京都工芸繊維大学(京工大)と高知工科大学(KUT)は6月24日、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を利用した脳活動計測実験と参加者同士が対面して会話を行う行動実験により、初対面の男女が会話した際の相性を、事前に取得した脳機能データの類似度を用いた人工知能(AI)アルゴリズムによって一部予測可能であることを明らかにしたと発表した。
同成果は、京工大 人間科学系の梶村昇吾助教、KUT フューチャー・デザイン研究所の伊藤文人講師、同・出馬圭世教授らの研究チームによるもの。詳細は、脳科学の中でも海馬を含めた大脳皮質に関した題材を扱う学術誌「Cerebral Cortex」に掲載された。
考え方や価値観、行動パターン、思想、嗜好、趣味、好み、直感的な好き嫌いなどは人それぞれで、そうした違いがあるからこそ、個性が存在する。他者と照らし合わせた場合、それらは一致するものもあれば、部分的に一致するもの、まったく一致しないものなど、これまたさまざまだ。
また、こうした要素はすべてが文章などで明確に記述できるとは限らず、そうした意識できないものも含めたいくつもの要素が複雑に絡み合って、人は他者を魅力的に感じたり、逆に嫌悪感を感じたり、相性が合う・合わないなどが生じたりする。対人コミュニケーションとは実に複雑であり、それ故に多くの人が人間関係に大なり小なり悩んでいたりする。
特に、恋人や生涯の伴侶などについては、誰もが相性のよいパートナーを得たいはずだ。しかし、学生時代のように教室という1つの場を大勢の男女が長時間共有している時ならまだ見つけられる可能も高いかもしれないが、社会人ともなると、異性に巡り会う機会そのものが減ってくることもあり、相性のよいパートナーを得るということは、容易ではないことは多くの人が感じていると思われる。
その難しさを支援するため、昔からさまざまな仕組みが考案されてきたが、現在ではスマートフォンのアプリに代表される、さまざまなマッチングサービスが一大経済市場を形成している。それらの多くは、利用者が自分のプロフィールを書き込む仕組みを採用しており、それにより趣味が合うとか、価値観が合うといったマッチングが行われたりする。
さらにそうした中には、利用者が自己報告した心理特性や嗜好などの情報に基づいた相性予測システムとするものを提供しているサービスもある。しかし、それらの大多数のシステムについて、先行研究では、100以上の自己報告データを用いても、異性間の相性を予測することはできないことが示されていることもあり、科学的な妥当性はないという。
そのほかの研究からも、自己報告による相手の好みと実際に選択した相手は必ずしも一貫しないことや、自己報告データの類似度と実際に会話した際に知覚した類似度は一致しないことなど、自己報告データを用いた相性予測の限界が示されていた。
自己報告データの限界を克服して相性予測を実現しうる情報源として、研究チームが今回着目したのが、fMRIによる安静時脳機能計測データだ。安静時脳機能は、安静状態の脳機能を10分程度計測するのみの簡潔さにも関わらず、多様な社会認知課題に対する脳活動パターンを予測しうる豊富な情報を有していることが、先行研究で確認されている。そのため、実際の会話における行動傾向に関する情報といった、自己報告データでの測定が難しい情報を介して相性を予測しうる可能性を考えたという。
実際に実験に参加したのは、20歳代の大学生43名(男性22名、女性21名)。参加者は、fMRIの計測装置中でスクリーンに提示される十字マークを見るよう指示され、その間の脳活動が10分間にわたって計測された。後日、会話課題が実施された。
この会話課題では、目の前の異性の参加者と3分間の会話を行ったあとに次の席へ移動し、また目の前の参加者と3分間の会話を行うということを異性全員と話し終えるまで繰り返され、参加者はすべての会話終了後に、また話したいと思った異性を半数以上選ぶよう求められた。
実験終了後のアンケート結果から、お互いにまた話したいと思ったペアを相性のよいペア、それ以外を相性がよいとはいえないペアとラベリング。安静時脳機能データは、周波数解析により4周波数帯に分解され、それぞれについて領域間の機能的結合プロファイルが計算されたあと、異性間ペアごとに機能的結合プロファイルの類似度が計算された。
さらに、人工知能アルゴリズム(Elastic-net正則化ロジスティック回帰)によって、異性間ペアの類似度から相性のよし悪しを学習・予測し、統計的有意性について「パーミュテーション検定」によって検定が行われた。その結果、相対的に速い周波数帯の類似度を用いることで、異性間の相性を有意に予測できることが示されたとした。
この結果は、安静時機能的結合プロファイルの類似度が、自己報告データで測定することが難しい情報、例えば男女が実際に会話をした際に示す行動傾向に関する情報を有している可能性を示しているという。
また、相性の予測に貢献した機能的結合についての調査が行われ、感情・社会情報処理、他者の顔認知、心的状態の推測など、多様な社会的認知に関連する脳内ネットワークの強い寄与が明らかとなったという。
今回の研究は、心理尺度などの自己報告データでは予測できなかった異性間の相性を、安静時機能的結合プロファイルの類似性から一部予測できることが初めて示された形だ。
研究チームでは、今回の研究における相性の予測精度や相性の定義は限定的とするが、将来的には他者との関係構築をサポートする手法として、今回の提案手法が活用される可能性があるとしている。ただし、今回の提案手法の再現性・有益性・応用可能性について、さらなる検証を行う必要があるともしているほか、社会応用に向けては利用者の意思の尊重やプライバシーの確保など倫理的な側面に配慮する必要もあり、慎重な検討が必要と考えられるともしている(あくまでも基礎研究の段階にあり、即座に社会応用できる技術ではないとしている)。そのため、研究グループでは、研究手法のさらなる改善に取り組んでいく予定だとしている。