理化学研究所(理研)は7月5日、線虫の寿命制御に関わる組織間相互作用が神経と腸の間で形成されるフィードバックループであることを発見したと発表した。

同成果は、理研 生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チームの宇野雅晴研究員、同・西田栄介チームリーダー、同・高橋知佳研究員、同・岸本沙耶研究員(研究当時)、同・岡部恵美子研究員、同・農野将功研究員、京都大学大学院 生命科学研究科の谷侑利大学院生(研究当時)、同・栗原拓也大学院生(研究当時)、同・安部亮次大学院生(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際生物学総合誌「iScience」に掲載された。

生物の寿命は種によってさまざまだが、その一方で、昆虫や哺乳類などの動物種間には、共通の寿命制御機構が存在することが明らかになってきている。例えば、動物の寿命制御に関わる主要な機構の1つである「インスリン/IGF1シグナル経路(IIS経路)」は、IIS経路は老化を積極的に制御し、IIS経路を阻害すると寿命が延びることが知られている。

IIS経路は、ストレス応答やオートファジーといったさまざまな生命現象に関連する遺伝子の発現を抑制しており、この抑制が解除されることで、生物の坑老化作用が上昇すると考えられており、動物のどの組織における機能が重要かなどの研究が進められているという。また寿命制御においても、組織間相互作用が重要な役割を果たしていることがわかってきたが、IIS経路による寿命制御に関わる組織間のコミュニケーションについては明らかになっていなかった。そこで研究チームは今回、IIS経路による寿命制御に関わる組織の検証、ならびにそれら組織間での組織間相互作用の解明を試みることにしたという。

今回の研究で研究対象として用いられたのが、モデル生物として多用されている、線形動物門に属する体長1mmほどの土壌動物である線虫「Caenorhabditis elegans」で、その寿命が約3週間と短いことが知られている。

線虫において、インスリン/IGF1が結合する受容体は「DAF-2」の1種類のみで、インスリン/IGF1がDAF-2に結合してIIS経路が活性化すると、細胞内の転写因子「DAF-16」が核外に留め置かれる。一方、DAF-2の機能を抑制することでIIS経路を遮断すると、DAF-16の核内移行が亢進する。その結果、DAF-16は坑老化作用を持った遺伝子群の発現を上昇させ、寿命が延長することが知られている。

  • 寿命

    線虫細胞におけるインスリン/IGF1シグナル伝達経路(IIS経路)の模式図。分泌タンパク質のインスリン/IGF1は、細胞外で受容体DAF-2(INSR)に結合すると、細胞内でDAF-2に結合するAGE-1(PI3k)が活性化され、PIP2をリン酸化してPIP3を生成する。その結果、下流のタンパク質リン酸化酵素(PDK-1、AKT1)は活性化された状態となる。活性化されたAKT1は、細胞質にある転写因子DAF-16をリン酸化することで、DAF-16の核内移行を阻止する。IIS経路が抑制されると、DAF-16の核内移行が亢進し、抗老化作用のある遺伝子群の発現が上昇する (出所:理研Webサイト)

今回、研究チームは、寿命制御においてIIS経路が機能する組織を明らかにするため、組織ごとにdaf-2遺伝子とdaf-16遺伝子をノックダウンさせる実験を実施。その結果、神経、腸、皮下組織、生殖腺でdaf-2をノックダウンすると寿命が延びる一方、それぞれ同じ組織内でdaf-2に加えてdaf-16も同時にノックダウンすると、寿命延長効果が打ち消されることが示されたという。

このノックダウン実験より、特に神経組織と腸組織におけるIIS経路の抑制が寿命への効果が大きかったことから、これら2つの組織の関係の解析を進めたところ、両組織でdaf-2遺伝子を同時にノックアウトしても、単独組織をノックアウトしたとき以上の寿命延長効果はなかったことなどから、神経組織と腸組織のIIS経路が同じメカニズムで寿命を制御している可能性が考えられたとしている。

そこで、神経組織のdaf-2遺伝子のノックアウトが腸組織のDAF-16に与える影響、ならびに腸組織のdaf-2遺伝子ノックアウトが神経組織のDAF-16に与える影響についての調査が実施されたところ、神経組織のdaf-2遺伝子をノックアウトすると、腸組織のDAF-16の核内移行が大きく亢進することが判明。また、腸組織においてdaf-2遺伝子をノックアウトすると、神経組織のDAF-16の核内移行が微弱ながら亢進することが確認されたという。

さらに、DAF-16の詳しい転写活性化機能を知るため、DAF-16の標的遺伝子をレポーター遺伝子として用いて、DAF-16の活性に関する解析を行ったところ、神経でdaf-2遺伝子をノックアウトすると、神経の存在する頭部に加えて腸組織においてもレポーター遺伝子の発現が上昇したほか、腸組織においてdaf-2遺伝子をノックアウトしたときも、腸組織に加えて神経の多く存在する頭部においても発現が上昇することが示されたという。これらの結果は、IIS経路は神経組織と腸組織間でポジティブフィードバックループを形成していることを示すものであるという。

  • 寿命

    腸組織または神経組織のdaf-2ノックアウトとDAF-16の活性の関係。野生型と比較して、腸組織または神経組織においてdaf-2遺伝子をノックアウトすると、DAF-16の標的遺伝子(sod-3)を用いたレポーター遺伝子の発現が上昇する。ただし、頭部での発現上昇に対しては、神経組織でのノックアウトに比べて腸組織のノックアウトの効果は弱い。各線虫個体の体長は約1mm。Hは頭部を、Iは腸部分を、Tは尾部分が示されている (出所:理研Webサイト)

これらを受けて、神経DAF-16と腸DAF-16の間で形成されるポジティブフィードバックループと、個体の寿命制御の関係についての解析を実施したところ、神経組織のdaf-2ノックアウトによる寿命延長には腸組織のDAF-16が必要であることが明らかとなったほか、腸組織でdaf-2による寿命延長には、神経組織のDAF-16が必要であることも確かめられたとする。

  • 寿命

    異なる2組織で異なる2遺伝子の操作。組織特異的ノックダウンと組織特異的ノックアウトを組み合わせることにより、2つの異なる組織で2つの異なる遺伝子を同時に操作することが可能になるという。図は、神経でDAF-2の機能を、腸組織でDAF-16の機能を抑制している (出所:理研Webサイト)

近年、脳による全身性の老化速度制御や、エネルギー経路と寿命制御の関係が注目されているが、線虫では、全身性制御の中心は神経組織であり、一方エネルギー代謝の中心は腸組織と考えられている。寿命制御においてこれら2組織の相互作用の重要性を明らかにした今回の研究成果は、生物の寿命制御機構のさらなる解明に貢献すると期待できると研究チームでは説明している。

  • 寿命

    神経と腸組織間のIIS経路を介したフィードバックループによる寿命延長。神経組織と腸組織でのDAF-2の機能抑制による寿命延長効果は、互いの組織でのDAF-16に依存していることから、両組織で機能するIIS経路はDAF-16を中心としたポジティブフィードバックの関係にある。なお、daf-2ノックアウト実験の結果(画像2)などから、「腸→神経」への作用は、「神経→腸」よりもやや弱いと考えられるとしている (出所:理研Webサイト)