大阪市立大学は5月24日、故・南部陽一郎博士(1921-2015)がノーベル物理学賞を受賞した際の「対称性の自発的破れ」に関して、2019年に発見された「対称性の自発的破れの非平衡時間発展」によって生み出される未知の「位相欠陥」の正体を理論的に突き止めたと発表した。
同成果は、大阪市立大 理学研究院および同大 南部陽一郎物理学研究所の竹内宏光講師によるもの。詳細は、米物理学会発行の学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載された。
対称性の自発的破れの概念は、物性物理から素粒子、原子核、宇宙物理などにまたがる幅広い分野の普遍的基礎概念だ。しかしその時間発展については、単純な場合を除いて未解明の部分が多く残されているという。
そもそも、「対称性」が「自発的に」「破れる」とは、どういうことだろうか。対称性と一口にいってもさまざまなものがあり、たとえば、ワインの瓶の底のような、中央が盛り上がっていてその周囲の方が低い形状を考えてみる。この形状は、中心を軸にしてコマのように左右にどれだけ回転させても、同じ形なので対称性の1つである「回転対称」である。
そしてこの中央の盛り上がりの頂には平らな部分が一切ないとする。このとき、その頂点にある程度の大きさのボールを置いたら、どうなるだろうか? ボールは自分でバランスを取らないので、おそらくどれだけ慎重に頂点に置いたとしても、短時間のうちに重力に引かれていずれかの方向に転げ落ちてしまうことだろう。そして底のどこかの部分で止まることになる。ボールがどこか1か所にあるということは、もはや回転対称性ではなくなったことを意味する。つまり、これが「自発的に(人為的ではないのに)」、「(対称性が)破れる」ということだ。現代の素粒子理論においては、それが生じたことによって素粒子が質量を得たと考えられているのである。
対称性の自発的破れが起こった物理系の性質を記述する際には、「場」と呼ばれる時間と空間に依存した関数が共通して用いられる。この場の運動を計算することができれば、その系の挙動を予測できるが、場の自由度は無限大であるため、その計算は一般的には困難だ。
それでは、場の複雑な運動を記述するにはどうするのかというと、場の中を漂う物体である位相欠陥に、その自由度を代表させるというやり方がある。位相欠陥の「芯」付近の場はある決まった構造を取るため、芯の中心を質点の運動のように記述することで、場の運動も近似的に予測することが可能となるのである。この状況は、ちょうど台風の目の進路を見れば、今後の風向きの変化をある程度予測できることに似ているという。
なお素粒子理論において位相欠陥とは、対称性の自発的破れを記述する場が相転移の過程で空間的に非一様に成長することで取り残さる、局所的なエネルギーの集中領域のことをいう。このような場の例として素粒子論で知られているのが、ヒッグス場である(ヒッグス粒子とは、ヒッグス場にエネルギーを与えることで出現する)。
超伝導体と超流体といった対称性の自発的破れが起こる典型的な物質では、「風」は抵抗なしの電流と摩擦なしの流れに対応する。対称性の破れ方に応じて芯の周りの場の構造は予測できるので、対称性の破れ方を大局的に把握していれば位相欠陥の挙動、すなわち場の挙動もよく理解できると考えられてきた。
しかしこのような考えを否定する現象が、2019年に発見された(Phys.Rev.Lett.122,095301(2019))。そのときの実験系の対称性の破れ方はよく知られる通常の超伝導体・超流体と同様であったため、そこで現れる「量子渦」と呼ばれる位相欠陥の芯の形状は2次元断面では台風の目のように丸くなると予測されていた。
ところが、実際に観測された位相欠陥の断面の構造は、まったく異なるものだったのである。当時、この位相欠陥は既知の2種類の位相欠陥が複合したもの(複合欠陥)とされ、臨界点近傍の相転移過程で一時的に起こる過渡的な状態だと解釈されたという。
そこで今回の研究では、実験で観測された複合欠陥の物理的性質を解明するため、飛行機の翼の揚力計算に用いられる「ジューコフスキー変換」を量子渦に適用するという、斬新な考え方を竹内講師は導入した。この考えに基づくと、実験で観測された位相欠陥は「量子楕円渦」と呼ばれる新たな位相欠陥として最終的に安定化することになるという。
通常の量子渦は竜巻のように、その断面で回転対称な流れを伴う。ところが、新たに提案された量子楕円渦の断面は、自発的に回転対称性を破って楕円に沿った流れを形成。位相欠陥の外形は、その物理系の大局的な対称性の自発的破れの起こり方に基づいて決まると従来考えられていたが、この結果はその認識を明白に覆すものだったのである。
このような不思議な構造は、相転移の臨界点近傍で起こり、その安定性には位相欠陥の芯内部での局所的な対称性の自発的破れが深く関わっていることが、理論的には明らかになっている。しかし、対称性の自発的破れの研究は半世紀以上に及ぶ歴史があるものの、芯内部の局所的な対称性の自発的破れがどのように起こるのか、またそれが位相欠陥の物理的性質にどのように影響するのかについて、一般的な理解はまだ得られていないという。
位相欠陥は超伝導体のような特殊な物質中だけでなく、結晶や液晶といった比較的身近な物質から、スピントロニクスといった最先端の科学技術に至るさまざまな物性系でも関わる。さらには、初期宇宙の相転移や高速回転する中性子星の内部運動でも重要な役割を果たすと考えられている。
今回の研究で明らかになったのは、新奇な位相欠陥の単独の振る舞いについてだが、急激な相転移が起きた場合には無数の位相欠陥が生成されるため、位相欠陥の間に働く相互作用を考慮したより高度な理論解析が求められるという。また、今回明らかになった現象は、多成分超流体で想定されるさまざまな科学的条件のうちの、ある特定の条件下で発見された現象にすぎないとする。竹内講師は、今後想定する条件を拡大させることで、さらに興味深い現象が見つかるかもしれないという。
また竹内講師は、今後も上記発見のような対称性の自発的破れに関する新たな展開が実験技術の向上とそれに応じた理論の進展によりもたらされ、物理分野全体に波及することを期待しているとしている。