浮いているような滑り心地を実現したバルミューダ初のコードレス掃除機「BALMUDA The Cleaner」は、どのようにして生まれたのでしょうか。発想の原点や試行錯誤したポイントなどを、バルミューダのデザイナー、比嘉一真氏に聞きました。
周囲から期待されていた掃除機の開発
―― さっそく、BALMUDA The Cleanerを開発したきっかけから教えてください。
比嘉氏:以前から、さまざまな方面から「バルミューダで掃除機はやらないんですか?」とよく聞かれていましたし、当社の製品ラインナップを振り返っても必要になってきたとは感じていました。
しかし、掃除機は競合も多く、技術やノウハウの積み重ねの部分も少なくないので、簡単には参入できません。まして当社の寺尾(編注:バルミューダ 代表取締役社長 寺尾玄氏)は掃除機よりもフロアモップを愛用していたので、なかなか「やるぞ」と踏み切れる環境が整わなかったのです。
それに掃除機は、これまで当社が手がけてきた製品と比べて、生活感の色濃い分野です。バルミューダらしいどこかシャレたイメージを保ちつつ、他社と異なる提案を盛り込むには、何かビジョンが必要になります。そのビジョンがなかなか出せなかったんです。
―― そのビジョンを得たのはいつごろですか?
比嘉氏:2018年の後半ですね。寺尾がいくつかやりたいものをピックアップして、エンジニアとデザイナーを交えて「どういう体験ができるか」を話し合いました。当社のWebサイトで「開発ストーリー」にもありますが、「蕎麦屋三河屋」でブレスト(笑)。寺尾が自分自身も含めて、機能面で圧倒的に優れた掃除機を使わず、フロアモップで掃除する人がいるのはなぜかという疑問から始まりました。
いま思うと、このブレストはアイデアを膨らませるための、枠が外れるきっかけになりました。日本の現代人は掃除機が生活の中にごく当たり前に存在する環境で生まれ育ったので、掃除機は自分の手で動かすものだと思っています。そして、掃除機の動きは基本的に「前後」です。
掃除機の原点を考えると、家電になる前はホウキなんですよね。ホウキの動きは基本的に「左右」なんです。この違いに気づくと、いま世の中にある掃除機に感じる使いづらさの根源は、ホウキの使いやすさを継承できていないところにあるのかもしれないと思ったんです。
こうして固定観念が取り除かれていって、ずいぶん自由な発想ができるようになりました。このころから「ホウキ」はキーワードの1つになっていました。
―― 実際に使ってみると、ホウキというか、モップの感覚に近いですよね。
比嘉氏:そうです。フロアモップに近いですよね。フロアモップはゴミを集めるのはラクですが、最後にゴミが残ったり、ホコリは取れても砂が残ったりしませんか? そういう部分では、掃除機のようにゴミが吸えるとラクです。そのため「両者(モップと掃除機)を組み合わせれば一番使いやすいのではないか」という声は、割と早い段階でアイデアとして上がっていました。
フロアモップのように少ない力で前後左右に自然な感じで動かせる掃除機なら、「掃除機をかける体験をアップデートできる」というビジョンにつながったわけです。
三河屋での話し合いの翌日には、アイデアをまとめたスケッチを数枚、コンセプトシートのようなものにして提出しました。一度これで試作機を作っていいですかと寺尾に許可を取りました。
「掃除が楽しいんだよ!」
―― 最初の試作機はどんなものでしたか?
比嘉氏:私が最初に作った試作機は、実はホバーテクノロジー(※)とは違う方向性でした。もちろん、自由な動かしやすさは最初から意識していましたが、どちらかというとジョイント部のホースをストレッチ素材で覆って隠して、きれいなたたずまいの掃除機にするというアイデアを形にしたものでした。
BALMUDA The Cleanerはジョイントがノズルの中央にあるのも、一般的な掃除機と大きく異なります。
それとほぼ同時にヘッドにブラシを2本装着して、それぞれが吸い込み口のある内側に向かって回転する機構を採り入れたデュアルブラシヘッドの試作機も作りました。最終的には両者が組み合わさったわけですね。
※:ホバーテクノロジー
ヘッド部のジョイントによって360°で自由に動くヘッドと、ヘッド裏のデュアルブラシによって、浮いているような操作感を実現。
―― ブラシを2本使うコンセプトは、開発メンバーの皆さんにはスムーズに受け入れられましたか?
比嘉氏:当社では、開発中のプロダクトは試作機を毎週アップデートしていきます。デザインミーティングのときに簡単な試作機を作りますが、これは見た目やアイデアのイメージが伝わるようなものです。もちろんCGでも検討しますし、試作機は3Dプリンターでモックを作ったり、ホームセンターで買ってきた素材で工作することもありますよ。毎週、寺尾に見せてフィードバックをもらいます。ブラシを2本使ってホバー感を出す試作機は、寺尾も驚いていましたね。
比嘉氏:そのときはブラシだけの試作で、吸い込む機構まで取り付けていませんでした。そのあと吸えるようにした試作機を開発部門が作って、それを寺尾の自宅で一週間、使ってみてもらうことになりました。果たして一週間後、寺尾から「掃除が楽しい」というキーワードが出てきました。
寺尾が何度も「掃除が楽しいんだよ!」と。それまでは、コミュニケーションに使うキーワードは「最高に自由な掃除機」といったものでしたが、このときから「楽しい掃除機」といった「楽しい」を重視したものに替わりましたね。
―― ビジョンが見えて方向性を定めるキーワードも決まったわけですね。そこからはスムーズに進みましたか?
