東京工業大学(東工大)は8月19日、量子アニーリングに関わる「量子磁性体」の性質をスーパーコンピュータ(古典コンピュータ、スパコン)でシミュレートしたところ、そのデータが量子力学の理論と合わないことが示され、古典コンピュータでは量子アニーリングをシミュレートできないということを発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 量子コンピューティング研究ユニットの坂東優樹研究員(研究当時)、西森秀稔特任教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が発行する原子、分子、光学、量子子規額などを題材とした学術誌「Physical Review A」に掲載された。

量子力学の効果を用いて、「巡回セールスマン問題」などといったある種の関数の最小値を求める計算手法である「量子アニーリング」は、1998年に東工大の西森特任教授と当時大学院生だった門脇正氏らによって考案され、それを商用ハードウェアとして2011年にD-Waveが発表したことで、現在の量子コンピュータ活用に向けた動きがつながっている。

近年、この量子アニーリングは組み合わせ最適化問題だけでなく、物質の性質を解明することを目的とした、量子デバイス上でシミュレーションを行う「量子シミュレーション」への応用にも期待されるようになっているが、D-Waveの量子アニーリングマシン上で実現されている形式の量子アニーリングは、古典コンピュータ(従来型コンピュータ)上で効率よくシミュレートできるため、わざわざ量子デバイスを使う必要はないという論調もあるという。西森特任教授らも、対象とする物質の平衡状態に関する性質についてはその主張が正当だとするが、動的な性質についてはその根拠は希薄だとする。

またこの問題に焦点を当てた研究は、これまでのところ、あまり見当たらないことから、今回の研究では、「1次元横磁場イジング模型」の動的な性質、つまり時間とともに変化する性質について、古典コンピュータとして、東工大が運用するスパコン「TSUBAME3.0」上でシミュレーションを実行。得られたデータから「欠陥数」の分布について詳細な解析が実施されたところ、量子力学の理論から導かれる値と一致しない場合が多いことが示されたという。

  • 量子コンピュータ

    欠陥数の分布を特徴付ける2つのキュミラント(平均や分散など、統計分布を特徴付ける重要なパラメータ)について、古典コンピュータによるシミュレーションの値(□と○)と、量子力学の理論値(青および赤の太線)の比較が行われたところ、明らかな食い違いが見られる結果となった (出所:東工大プレスリリースPDF)

また、どのような場合に一致し、どのような場合に一致しないのかをあらかじめ知ることが不可能であること、ならびに、D-Waveの量子アニーリングマシンの出力と整合していないことも明らかとなったとする。

これらの結果は、古典コンピュータによるシミュレーションの問題点を明らかにするもので、量子アニーリングを直接実現するデバイスの必要性を裏付けることとなったと研究チームでは説明しており、今後、量子物質の性質を解明し、有用な物質の開発に資するためには、高精度・高機能な量子アニーリングマシンの研究開発を促進することが必要だとのことで、今回の研究成果は、この方向性を強く支持するものだとしている。

そのため、今後はどのような量子物質が、量子アニーリングによる解析に適しているかを系統的に明らかにすることが今後重要となるとしており、その目的達成のために、さらなる研究開発が進むことが期待されるとしている。