情報通信研究機構(NICT)は8月19日、心理物理実験とfMRI実験によって、香りで映像のスピード感が変わる新しいクロスモーダル現象を発見し、レモンの香りが伴うときは映像が遅く、バニラの香りが伴うときは映像が速く見えることが明らかになったと発表した。
同成果は、NICT 未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センターの對馬淑亮主任研究員らの研究チームによるもの。詳細は、学際的な始点から知覚と感覚認知を扱うスイスの学術誌「Frontiers in Neuroscience」に掲載された。
ヒトは五感を通して外界の情報を得ているが、いくつかの異なる感覚を同時に使うことが多く、そうした互いの感覚に影響を及ぼし合いながら外界の情報を処理することは「クロスモーダル現象」と呼ばれている。
中でも、嗅覚刺激によるクロスモーダル現象は、香水のように香りによって自身や相手の気分を変える効果や、アロマセラピーのようなリラクゼーション効果など、日常のさまざまな場面で楽しまれている。
しかし、そのような嗅覚刺激を利用したクロスモーダル現象の科学的研究は発展途上にあり、不明な点が多いのが現状だという。その主な理由として、嗅覚刺激の制御の難しさ、嗅覚刺激に対する感性評価の難しさなどが挙げられ、それらは香りのクロスモーダル現象を研究する上での課題となっている。
そこで研究チームは今回、心理物理実験の手法やfMRI実験を駆使することで、香りで映像のスピード感が変わることを心理学、生理学データに基づき科学的に実証することに挑んだという。具体的には、NICT発のベンチャーであるアロマジョインが開発したデジタル香りコントロール装置「Aroma Shooter」を使用することで、嗅覚刺激を制御。実験参加者に、レモンかバニラの香り、もしくは無臭の空気を1秒間噴射したあと、画面に提示されたモーションドットが、感覚として速かったのか遅かったのかを応えるという試験が実施された。その際の香りの強度は、レモン、バニラともに2段階(100%また50%)、モーションドットの速さは7段階で行われたという。
その結果、同じモーションドットの速さの場合でも、無臭時に比べてレモンの香りが伴うときは遅く、バニラの香りが伴うときは速く感じることが確認された。
またfMRI実験では、fMRI装置用のArco System製嗅覚提示装置、ならびに鼻マスクが使われる形で、心理物理実験とほぼ同じ環境を構築。実験中は、香りによって視覚野(hMT:human middle temporalの略で運動知覚に関わる視覚野の一部位、V1:第一次視覚野)の脳活動が変わることが確認され、視覚と嗅覚のクロスモーダル現象の存在が心理学、生理学データに基づき実証されたという。
嗅覚刺激によるクロスモーダル現象は、これまで、感情や記憶のような高次の脳機能への影響が取り沙汰されることが多くあったが、今回の研究成果のような、嗅覚刺激が映像のスピード感のような、脳機能の中でも低次の感覚に影響を与えることが発見されたことは、学術的な意義が大きいと考えられると研究チームは説明している。
また、心理学の問題で、「レモンは速いか、遅いか」という問いに、「レモンは(どちらかといえば)、速い」という回答者が多いことが過去の研究からわかっているとのことだが、レモンやその香りの印象が、何らかの形で、スピード感と関連することが今回の研究結果からも示されたともしている。