山積
エネルギーインフラの一つとして重要なガスは、日本全国で約5,000万世帯が家庭のエネルギーとして利用している。日本は平地が少なく山間部が多いという地形上の問題や地震が多いことから、先進国では珍しく、全世帯の約半数がLPガスだ。
パイプラインで各家庭に供給される都市ガスと異なり、一軒一軒にガスボンベを置いてガスを供給しているLPガス業界のビジネスには、さまざまな課題がある。
それは、カーボンニュートラルに向けたCO2の削減といった大きなものから、コロナ禍による営業形態の変化や人材不足、また、ガス以外のエネルギーも含めた競争の激化など多岐にわたる。これらの課題をクリアしつつ事業を継続する上では、今あるリソースをどれだけ有効に活用するかが大きなポイントとされているのだ。
課題に対応する方法の一つとして、LPガス業界ではIoT化が進められている。ガスメーターに通信機器を取り付け、集中監視する取り組みだ。これまでLPガスは一軒一軒を検針員が回って、ガスの使用量や故障などをチェックしていたが、IoT化で集中監視すれば巡回を減らせる。
さらに、地震発生の緊急通報をリアルタイムで受け取ることができ、効率的な復旧作業につながる。引っ越しにともなうガスの遮断、開栓、そして検針も、遠隔から可能になるのだ。
利用者宅に残っているガスボンベの残量も遠隔から把握できるため、ガス切れを防ぎながら軒下在庫も減らせる。軒下在庫とは、各家庭に備えられた予備のガスボンベを指す。LPガス事業者の在庫として資産計上されるため、経営に影響を与える。
いいことずくめに見える集中監視システムだが、導入には課題も。一つは初期投資の重さだ。IoT化による効果を得るためには、大雑把にいってLPガス事業者が担当する家庭の5割以上で導入が必要だという。中小のLPガス事業者にとっては導入コストの負担が大きく、キャッシュフローが厳しくなるリスクがある。
また、通信モジュールなどの機器は多くの場合、利用期間が10年で設定されており、寿命期間が来たら交換が発生。つまり10年ごとに投資が必要なのだ。通信を利用する以上、通信の専門家による保守体制の構築も欠かせず、導入の大きなハードルになっている。
保守までおまかせ、クラウド型 自動検針・集中監視サービスを月額定額で用意
そこで、パナソニックEW社がLPガス事業者向けに用意しているのが、初期投資いらずで利用できる「クラウド型 自動検針・集中監視サービス」だ。
このサービスには通信機器から回線費用、サーバー運用や維持メンテナンスまで、すべて含まれる。工事・保守を丸ごとおまかせで10年間の運用ができるわけだ。これを、LPガスを使う一般消費者の1軒あたり月額300円で提供する(パナソニックへはLPガス事業者がサービス料金を支払うため、一般消費者のガス料金に反映されるかどうかは、LPガス事業者や地域によって異なる)。
LPガス事業者が自前でIoTサービスを構築する場合、通信機器の選定と購入から、工事、サーバーの運営や保守まですべて担当しなければならない。大手のLPガス事業者には可能でも、中小のLPガス事業者にとっては難しい。そこでパナソニックEW社では、これらを丸ごと引き取り、初期投資なしでサービスを利用できるようにした。
この「クラウド型 自動検針・集中監視サービス」は2018年からスタート。今ではノウハウが蓄積されて体制も整ったことから、2022年度から本格的にサービスを展開することになった。
「IoTサービス導入で最初の課題となる初期投資がゼロなので、一気に一定割合の導入ができます。通信費やサーバー費用なども月額費用に含まれ、それ以上の投資は必要ありません」(パナソニックEW社 岸川氏)
機器の設置から保守までをパナソニックの専門技術者が担当するのも、このサービスの強みだ。例えば、エリアによって通信状態のよい通信キャリアが異なることがある。LPガス事業者が自社でサービスを構築している場合、そこだけ別キャリアを使うとなるとコスト増のリスクがあるが、パナソニックならそれも月額費用内で対応できる。
また、エリアや気候といった外的要因によって一回で通信できない場合、通信機器がリトライを繰り返してしまう。それが頻繁にあると10年保つはずのバッテリーが消耗して5年で切れたりする。そういった場合の電池交換保守もパナソニックが行うので安心だ。水害などの災害時も動産保険で対応するため、新たな費用は発生しない。