比嘉氏:まだまだ、その後も改良のための試行錯誤が続きました。2本のブラシ、それぞれの両端にフェルトのシートを貼って動かしたとき、滑りがすごく良くなってホバー感がぐっと増し、「ホバーブラシ」に昇華しました。滑りを良くするローラーも底面に付けました。
ヘッドの四隅にもバンパーのようなクッションになるものがあったほうが良いと寺尾が思い付き、私がそれならミニ四駆のローラーを外向きに取り付けたらどうだろうと考えて実装しました。実際に使ってみるととても具合が良くて、地味な工夫ですが特許出願中です(笑)。
このほかにも、より自由に動かせるように重心を下にしたり、充電台に角度を付けて充電中は壁に立てかけているように見えるようにしたり、さまざまなところにこだわって、ようやくGOサインが出ました。
―― 掃除機の開発中はそれに専念していたのですか?
比嘉氏:掃除機が仕事の中心だった時期はありますが、掃除機だけずっとやっていたわけではありません。ほかのプロダクトも並行して手がけました。発売できた製品はランタンです。あとはまだ開発中のものや、残念ながらお蔵入りになったものもあります……。
新しいものはすぐに古くなるけれど、美しいものはいつまでも美しい
―― いわゆるバルミューダらしいデザインについて、言葉で表すとどうなるのでしょうか。
比嘉氏:掃除機に限ったことではありませんが、デザインは「シンプルで美しい」をバルミューダ製品の特徴に位置付け、膨大なデザイン作業を経ています。おおげさに感じるかもしれませんが、ボタン1つですら、何十も案を出して、見た目だけでなく押し心地やクリック感まで突き詰めます。
世の中に新しい製品が登場するとき、新しい未来を感じさせる形や奇抜なデザインは、最初はすごく注目されますが、だんだん飽きられてしまいます。新しいものなのに、すぐに古くなってしまう。ところが、古くからあるデザインでも美しいデザインはいつまでも美しいままです。
バルミューダのデザインの中には、この「いつまでたっても美しい」がある。そう言えるようになるまで、自分たちの記憶にあるなじみ深い美しい形を探って、ブラッシュアップしていくんです。
―― ほかにもデザインでこだわったポイントはありますか?
比嘉氏:本体だけでなく、アタッチメントのデザインも1つひとつこだわりました。たとえば、すき間用の「マイクロノズル」は、歯科医のバキュームから着想したものです。自動車の中や本棚の本の上、引き出しの奥などにもすーっと入るので、掃除の体験を良くしてくれますよ。
比嘉氏:あとは、テーブルの上などフラットな面を掃除するときに便利なアタッチメントがあります。バーコードリーダーみたいなデザインのものです。これは当時、新卒だった女性社員がデザインしたものなのですが、同じようなコンセプトで試作を出し合った中で彼女のデザインが選ばれました。負けてしまいました(笑)。
比嘉氏:廃案になったアタッチメントの試作は大量にあって、ダンボールで一箱分くらいありますよ。また、アタッチメントを入れておくバッグを用意したことにも注目していただけたら。
―― デザインに関して、ほかのセクションと意見をぶつけ合って最終的に比嘉さんが通した部分はありますか?
比嘉氏:意見のぶつかり合いはしょっちゅうですが、ぱっと思い付く印象的なところは、ハンドル部分のロゴでしょうか。ここに何もないと間延びしてしまうので、ぎゅっと引き締めるためにロゴ(BALMUDA)は必要だと、早いうちから感じていました。プリントではなく刻印にすることで、グリップ感も増します。
ところが、品質保証のセクションからは、刻印のところにゴミが溜まるのではないかと指摘されました。実際に試作機を汚して写真を撮って「こうなります」と送ってきたんですよ。普通に使うとき、汚れたらここじゃなくても拭き取りますよね。汚れたまま使わないんじゃないのと。
あまり極端な想定はユーザーの使い勝手を損ねます。もちろん、ケガや事故につながるようなリスクの場合は話が別ですが、少しでもリスクがあれば考え直します。このロゴはそういう危険にはつながらないという判断で、最終的に通りました。
「掃除機のかけ方」を変えるBALMUDA the Cleaner、世の中に一石を投じる
―― 改めて詳細を聞くと、とても個性的な掃除機に仕上がっていると感じますが、個性的すぎるということはありませんか?
比嘉氏:左右に動かせるBALMUDA the Cleanerは、世の中に対して「掃除機はこのほうが良くないですか」と提案している製品なんです。これまで発売してきた製品も同様の提案を意識しています。
たとえばDCブラシレスモーターを採用した扇風機「BALMUDA the GreenFan」は、高級扇風機というジャンルを確立できたと思っていますが、掃除機もそういう風に新しいジャンルを開拓していきたいと思っています。
比嘉氏:他社が「BALMUDA the Cleanerはいいぞ」と認めてくれれば、似たような製品も出てくるでしょう。各社がノウハウを持っていますから、同じようなコンセプトでも差別化は必ず可能なものです。より豊かな掃除機体験のできる製品が増えて、ユーザーの選択肢がもっと広がれば良いなと思っています。
―― 本日はありがとうございました。
掃除機は前後に動かすのが常識となっている中、それを「左右に動かす」のは、意識していないユーザーには気が付きにくいポイントではないでしょうか。BALMUDA The Cleanerの購入を検討するユーザーにそこを訴え、気づいてもらうのは、開発よりはマーケティングの役目になりますが、なかなか大変そうです。
すでにBALMUDA The Cleanerを購入していて、もし「思ったほど取り回しやすくない」と感じていたら、ホウキやモップのように左右に動かして、改めて「掃除体験」を感じてみてはいかがでしょうか。