1996年、当時日本一インターネット普及率の高い村があった。このとき、住民に配布された端末の中に、Macファンの多くが知らないであろう専用機種があったという。おそらく相当マニアックなMacファンの間でも知られていないであろうこの謎の機種について迫ってみた。

Macなのに「FM」…?

事の発端は、Mac業界の重鎮・林信行氏による、6月30日のTwitterでの呟きだった。

林氏は当時から日本のAppleのみならず、米Appleの上層部にも直接やりとりのできる数少ないジャーナリストとして活躍されていたが、山田村が全戸にインターネット回線(ISDN回線)を引く際に専用のMacを提供できないかと、米Appleのギル・アメリオCEO(当時)に直接連絡を取ったという。残念ながら林氏はこの段階でこの話から離れてしまったためにその後のことはご存知ないそうだが、型番が「FM-A71」であること、QuickTime Conferenceでビデオ会議ができる仕様だったことは覚えておられた。そして「6月30日」がその記念日だというのである。

筆者も1994年ごろからこの業界の末席に加えさせてもらっているが、残念なことに、このあたりの情報はスッパリ抜け落ちていた。Apple製品を専門とするライターとして、また当時インターネット専門誌に身を置いていた者として、大変情けない話である。しかし、日本専売のMacといえば、古くはPowerBook 170のJLPGA仕様(通称ベネトンカラー)や、PowerBook 2400cシリーズなどがあるが、特定の地域、それも「村」専用という機種は聞いたことがない。

「FM-A71」で検索してみても、Macに関係しそうな話題は一つもヒットしない。そもそもMacの型番として考えても、このネーミングはセオリーから外れすぎていすぎる。当時のMac雑誌等を漁れば記事があるかもしれないが、残念ながら筆者の手元にも、地元(千葉県)の図書館にもバックナンバーが存在しなかった。とはいえ、この程度で諦めていてはプロのライター失格である。ということで、インターネットよりもう少し泥臭い方法で調べることにした。

ところで「山田村」ってどこなの?

山田村は、富山県婦負(ねい)郡にあった、人口約2,000人の村だ。井田川を通じて、富山市の中央を流れる神通川へと流れ込む山田川を中心とした集落であり、1300年の歴史を誇る越中最古の古湯・山田温泉や、牛岳のスキー場といった観光名所もあるが、高齢化が進み、過疎化の進む集落でもあった。

  • 山田村(当時)近辺。ピンを立てたのは山田郵便局

それが1995年、中学校教諭の要望がきっかけで、NTTのサポートを受けて村ぐるみでのインターネット利用の取り組みがスタート。その冬には国土庁(当時)が推進していた過疎化対策の補助事業として、希望する全戸にパソコンとインターネット接続(ISDN)が整備され、「日本で家庭のパソコンとインターネット普及率が最も高い電脳村」として一躍、注目を浴びることになった。

現在は2005年の市町村統合により、富山市に吸収合併されており、富山市の南西側に位置する地区となっている。

謎のMacの素性が判明!

インターネットに記事はなくとも、現地には当時の資料、そしてあわよくば本体が現存しているかもしれない。そこで、山田村と合併した富山県富山市に問い合わせてみたところ、大変ありがたいことに、きわめて迅速に調査してくださった。

富山市企画管理部情報統計課の小林氏によると、この時に配備されたのは「Power Macintosh 7100/80AV」だという。これは1995年に発売された、CPUにPowerPC 601−80MHzを搭載したPower Macintoshシリーズの第一世代で、拡張性(NuBusスロットx3)も備えたデスクトップモデルだ。「AV」の型番が示すように、Sビデオとコンポジットビデオ入力端子も備えているのが特徴だ。

  • Power Macintosh 7100/80AV(写真は筆者が昔スキャンした公式カタログより)。メモリは標準で16MB(最大136MB)、HDDは350MBまたは700MB(SCSI接続)、そしてCD-ROMドライブ(x2倍速)を搭載している。第一世代PowerPCの実力は、概ね同程度のクロックのPentiumと同等と考えていいだろう