なお、料金プラン(LPガス事業者がパナソニックへ支払う)は4種類を用意。10年間定額の「フラット10」を基本として、6年目から月額費用がダウンする「フラット5」、運転資金に余裕がある場合に一部の初期投資を前払いする「アドバンスド×フラット10(フラット5)」から選べる。
「クラウド型 自動検針・集中監視サービス」の事業者と契約者それぞれのメリット
「クラウド型 自動検針・集中監視サービス」には4つのサービスが含まれている。このうち2つ、保安情報やガスの使用状況をリアルタイムで監視できる「集中監視システム」と「WEB明細」サービスは、ガス事業者にとって大きなメリットがあるサービスだ。
「集中監視システム」はWebベースのシステム。IDとパスワードを入力すると、各家庭の残ガス情報の取得や遮断・開栓といった作業が行える。各家庭の通信端末からは10秒ごとに最新情報が届くため、ほぼリアルタイムで監視する仕組みだ。もし通信不良などの不具合が発生した場合、パナソニックの保守体制が早期に対応。すばやく不具合を分析し、発生から7日内に対応してLPガス事業者にレポートを提出する。
災害対策もある。例えば洪水が発生すると、従来のシステムでは災害状況を把握すると同時に、安全弁が作動してガスが止まっていないかどうかを個別に確認して対策していく必要があった。集中監視システムがあれば、リアルタイムで状況を確認できる。さらにパナソニックの専門部隊が現地に入り、インフラを調査。復旧できるところから復旧しつつ、同時にデータ解析や機器の手配を行う。事例として、2020年7月に発生した熊本での豪雨災害において、2週間で修復の準備が完了したという。約600台の機器に保険が適用され、新たな復旧費用が不要となった。
もう一つの「WEB明細」は、契約者(一般家庭)がWeb上でガスの請求情報や選択期間のガス使用量などをチェックできる機能だ。契約者のメリットであると同時に、明細書の送付コストを減らせる点で事業者の利点でもある。「集中監視システム」と「WEB明細」は、月額基本料金に含まれているサービスだ。
契約者にとっての魅力的なサービスはほかにもある。オプションとして用意されている「安心・安全サービス」や「省エネ支援サービス」だ。例えば、ガスの消し忘れ通知をスマホで受け取れたり、遠隔から確認・遮断したりできる。また、離れて暮らす高齢者が前日にガスを使っていない場合など、メールで通知する見守り機能も備わっている。
「省エネ支援サービス」は、ガスの使用量などを見える化するもの。日別、月別、年別でガスの使用量を比べて閲覧できる。これらのオプションサービスは、LPガス事業者と契約者の関係性を強化することにもつながっていく。
2030年までに100万契約を目指す
2022年3月の時点で、「クラウド型 自動検針・集中監視サービス」の契約数は約6万軒(一般家庭が直接契約するのはLPガス事業者)。パナソニックEW社は、これを2030年までに100万軒に伸ばすとしている。
「LPガスの総需要は約2,400万軒とされており、すでに大手のLPガス事業者がサービスしている世帯を除くと、我々のサービス対象と考えられるのは約1,000万軒。そのうちの10%を獲得したいと考えています。日本全国にLPガス事業者は16,000~17,000あります。小さい事業者は初期投資が大変なので、そういう事業者と直接連携したり、そこにガスを販売している卸売業者と連携する方法もあると思っています」 (パナソニックEW社 岸川氏)
導入事例として最も顧客数(LPガス事業者が契約している一般消費者)が多いのは、九州のLP事業者で顧客数は45,000軒。逆に最も少ないのは、北海道のLPガス事業者で600軒となっている。各事業者がパナソニックEW社のサービスを採用した理由としては、「初期投資なしで始められるため早期導入できる」、「保守サービスや安心安全サービスが用意されている」などが挙がっていた。
パナソニックEW社は契約者数100万件を目指すために、さらなるオプションサービスの開発も進めていく。加えて、海外進出なども視野に入れているそうだ。
ガス機器と家庭用畜電池を開発するパナソニックの奈良工場
今回、パナソニックEW社のスマートエネルギーシステム事業部が入っている奈良拠点の見学会も行われた。奈良拠点は1953年に奈良工場として建設されたものだ。敷地面積は約4万坪で東京ドーム3個分。1967年から、暖房機器、厨房機器、石油機器などを製造してきた。
現在はスマートエネルギーシステム事業部が取り扱っている、ガスメーターに搭載されている遮断弁や圧力センサー、無線デバイスなどを開発。そして一部のデバイスは現在もここで製造されている。