去る11月19日の昼、「今晩ほぼ皆既月食な部分月食があるんですが、撮ってみませんか?」と編集部から思わぬ依頼が。その「ほぼ皆既月食な部分月食」ってなんなのさ?と思いつつ、聞けば日本では140年ぶりで、次は65年後らしい。そういえば、皆既月食なら自宅から撮ったことがある。超望遠ズームでスカイツリーと月を絡めたなぁ。っていうかネットで調べたら皆既月食、今年5月にもあったそうだ。記憶にございません(曇りだったそうな)。
今回の月食のピークは午後6時2分頃で、月の97.8%が隠れるそうだ。東京からの方位角は東北東と東の間の79度。息子を午後6時半までに保育園へ迎えにいかねばならないので、移動時間を考えると自転車15分圏内が撮影可能エリアとなる。スカイツリーが見える我が家のベランダから撮ることも考えたが、軌道を調べると午後6時2分の月は向かいのマンションの影。そこで地図に仮想線を引けるサイトで、試しにスカイツリーから西へ79度を見ると……近くて撮れそうなポイントは隅田川に架かる駒形橋の西詰・下流寄り。ランニングでしょっちゅう走っているので、撮影環境やスカイツリーの見え方はすぐに想像できた。保育園にも10分ほどで行ける。
というわけで日が暮れた頃、ママチャリの息子席にジッツォの太い三脚をくくりつけ、普段から背負っているカメラ用リュックにソニーα7R IVと、今年(2021年)8月に発売されたばかりのシグマ「150-600mm F5-6.3 DG DN OS」を入れて出発。僕は、舞台やステージを撮る仕事でこのクラスの超望遠ズームレンズを使うのだが、コロナ禍でそれらの仕事は軒並みキャンセル。図らずもこの月食が初の実戦投入となった。
天体の撮影には経験と知識があれこれ必要だが、僕にはどちらもほとんどない。ただ地球の自転は思いのほか速く、シャッター速度があまり長いと星が流れることは知っている。超広角でも30秒すると点が短い線になる。焦点距離が伸びればその流れは顕著だ。またゴツい三脚と雲台を用意したとはいえ超望遠ゆえのブレも気になる。シャッター速度を10秒や20秒にして細かいブレが打ち消す方法もあるが、自転の影響を考えるとそれは危険だ。そこで1秒をベースに、長くて2秒、短くて1/4秒でブレ具合を見ながら調整。ちなみにドライブモードもブレ対策で2秒セルフタイマーにした。一方、絞りはスカイツリーと月の両方にピントを合わせたいのでF11~22と絞り込んだ。広角~標準なら絞り開放でも両者にピントが合いそうだが、300~600mmになると被写界深度(ピントの合う幅)もそれなりに狭いのだ。
そんな具合でシャッター速度と絞りを両方細かく調整したいので、露出モードは当然マニュアル。とかく夜の撮影はカメラ任せにすると、露出オーバーで暗闇のはずの空がグレーに写りがちだ。そのため撮影した画像を見ながら、主にISO感度で明るさを調整。おおよそカメラの適正値から-1~-2あたりに合わせていた。もしカメラ初心者の方がレンズ交換式カメラで今回のような撮影に挑むなら、ひとまず「絞り優先オートでF8、露出補正は-1。ISOは1600~3200」で撮ってみると失敗は少ないように思う。ただ、広角〜標準で地上の風景も込みで撮るのなら、感度はISO400くらいでシャッターを10〜20秒開けてもいいと思う。
撮影時に注意したいのは、暗闇で背面のモニターを見ると明るく見えることだ。今回はそれも加味して暗め暗めに、しかし地球の影となった月が夜空に溶け込まないよう気をつけた。天体に限らず、夜景撮影ではホワイトバランスも要。RAWで撮影しているので、あとで調節する前提で「蛍光灯:温白色」に設定した。掲載している写真はAdobe Lightroom ClassicでRAW現像、そのデータをそのままAdobe Photoshopで展開してレタッチしている。色温度は月とスカイツリーのバランスで悩んだが、月食の赤みがギリギリ残りつつ、スカイツリーの赤かぶりが起こらない5000kがベストと判断した。
とまあ偉そうに解説したものの、その道のスペシャリストからみればツッコミどころ満載なのかも(汗)。実のところ、午後5時半頃に現場に着いたときは、川沿いにずらーっと並ぶ三脚の放列に圧倒され、月を隠したりちょい見せしたりする雲にやきもきしていた。幸運にも、午後6時ごろだけは月に雲がかからなかったが、慣れないジャンル+初めて使うレンズ+どんどん動いていく被写体という冷や汗のトリプルスリー。周囲の方から見れば、おそらくシロート丸出しな慌てながらの撮影だったに違いない。今回は、あくまでカメラマンとしての感覚と経験だけでやってみた結果なので、本格的に究めたい方はいろいろ調べてみてください。天体もずいぶん沼が深そうですが…。
ちなみに、あとで思い出したことなのだが、僕はアストロトレーサー(ボディ内手ブレ補正機構を転用して、地球の自転を補正する機能)を搭載しているペンタックスの一眼レフも持っていた。望遠レンズを持っていないので今回はそもそも難しかったが、たとえば今年(2021年)は12月13日の夜から14日明け方にかけてと、14日夜から15日明け方にかけての2夜に渡って楽しめるふたご座流星群などは、これで長めの露出をかけて撮ることもできる…のかな? 分からないので、今度ペンタックスの方に聞いてみます。
月食のピークを過ぎた途端、雲が月を隠してしまい、現場では撤収する人も多く見られた。空の広い浅草寺や上野公園に移って撮り続けた方もいるかもしれないが、僕は自転車で保育園へ。無事息子のお迎えにも間に合った。月食そのものはさほど珍しいものではなく、来年(2022年)11月に皆既月食、2023年10月に部分月食が日本で見られるそうだ。僕もまた挑戦するタイミングがあったら、もう少しうまく撮ってみたいと思う。それには、まず保育園のお迎えを妻に頼むことだな…。