おそらく、このビデオ入力の存在が、Power Macintosh 7100が選択された理由だろう。というのは、当時Appleが提供していた(そしておそらく仕様上の要求項目だった)ビデオ会議システム「QuickTime Conferencing」のキットに含まれるカメラが、ビデオ端子接続だったのだ。山田村ではこのQuickTime Conferencingを使ってテレビ電話が(Mac同士のみではあるが)可能となり、家庭や福祉施設で利用されていたようだ。

ちなみにQuickTime Conferencingとは、Appleの動画技術「QuickTime」の派生技術として開発されたビデオ会議用ソフトで、当時は別売の拡張キットとして販売(専用のカメラが付属する)。ビデオ会議といっても現在のZoomやSkypeのような独自路線ではなく、国際規格のITU H.320に対応しており、Mac以外のプラットフォームと接続することもできた(Mac同士であればMovieTalkという独自プロトコルも使用できる)。今で言えばiOSなどでも利用できる「FaceTime」のような機能に、こんな昔からチャレンジしていたのだ。

当時は今のように高速なUSBもなく、パソコンで気軽に使えるビデオカメラといえば、シリアルポート接続の米Connectix社「QuickCam」(その後ロジクールに買収され「QCAM」ブランドになる)程度。しかも映像はグレイスケールだった。パソコンによるビデオ取り込みや編集もまだまだ現実的ではない時代に、カラーのテレビ電話システムを200台以上用意するとは、山田村ではかなり先進的な取り組みが推進されていたようだ。

なぜ「FM」だったのだろうか…?

古い情報を素早く探し出してくださった富山市情報統計課だが、さすがに古い話であることに加えて、市町村合併も挟んでしまったことから、山田村当時の情報はほとんど残っておらず、また当時を知る人間も市役所に残っていないことから、最大の謎である「FM-A71」という名称が決まった経緯についての詳細は不明だという。

とはいえ、ここまでくれば大まかな命名パターンは予想できる。「FM」の「M」はMacではないかと推測できるし、「A71」の「71」は「7100」からだろう。「A」も「AV」から取った可能性が高い。「F」の謎は残ってしまうが、とにかく結論は「山田村仕様の、QuickTime Conferencing同梱仕様のPower Macintosh 7100/80AVセット」が「FM-A71」という名称を与えられていた、ということだ。FMといえば富士通のFMシリーズを連想してしまうが、本件に関しては、富士通は無関係だったようだ。

山田村では、その後も希望者に対してパソコンの無償交換(貸与)を続けていたようなので、おそらく最初期に貸与された「FM-A71」はもやは1台も残っていないだろう。「お宝」と言えばこれ以上ないマニアックなお宝だが、ハードウェア的にはPower Macintosh 7100そのものであり、おそらく専用のネームバッジなどもなかったと推測されるため、旧山田村から「これが当時のパソコンです!」と出てこない限りは識別も難しい。まさに「幻のMac」と言える存在だったようだ。

ところで、山田村はこの後もパソコンやインターネットの普及を積極的に進め、全国で家庭のパソコンやインターネット接続の割合が最も高い「電脳村」として注目を集める。2004年には全戸に光ファイバーを接続するFTTHを実現するが、2005年の市町村合併で富山市に吸収され、村独自の予算がつかなくなったことからPCなどの更新もままならず、「電脳村」も自然解消してしまったようだ。だが、小中学生として「電脳村」を経験した山田村出身から情報工学分野の研究者も誕生しているという。将来、日本をリードする情報工学技術者の最初のパソコンが幻のMacだったら……などと想像しつつ、本稿を締めくくりたい。

追記


記事公開後、いくつかご指摘をいただきましたが、Power Macintosh 7100/80AVのメモリ搭載量は16「MB」(最大136「MB」)です。GBではありません。お詫びして訂正いたします。

そして謎の「FM」の型番ですが、情報元であった林様より「FaceMateの略だったようだ」とのご指摘をいただきました。調べてみると、NTTから発売されていたテレビ会議システム「フェイスメイト(FaceMate)」シリーズの一環として企画・販売されたものだったようです。FaceMateシリーズはCODECだけを行う製品からこうしたPCを利用したものまで、さまざまな製品を含むシリーズでしたが、NTTとAppleが共同でビデオ会議システムを販売することになり、その際にPower Macintosh 7100+QuickTime Conferencingキットのセットが「FM-A71」と命名された、というのが名前の由来だったようです。